18、 さようなら滝高 (中編)
滝中1階の廊下を真っ直ぐ進み、 突き当たりを左折すると渡り廊下に入る。
カフェテリアに入ろうとしたら鍵がかかっていたので、 ガラス扉に顔をくっつけるようにして中を覗きこんだ。
「俺、 ここのカレーとラーメンが好きだったな〜」
「私はお弁当だったから、 ここには殆ど来なかったな」
「くっそ〜、 思い出した! ここで凛が樹先輩に告られたんだ」
「あの時はまだ奏多の彼女じゃなかったので、 奏多には怒る資格はありませんでしたけど? 」
「怒ってるんじゃなくて、 妬いてるんだよ。 確かにあの時はまだ付き合ってなかったけど、 もうとっくに好きになってたからな」
「ウソっ! 」
「ウソなもんか。 こっちが告りたいけどどうしようかと悶々としてたのに、 横から急に現れて公開告白されたら、 そりゃあショックだよ」
「告ってくれたら良かったのに」
「告ったら付き合ってくれてた? その時、 そっちの気持ちはどうだったんだよ」
「私の気持ち? …… う〜ん、 どうだっただろう」
「…… だろ? タイミングが難しいんだって」
そう話しながら渡り廊下を高校の校舎側へと歩いて行く。
左折してしばらく進むと、 右側が生徒会室だ。
「ここで樹先輩に胸ぐら掴まれたんだ」
「…… ごめんね、 私のせいで」
「凛のせいじゃないよ、 奈々美たちの気持ちに気付いてなかった俺が悪い」
「でも…… 」
「まだ残ってるかな…… 」
奏多が廊下にしゃがみ込んで中庭側の壁を覗き込む。
「あっ、 あったあった。 凛、 ここ見て! 」
「えっ、 なあに? 」
手招きされて、 凛も奏多の隣にしゃがみ込んでよく見ると、 壁の一部が少しだけ凹んで黒ずんでいる。
「ここさ、 俺が殴った」
「えっ、 ウソ! なんで? 」
「凛が樹先輩にお姫様抱っこで連れ去られて頭に血がのぼった」
「…… ごめん」
「だから、 凛が謝ることじゃないって。 ウジウジしてた俺が悪かったの」
「あっ…… 」
「何? どうした? 」
「さっきの話…… 私が奏多のことをどう思ってたかっていう質問」
「…… ああ」
「たぶんね、 好きっぽくなったのが保健室あたり」
「ぽい…… って、 何それ」
樹先輩にお姫様抱っこされた時、 奏多に来て欲しいと思った。
だからこれ以上樹先輩を振り回してはいけないと、 保健室で告白の返事をした。
「奈々美たちのこともあったし、 傷つくのも怖かったから気持ちに蓋をしてただけで、 たぶんその時にはとっくに奏多を好きになってたんだと思う」
「マジか…… 」
「うん、 マジ…… だと思う。 っていうか、 たぶんもっと前、 奏多のことが気になってた最初の最初から、 自覚してなかっただけで、 好意は持ってたんじゃないかな」
「マジか、 それ……。 めちゃくちゃ嬉しいんですけど」
奏多が片手で口元を押さえて顔を赤らめる。
「でも、『たぶん』だよ。 私にもよく分からないの。 こういうのって、 気付いたら始まってるっていうか、 境界線が曖昧じゃない? 」
「境界線? 」
「そう。 今でこそ後からこうやって振り返って分析してるけど、 その時はとにかく必死でそれどころじゃなかったじゃない? 」
「そうだよな…… 」
「それじゃあ逆に聞くけど、 奏多はいつの時点で私を好きになったの? 」
「えっ、 俺? 」
凛が言うように、 自覚していなかっただけで、 自分ももっと前から彼女を好きになっていたのかも知れない。
図書館で夕陽に照らされた顔を見て綺麗だと思った時。
帰ろうとする手首を掴んで『うちにおいでよ』と思わず声を掛けた時。
泣けない彼女に背中を貸したとき……。
あの時にはすでに始まっていたのかも知れないし、 そうじゃなかったかも知れない。
確かに、 気持ちの境界線なんてとても曖昧で、 いい加減なものだ。
『好き』という言葉だけで線引きするには、 ヒトの感情は複雑で難解すぎるのだ。
でも、 いつの時点と聞かれれば、 ハッキリしていることがある。
「一馬と陸斗に嫉妬した」
「えっ? 」
「あの日…… 一馬と陸斗に俺たちの秘密がバレただろ? あの時、 凛が2人と一緒に帰ることになって、 猛烈に嫉妬して追いかけた。 あのとき3人を追いかけながら、 俺は凛のことが好きだって思った」
「あの時…… 追いかけてきてくれたもんね」
「うん。 俺は体育会系じゃないのにマジ走りしたんだぜ」
「うん、 息を切らしてた」
あの時から必死で追いかけて追いかけて、 好きになってもらいたくてとにかく必死で……。
「やっとつかまえたんだ」
奏多は全速力で走ったあの時の感情そのままに、 凛の背中を強く抱き寄せた。