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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 キミとオレとの未来
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16、 卒業


桜のつぼみ(ふく)らむ3月第3週、 玄関を出ようとする奏多を呼び止めて叶恵が言った。



「ちゃんとハンカチとティッシュ持った? あなた絶対に泣くだろうから忘れたら最悪よ」

「大丈夫、 ちゃんと持ってる。 しかもティッシュは2個だ」


「オッケー。 後で私もお母さんたちと合流して式に行くからね」

「うん、 ありがとう」

「あっ、 ちょっと待った」



叶恵は奏多のネクタイの位置をクイッと直してから一歩引いて全身を見渡し、 「うん」と満足げに微笑んだ。


「なんだか感慨(かんがい)深いわ…… 母親が息子を送り出す時ってこんな気分なのかしらね」

「…… うん」


「奏多、 3年間の高校生活お疲れ様でした。 今日が泣いても笑っても最後。 自分の母校をしっかり目に焼き付けてきなさいね。 卒業おめでとう! 」

「うん…… 」



ーー ヤバイ、 まだ卒業式どころか学校に着いてもいないのに、 既に涙腺(るいせん)にキてる。


姉貴も、 いつもみたいに毒舌(どくぜつ)をかましてくれれば、 冗談まかせに感謝の言葉の一つでも言えたのに……。


くそっ、 なんで今日はこんなに優しいんだよ。



最後に背中をポンッと押して送り出されると、 奏多は一瞬だけ振り返って、 黙って叶恵に頷いてみせた。


ーー駄目だ、 今一言でも何かを言ったら……。


奏多は前を向くと、 両頬(りょうほほ)を手のひらで挟んでパシッ! と気合を入れた。


そしてその場で大きく深呼吸し、 シャンと背筋を伸ばして駅へと歩き出す。



今日は滝山高校の卒業式。

それは(すなわ)ち、 奏多たち88期生が学校を去る日を意味していた。



***



『卒業生、 答辞。 卒業生代表、 小木杉守(おぎすぎまもる)

「はい! 」



奏多は壇上に上がる小木杉を見たあと、 斜め前方の方に座っている凛の横顔に目をやった。


本来ならあそこで答辞を読んでいるのは凛のはずだったのだ。


先生から答辞を頼まれたのに断ったと聞いて、 奏多がその理由を尋ねたら、


「最後の期末考査では小木杉くんが1位だったでしょ。 それに…… 最後は答辞に気を取られることなく、 こちら側から奏多たちと一緒に卒業式をしっかりと心に(きざ)みつけたいの」


と凛は笑顔で言った。



凛の答辞を聞いてみたかった気もするけれど、 高校最後の日は何にも(わずら)わされることなく卒業式の感動に(ひた)りたいという気持ちも良くわかるので、 奏多は「そうか」と(うなず)いただけだった。



式典が終わって講堂から外に出ると、 凛はすぐに後輩たちに周囲を取り囲まれた。

演劇部や生徒会の生徒たちだけではなく、 見知らぬ後輩やファンからも花束を贈られたり握手を求められたりしている。



それを遠目に(なが)めていたら、 3人組の後輩が近付いてきて、 奏多の名を呼んだ。


「百田先輩、 この子、 去年からずっと百田先輩に憧れてたんです。 話を聞いてあげて下さい! 」


両側の2人に背中を押されて、 真ん中の女子が顔を真っ赤にしながら一歩前に出る。



「あの…… 1年の牧田といいます。 入学式の日に中学校側に行きそうになった時に先輩が声をかけてくれて、 高校の校舎に案内してくれた時から憧れてました! 握手してください! 」


「ありがとう」


奏多が笑顔で右手を差し出すと、 牧田という女性徒は目に涙を浮かべながら両手で握り返してきた。


その他にも、 奏多と凛カップルのファンだったと握手を求めてくる生徒や、 奏多に売店でパンを(ゆず)ってもらってから好きだったと告白してきた生徒と握手しながら、『ああ、 前にこのことで凛に叱られたな』と思い出して苦笑(にがわら)いしていたら、 一馬と陸斗に両側から肩を(つか)まれた。



「おい、 写真撮ろうぜ」

「一馬、 お前ボタン全滅じゃん…… って、 うわっ、 陸斗もか」


2人を見ると、 制服のボタンどころかワイシャツのボタンやネクタイまで無くなっていて、 胸がはだけまくっている。


「お前ら、 どこのセクシーモデルだよ」


「仕方ないじゃん。 集団で襲ってくる女子、 マジで怖かったわ。 なあ、 陸斗」

「ああ、 ハイエナだな」


「モテて良かったじゃん」


「っていうか奏多、 お前も何人か言い寄ってきてた割には制服が綺麗だな」


ボタン一つ取れていない無傷(むきず)の奏多を上から下までまじまじと見て、 一馬が驚きの声をあげる。


「いや、 これは…… 凛と約束したからさ」



「奏多! 」


名前を呼ばれて振り向くと、 顔が隠れるくらい沢山の花束を抱えた凛がヨタヨタと歩いてきた。


慌てて駆け寄って花束を預かると、 奏多はその花束を、 「悪い、 ちょっと持ってて」と、 そのまま一馬に手渡す。



凛と奏多は笑顔で向かい合い、 自分の首に手を回した。

凛が胸元のリボンを外して奏多の手首に巻き付けると、 奏多は自分のネクタイを凛の首につけてやる。



「凛、 卒業おめでとう」

「奏多も卒業おめでとう。 これからもよろしくお願いします」



2人は以前から、 制服は綺麗なままで残しておこうと決めていた。


いつか喧嘩(けんか)した時は、 制服を見て、 その頃の気持ちを思い出そう。


いつか結婚して子供が生まれたら、 その子に思い出の品を見せながら、 学生時代のことを語ってあげよう。


もしもその子が滝山高校に通うことになったら…… この制服を着てもらえると、 嬉しい。



「くそっ、 お前ら滝高のベストカップルだよ! ずっとやってろ! 」


一馬が半分ヤケクソで怒鳴るようにいうと、 ドッと笑い声が起こる。

そして自然にまわりから拍手が沸き起こった。


「先輩、 卒業おめでとうございます! 」

「末永くお幸せに! 」



この年から生徒たちの間では、 卒業の時にリボンとネクタイを交換すると、 そのカップルは絶対に別れないというジンクスが生まれ、 毎年校舎の前で交換しあう姿が数多く見られるようになったのだった。



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