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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 キミとオレとの未来
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15、 女神のキス


「百田くん! 」


奏多が門の近くまで来たところで、 後ろから誰かに呼び止められた。


またインタビューかと、 うんざりしながら振り向くと、 そこに立っていたのはは背広(せびろ)姿の温厚(おんこう)そうな男性。



「百田…… 奏多くん、 だね」

「…… はい」


「私は航空宇宙工学科の砂田(すなだ)だ」

「砂田? …… システム工学の砂田教授ですか? 」


砂田が(うなず)くと、 奏多は(はじ)かれたようにガバッと会釈(えしゃく)をし、 目を輝かせた。



「お会いできて光栄です! 先生の、 翼果よくかの利点を人工物に応用するという発想と着眼点には感銘(かんめい)を受けました! 著書の『昆虫ミメティックス』も拝読(はいどく)しました! 」


そう言って握手を求めようと両手を差し出したところで、 左手のギプスを思い出して 「あっ」と(あわ)てて引っ込める。


すると砂田教授は、 逆に自分から両手を差し出してきて、 奏多の右手を強く握りしめた。



「君は母の命の恩人だ。 どうもありがとう」

「えっ? 」


「君が駅で救ったヨボヨボのおばあちゃん、 あれは私の母親なんだよ」

「ええっ?! 」


奏多が退院後に、 家まで菓子折りを持って嫁と挨拶(あいさつ)に来てくれたのは…… そういえば、 砂田と名乗っていた。



「母に付き添っていたのが私の妻だ。 母のせいで貴重な推薦(すいせん)受験の機会を失わせてしまい、 本当に申し訳なかった。 事情が事情だけに、 特例(とくれい)で後日面接をという話も出たんだが、 1人だけ特別扱いは出来ないと、却下(きゃっか)されてしまってね」


「…… はい、 それは分かります」


1人の『やむを得ない事情』を認めてしまえば、 他の『やむを得ない事情』で来れなかった人たちも同じ扱いにしなくてはならなくなり、 収拾(しゅうしゅう)がつかなくなるだろう。



「あの日面接を受けていれば、 君は確実に合格していたと思う。 センターの結果はもちろんのこと、 TOEFLのスコアも申し分なかった。 志望理由書も読んだよ。 お祖父さんの話とか、 もの造りへの興味とか情熱といった、 素直な気持ちがダイレクトに伝わってくる良い文章だった」


「ありがとうございます」


「だからこそ、 君が面接に来れなかったのが本当に残念でね……。 私も母と一緒に家までお()びに伺おうかとも思ったんだが、 受験先の教授が君に恩があるなんて知れたら後々ケチがつくだろうと思って遠慮したんだ」



それは奏多にもよく理解できた。


駅で助けた相手が受験先の教授の身内で、 その教授が奏多の家を訪問したとなったら、 奏多が恩を売って何かしらの便宜(べんぎ)をはかってもらったと邪推(じゃすい)されてもおかしくない。


「だから、 今日キミがここに来たら言おうと思って待ってたんだよ」



砂田はスーツの(えり)を正して背筋を伸ばすと、 右手を差し出しながら笑顔を見せた。



「百田くん、 よく(あきら)めずにここまで来てくれたね。 機械、 航空宇宙工学科へようこそ! 」


奏多は(ほう)けた顔で、 差し出された手を見つめていたが、 ハッと我にかえると砂田の顔を見、 そしてその手を握り返した。



「ありがとうございます! よろしくお願いします! 」


「うん、 これから大変だろうけど勉強頑張って。 4年生になったら是非うちのゼミに来なさい」

「はい! 」


「引きとめて悪かったね。 勝利の女神が待ってるんだったかな? 」


ニヤリとしながらそう言われ、 奏多は顔を紅潮させながら頷いた。



手を振る砂田に見送られてタクシーに乗った途端(とたん)、 緊張の糸が切れて、 背もたれに身体をあずけた。


憧れの教授に言葉をかけられ、 合格に申し分ない成績だったと()めてもらえた。



ーー もうこれで十分だ……。



長かった大学合格までの道。

TOEFL対策で叶恵に英語を教わった。

面接練習ではお辞儀の角度と声のトーンを叩き込まれた。


推薦入学の道が絶たれ、 絶望(ぜつぼう)(ふち)に叩きつけられた。

一時はもうダメだと(あきら)めそうになり、 弱音を吐いたこともあった。



だけど、 全ては今の教授の言葉で(むく)われた……。



そう思った途端、 涙が(あふ)れてきた。


いつかの祖父の言葉と笑顔が浮かんでくる。


『こら、 男がこんなことくらいで泣くんじゃない。 今すぐじいちゃんが直してやるからな』



ーー じいちゃん、 今は、 『こんなことくらい』じゃないよな? 男泣きしたっていいだろ?



(がけ)っぷちのギリギリで踏みとどまって、 とうとう夢へのスタートラインに辿たどり着いたのだから……。



祖父の次に、 凛の顔が浮かんだ。

一刻も早く彼女に会いたい…… そう思った。



タクシーの運転手に凛のマンションの住所を告げてからスマートフォンを見ると、 凛からメールが届いていた。


その文章を読んで、 奏多はすぐさま運転手に行き先の変更を告げる。


「すいません、 やっぱり観音(かんのん)駅の方に行ってください! 」





百田家でタクシーを降りると、 玄関の前に凛が立っていた。


奏多は早足で近付いて、 そのまま彼女を力強く抱きしめた。

左腕のギプスがもどかしい。



「奏多、 お帰り。 お疲れ様でした」


首筋に凛のあたたかい息がかかる。

久し振りの触れ合いに胸が高鳴り高揚(こうよう)する。



「……合格した」

「うん…… 奏多なら絶対に大丈夫だって信じてた。 おめでとう」


「ねえ、 凛」

「ん? なあに? 」


「もう解禁だよね」

「えっ? 」


「キスしてもいい? 」

「えっ、 ここで? 」



凛がガバッと顔を上げて、 周囲をキョロキョロ見渡す。


「ちょっと待って、 中で叶恵さんも待って…… 」



凛の返事を待たずに唇を(ふさ)ぐと、 彼女は一瞬驚いて身じろぎしながらも、 すぐに目を閉じて身を任せた。


唇を離して目を合わせると、 クスリと笑って、 お互いの額をコツンとつける。


「やっと凛に(さわ)れた…… 」

「うん」


「凛のおかげで頑張れた。 凛は本当に俺の勝利の女神だ…… 」

「私は何も…… 奏多が自分で頑張ったんだよ。 でも、 奏多の女神になれるなら嬉しいな」



「うん…… だから、 勝利の女神からご褒美(ほうび)のキスをください」

「えっ?! 」



凛は怒ったような()ねたような顔をしながらも、 もう一度周囲をキョロキョロ見渡すと、 奏多の首に両手をまわしてそっと顔を寄せた。



勝利の女神の口づけは、 ひんやりと冷たくて柔らかかった。 そしていつものフローラルの甘い香りとともに、 とろけるような幸福の味がした。



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