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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
最終章 キミとオレとの未来
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14、 勝利の女神


「いい? 今日は絶対に寄り道も脇見(わきみ)もナシよ! とにかく気をつけて! 」

「ありがとう、 分かってる。 ……それじゃ、 行ってくるよ」



10日前の試験日と全く同じやり取りを叶恵と交わして、 奏多は家の前からタクシーに乗り込んだ。


試験を受けてから今日までは、 正直生きた心地(ここち)がしなかった。

最悪の事態を考えて夜はなかなか寝付けないし、 何をしていても落ち着かない。


だけど、 泣いても笑っても今日の結果が全てだ。

あとは自分が頑張ってきた成果(せいか)を信じるのみ……。



門の近くでタクシーを降りて講堂の方へ向かうと、 既に大勢の学生やその保護者で(あふ)れかえっていた。

それを取り囲むようにテレビ局のカメラや取材陣がズラリと並んでいる。


この混雑や緊張感に耐えられずにインターネットで合否(ごうひ)確認を済ませる人も多いみたいだけど、 奏多はあえて直接確認する方を選んだ。


今までやってきたことの結果を自分の目でちゃんと確かめたかったから。



もしも落ちていたら、 歓喜(かんき)している合格者を横目に見ながらすごすごと帰ることになる。


そのショックは(はか)り知れないだろうけど、 その恐怖よりも、 テレビで何度も見てきた合格発表の瞬間を直接体験したいという願望(がんぼう)の方が大きかった。



ーー 一度死にかけたんだ、 それに比べたらこんなの……。


そう自分に言い聞かせて、 緑色の布で覆われている掲示板の方へ足を向けたら、 (ひざ)がガクガク(ふる)えているのに気付いた。



「おい 大丈夫か? まだ腕が痛むの? 」


後ろから肩をポンと叩かれて振り向くと、 そこにはガッチリした体格の男が立っていた。


「ああ、 小柳(こやなぎ)…… 」


「シンドイなら俺がおぶってってやろうか? 」

「ハハッ、 大丈夫だよ。 ちょっと武者震(むしゃぶる)いしてただけ」



小柳とは入試の時に席が近くになったのが(えん)で知り合った。


太い(まゆ)にキリッとした顔立ち。 短髪で筋肉質な体格は、 体操選手か肉体労働者を想像させる。


だが、 イカつい顔とは反対に、 入試当日は左手がギプス固定されて不便していた奏多を気にかけて、 何かと手助けしてくれたのだ。



「武者震いか…… そりゃあ一世一代の大勝負だもんな。 それにお前の場合は注目度が違うから…… 」

「えっ? 」


小柳の視線を追うと、 周囲のテレビカメラのうち何台かが奏多の表情を追っている。


老人をかばって駅の階段から落ちたヒーローは、 本人が思っていたよりも注目されているようで、そう言えば、 まわりの学生もこちらをチラチラ見ている気がする。



「うわっ、 これでダメだったら(はじ)上塗(うわぬ)りだな…… 」

「ハハハッ! そんなの、 なるようにしかならないさ。 さあ、 もっと掲示板がよく見える場所に行くぞ、 ヒーローさん! 」


豪快(ごうかい)に笑いながら大きな手で背中を押され、 奏多は覚悟を決めて、 前に足を進めた。




午前11時前、 いよいよカウントダウンが始まった。


『5、 4、 3、 2、 1! 』


バサーッと緑の幕が取り除かれ、 掲示板の数字が(あら)わになる。


途端にうおーっ! キャーッ! と歓声があがり、 笑顔と号泣、 落胆の入り混じった光景が繰り広げられた。


記念写真も撮らずにすぐ去って行った者は不合格だったのだろう。


肩を落として去っていく後ろ姿を不安げに見送ると、 奏多はゆっくり工学部の機械・航空工学科の掲示板に近付いていった。



「よっしゃ! 俺の数字はあったぞ! 百田、 お前はどう…… 」


小柳が横を見ると、 奏多が涙をダラダラ流しながら掲示板を見つめていた。


「百田…… お前…… 」


「あった」

「えっ? 」


「俺の数字、 あった…… 」

「それじゃ、 俺たち一緒に…… 」


奏多は小柳の方に涙と鼻水でグチャグチャな顔を向けると、 右手でガッと彼の肩を抱えて大声で叫んだ。


「やった〜! 合格した! 凛! 俺、 やったよ! 」


その瞬間、 至近(しきん)距離からパシャパシャとフラッシュが()かれ、 目の前に何本もインタビュアーのマイクが差し出された。



「百田くん、 合格おめでとうございます!

逆境(ぎゃっきょう)からの合格、 (うれ)しさもひとしおだと思いますが、 今の気分はいかがですか? 」


「嬉しいです。…… あの、 すいません。 俺、 早く行かなきゃ…… 」



「駅で老人にぶつかって立ち去った女子高生に何か言いたいことはありませんか? 」


「いえ、 あの、 俺、 凛に会いに行かないと…… 」



「凛? 凛さんって、 ご家族か恋人ですか? 真っ先に合格の報告をしたい相手は彼女さんですか? 」


「はい…… だからすいません、 通してください」



周りを取り囲む取材陣に困惑(こんわく)しながらも輪から出ようとする奏多の腕を、 誰かが外からグイッと引っ張った。


「コイツ、 (いと)しの彼女に会いに行きたいんで、 解放してやって下さい」

「小柳! 」


「タクシー捕まえといてやったぞ、早く行け! 」

「ありがとう! 」


奏多は取材のマイクを振り切って、 そのまま門へと走り出す。



「百田くん、 今から彼女のところに直行ですか?! 」


奏多は一瞬足を止めて振り返ると、 満面の笑顔でこう叫んだ。



「はい! 俺の勝利の女神です! 」



そうだ、 早く行かなくちゃ。

彼女はきっと待っている。


勝利の女神の口づけは…… 俺のものだ!



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