6、 俺のカノジョです
「奏多、 お母さんの服、 これでいいかしら。 派手すぎない? 」
「それでいいよ。 キレイ、 キレイ」
「叶恵、 本当にこれでいいかしら。 派手じゃない? 」
「大丈夫だって。 凛ちゃんそういうの気にしないから」
「ちょっと、 姉貴に聞くなら最初から俺に聞くなよな」
「お茶菓子って本当にクッキーだけでいいの? 」
「挨拶したらすぐに帰るって言ってたからいいよ」
「奏多、 玄関の靴を全部げた箱に片付けといて」
「はいはい」
土曜日の午後3時前、 百田家では異様にテンションの高い晴恵の声が響き渡っていた。
今朝早くに東京を出発した晴恵は、 午前中に家に着くなり家中を掃除し始め、 奏多が必要ないと言うのも聞かず、 玄関前のほうきがけまでしていた。
それもそのはず。 今日は最愛の息子が初めて彼女を紹介してくれるのだ。
これが張り切らずにいられようか……。
いそいそとお茶の準備をしている母親の後ろ姿を見ながら、 実は奏多本人も、 照れ臭さと嬉しさと緊張でソワソワと落ち着かず、 さっきから何度も時計を見上げている。
ーー もうそろそろ凛が来る頃だよな……。
水曜日の学校帰り、 今の家にそのまま住めるよう親に頼んでみるという決意を凛に伝えたら、 自分も親に会わせてもらえないかと頼まれた。
「奏多は私の親に会ってるけど、 私は奏多のご両親に一度もお会いしてないでしょ? 私が奏多の家に通ってたことで心配をお掛けしたし、 出来るならちゃんとご挨拶しておきたいの」
自慢の彼女を親に紹介出来るなんて、 奏多にしてみたら夢みたいな話だ。
それに、 貴重な勉強時間を削ってまでわざわざ挨拶に来てくれるという、 凛のその気持ちが嬉しかった。
ピンポーン!
玄関のチャイムが鳴ると、 晴恵も奏多も同時にビクッと肩を動かした。
奏多が廊下に向かうと晴恵と叶恵もゾロゾロとついてきて、 奏多が玄関を開けるのをワクワクしながら待っている。
奏多がガラリと戸を開くと、 ウエストをベルトで絞った紺色の襟付きワンピースに白いカーディガンを合わせた清楚系コーデの凛が、 緊張した面持ちで立っていた。
手にしている紙袋は老舗の和菓子屋のもので、 奏多に晴恵の好みを聞いて買ってきた、 木箱入りの干菓子の詰め合わせが入っている。
「凛、 いらっしゃい、 どうぞ入って。 母さん、 彼女が小桜凛さん」
「はじめまして、 小桜凛です」
奏多が晴恵を振り返って紹介するのを待って、 凛が丁寧に頭を下げた。
その姿を見て目を細めると、 晴恵がスリッパを差し出して、 中に入るよう勧める。
「奏多の母の晴恵です。 さあ、 どうぞ上がってちょうだい」
いそいそと先に立って歩き出す晴恵を見て、 奏多と凛は目を合わせて微笑みあった。
***
手前のソファーに奏多と凛、 向かい側の2つ並んだカウチに晴恵と叶恵。
リビングルームのガラステーブルを挟んで座ると、 奏多がチラッと凛を見てから晴恵に視線を向けた。
「改めて紹介するよ。 こちらが小桜凛さん。 えっと…… 俺のカノジョです」
「うわっ、 カノジョって言った! 」
「姉貴、 うるさい! 」
晴恵と叶恵がニコニコとリラックスしているのに対して、 奏多と凛は背筋をしゃんと伸ばし、 ややぎこちない表情を浮かべている。
それはそうだ。 奏多は生まれて初めて彼女を親に紹介するわけで、 凛にとっては彼氏の母親との初対面なわけで……。
「あらまあ、 本当に綺麗だわね〜。 やっぱり写真より本物の方がステキだわ」
「えっ?! 」
晴恵の言葉にハッとして奏多が叶恵を見ると、 叶恵がニヤニヤしながらスマートフォンの画面をかざして見せる。
そこには学園祭の時に撮った、 ドレス姿の凛と叶恵が写っていた。
「うわっ、 俺に許可なく勝手に凛の写真を見せたな! 」
「学園祭の直後に送ったに決まってるじゃない。 奏多は写ってないから関係ないでしょ」
奏多と叶恵のやり取りを無視して、 晴恵が身を乗り出して凛に話しかける。
「ねえ、 凛ちゃんは奏多のどこが良かったの? 叶恵から聞いてるわよ、 凛ちゃんはすっごくモテるんでしょ? 」
「母さん! 」
「そうよ、 滝高の王子とコイツで凛ちゃんを奪い合ったのよ、 奏多のくせに」
「姉貴!…… 凛、 こんなの答えなくていいから」
焦って隣を見ると、 凛は俯いて恥ずかしそうにしていたが、 しばらくしてから覚悟を決めたようにパッと顔を上げた。
「ありきたりな言葉なんですけど…… 優しくて誠実なんです」
「うほっ、 誠実だって! 」
「姉貴っ! 」
「だけど、 優しいだけの男なんて退屈じゃない? こんなのでいいの? 」
「母さん! 」
どうして我が家の女性陣は揃いも揃ってこうもグイグイいくんだ……。
「凛、 もうコイツらは放っておいて…… 」
「…… こんなのが…… いいんです」
「「 キャーッ! こんなのがイイだって! 」」
最後の方は小声になりながらボソッと凛が答えると、 晴恵と叶恵が手を取り合って飛び上がる。
そして大興奮している2人とは正反対に、 奏多と凛は照れ顔でモジモジと俯いているのだった。
「盛り上がってるとこ悪いけど、 本題に移らせてもらうよ」
奏多が苦い顔でそう切り出すと、 ピョンピョン飛び上がっていた晴恵が姿勢を正して、 表情を硬くした。
「電話でも話したけど、 俺はやっぱりこの家が無くなるのは嫌だ。 じいちゃんの思い出があるし、 俺も小さい頃から住んでて愛着がある。 出来るならずっとここに住みたいと思ってる」
「そうは言うけどね、 あなた1人じゃ広すぎるし、 管理するのも大変だと思うのよ。 第一、 もしも奏多も東京に行くことになったらどうするの? 」
「それは…… 」
奏多が真っ直ぐに晴恵を見据えて答えた。
「俺は東京の大学には行かない。 そっちは受けない。 そして、 絶対にこっちの大学に合格する」
奏多が考えに考えた、 不退転の決意だった。