4、 花火大会の夜
『ピンポーン』
ドアホンのボタンを押して待っていると、 しばらくしてドアが開き、 その向こうから浴衣姿の凛が現れた。
白地に銀糸の流水文様、そこに川を流れるように散りばめられた紺と赤紫の菖蒲柄。 まとめた髪にはパールの髪飾り……。
凛の浴衣姿を見るのはこれで3度目なのに、 やはり何度みても見惚れてしまう。
息を呑む美しさというのは、 こういう時のためにある言葉なのだろう。
「奏多くん、 浴衣姿、 似合ってるわよ。 今日は凛をよろしくね」
凛の後ろから顔をのぞかせた愛に挨拶すると、 奏多は凛の手を取って歩き出した。
ーーしばらくぶりのナマ凛……。
指先から喜びと感動が全身に拡がり、 なぜかブルッと身震いした。
ーーうわっ、 ナニコレ。 すっごい緊張してるよ、 俺……。
久々の再会がいきなりの浴衣というのは刺激が強過ぎる。
奏多は横目でチラッと凛の顔を盗み見て、 その赤い唇に目を奪われた。
思わず生唾を飲み込む。
「凛…… めちゃくちゃ可愛い」
「ありがとう。 奏多も素敵だよ」
「ありがとう…… キスしたい」
「えっ?! 」
駅までの道すがら、 凛の手をグイッと引いて、 人気のない脇道に入る。
木の塀を背に、 電信柱の陰に彼女を閉じ込めると、 紅色の唇に軽く口づけてすぐに離した。
一瞬だけ目を合わせて、 もう一度口づける。
二度目のキスは、 一度目よりも長く深く、 会えなかった時間を埋めるかのように、 切ない熱を帯びていた。
そのあとギュッと抱きしめると、 奏多は顔を真っ赤にしたまま、 凛の顔を見ずに、 手を掴んで歩き出す。
「ごめん…… ガマン出来なくて…… 」
「…… 口紅が取れた」
「本当にごめんなさい。 自分がこんなに辛抱足りんヤツだとは知らなかったわ。 マジで最低だ…… 」
「いいよ」
「えっ?! 」
「私もキスしたかったから」
「…………!! 」
「そっ…… そうなんだ…… 」
「…… うん」
2人して耳まで真っ赤にしてニヤけながら、 握った手をブンブン振って、 駅まで歩いた。
カランコロンと鳴る下駄の音も、 心なしか軽やかだ。
***
ドーン! ドーン! ……パラパラパラ……
夜空に次々と打ち上がる花火を見上げながら、 凛が奏多の肩に頭を預けて寄りかかっている。
付き合い始めて三度目の花火大会は、 趣向を変えて対岸側から眺めることにしたのだが、 ここは知る人ぞ知るカップル向け鑑賞スポットらしい。
まわりには奏多たち同様、 この夢見心地な時間を過ごすカップルが点々と散らばっていた。
埠頭のコンクリート塀を背にして、 カップル同士が申し合わせたように一定の距離を保っているのが面白い。
奏多たちも他のカップルと適度な距離を置いて、 奏多が持ってきたバスタオルを敷いた上に体育座りをしている。
「キレイだね…… 」
「うん」
「私はやっぱり『しだれ柳』が好きだな。 細い線が最後に点々と夜空に消えていく感じがいい」
「うん、 俺も一緒だ」
金色の稲穂が垂れ下がって落ちてくるようなその姿は、 他の花火のようにカラフルではないけれど、 儚げで美しいと思うのだ。
「来年もこうやって2人で花火を観ようね」
「うん。 その時にはお互いに希望の大学に合格して、 晴々とした気持ちでいられるといいな」
「うん…… なんだか信じられない。 来年の今頃はもう大学生なんだね」
「そうだな…… これが高校生活ラストの花火大会だ」
そう考えると、 ドーン! ドーン! と鳴っている花火の音も、 いつも以上に胸に響いてくる気がする。
「俺…… 学生時代に凛と出会えて良かった」
「…… うん」
目を瞑ると、 中学時代の、 高校時代のお互いの姿を思い浮かべることが出来る。
体育祭や学園祭、 2人で積み重ねてきた時間と思い出。
貴重な青春時代の甘酸っぱいトキメキや喜び、 胸を焦がすような痛みや苦しみ。
それは大人になっても経験出来ることだけれど、 10代の今しか感じられない想いがあるのも確かなのだ。
ーー その相手が、 凛で良かった……。
「凛が、 俺を選んでくれて良かった…… 」
「うん。 奏多が私を選んでくれて良かった」
自然に視線を交わして微笑みあう。
凛の頬に手を添えて顔を近づけると、 彼女の瞳の中に、 夜空に点々と消えていく細い線が見えた。
そっと唇を寄せたら、 閉じた瞼の裏に金色の残像だけが残った。




