2、 今のままではいられない
「さっき担当の岩崎さんから電話があったの。 この前投稿した作品がグランプリを取った! 私、 デビュー出来る! 」
瞳を潤ませて語る叶恵を見て、 奏多たちもまた、 涙ぐむ。
「叶恵さん、 凄いじゃないですか! 俺たちもモデルをした甲斐がありましたよ。 おめでとうございます! ハグしてもいいですか? 」
「もちろん! 陸斗、 ありがとう! みんなもありがとう! 」
陸斗が立ち上がって抱擁すると、 皆も次々と陸斗に続く。
そのあと口々に「おめでとう」の声が出て、 自然に拍手が沸き起こった。
「ところでさ…… 」
叶恵が席についたところで、 奏多が先程から気になっていた事を聞いた。
「さっき東京に行くって言ってなかった? 」
「うん、 行くよ」
当然という顔で叶恵が頷く。
「出版社に近い方が直接アドバイスをもらえるし、 何かと便利だから。 岩崎さんも勧めてくれてるし。 こういう事を想定してフリーターしてたんだもの。 せっかくのチャンスをウジウジ悩んで逃したくないわ」
即決、 そして即行動…… 叶恵らしい選択だ。 就職を蹴ってまでやりたい事を追いかけた、 その情熱が、 夢を本当に実現させたのだろう。
「だけど、 今すぐってわけじゃないから安心して。 私もバイトを中途半端に投げ出したくはないし、 奏多の大切な時期に騒がせるつもりも無いわ。 奏多が無事に大学に合格するのを見届けてから華麗に旅立つわよ」
華麗かどうかは分からないが、 周りのことを中途半端にしない責任感の強さもまた、 叶恵らしい。
奏多としても、 受験前のこの時期に急に1人暮らしは厳しいので、 来年の春までいてくれる方がありがたい。
「奏多はこの家から大学に通うんだろ? 」
一馬に聞かれて奏多が頷く。
「うん、 第一希望のとこに受かったらね。 電車ですぐだし。 凛も家からだろ? 」
「うん。 徒歩でも車でも行けるから」
奏多と凛は同じ大学を受験する予定だが、 キャンパスは別々なので、 一緒に通うことは出来なくなる。
奏多が希望している工学部のキャンパスは、 叶恵が通っていた南山大学の近くで、 電車で乗り換えなしの20分。
凛に至っては実家のマンションが最高の立地で、医学部の建物まで徒歩10分で行けるので、 2人ともわざわざアパートを借りる必要が無いのだ。
「それじゃあ、 叶恵さんが出てった後に凛がこの家に来て同棲しちゃえばいいじゃない」
「はあ?! 何言ってんの?! 」
都子のいきなりの問題発言に奏多が目を丸くしたが、 叶恵が「あら、 いいじゃない」なんてノッてくるので、 奏多と凛は顔を見合わせて頬を染めた。
「そういうのは…… まだ早いよ。 いずれそう出来たらいいな……とは思ってるけど」
「いずれ…… 同棲?! 」
「あっ、 凛! いや、 俺が勝手にそう思ってるだけで! ただの願望だからっ! 」
「願望…… 」
「ちょっと凛、 いちいち反応されると照れるから勘弁して! ホント、 俺だけ夢見る乙女みたいで恥ずかしいわ! 」
「…… 楽しそう」
「へっ? 」
夢見る乙女は自分だけでは無かったようだ。
どんな光景を思い描いているのかは分からないけれど、 凛も上目がちに頬を緩めているので、 脳裏に浮かんでいる内容は奏多と大差ないのだろう。
家に帰るとエプロン姿の凛…… 最高だ。
「妄想中のところ申し訳ないけどね、 どうせ私と入れ違いにお母さん達が帰ってくるんだからね。 凛ちゃんを連れ込もうとしたって無駄だっちゅーの! 」
「そんなの分かってるし、 連れ込まないし! 」
ドッと笑いが起こって、 奏多と凛は再び頬を赤く染めた。
だが、 それからほんの4ヶ月後に、 そんなハッピーな妄想どころではない事態となる。
それは、 母親の晴恵からの電話だった。
『お父さんに転勤の内示があったの。 9月から東京本店。 今度はもうそっちに戻れないだろうから、 家を売ろうかと思うんだけど…… 』
移り変わる季節とともに、 周りの景色も彩りも、 めまぐるしく変化していく。
何の心の準備も出来ないままに、 奏多の周辺も、 大きく変わろうとしていた。