1、 変化の時
4月に入り3年生に進級すると、 周囲は一気に受験モードになって、 進路に関する話題があちこちで飛び交うようになってきた。
滝山高校は進学校だけあって、 クラス分けも受験に特化した編成になっている。
2年生で文系と理系に分かれたクラスが3年生では更に細分化され、 理系が医歯薬学部志望の『理I』と理農工学部志望の『理II』の2つに分けられるのだ。
したがって、 工学部志望の奏多は理I Aの教室、 医学部志望の凛は理II Aの教室となり、 中3の時から3年間続いてきた楽しいクラスメイトの時間がとうとう終わりを告げたのだった。
「ホント見事にみんなバラバラになっちゃったね」
都子が溜息をついてからそう呟いて、 紅茶を口にした。
「まあ、 それぞれの進路とレベルを考えたらこうなるって分かってたけどな」
一馬の言葉に全員がうなずく。
奏多と凛が別々のクラスになったのは当然として、 一馬が理I B、 陸斗が文系A、 奈々美が文系B、 都子が理II Bと、 他のみんなも誰一人重ならなかったのだ。
今日は1学期の始業式で授業が昼過ぎで終了したため、 3年生の進級祝いでお馴染のメンバーが百田家に集合している。
……と言うよりは、 これから来年2月まで続く受験地獄の日々に向けて英気を養うという意味合いの方が強いのだが……。
「なんでお前も来てるんだよ」
そう口を尖らせた奏多の目線の先には、 涼しい顔でティーカップに口をつけている大和の姿。
「凛の淹れた紅茶を当然のように飲んでるのが気に入らない」
「うわっ、 もう『オレの嫁』扱いかよ。 ウザっ! 俺は叶恵さんに誘われたから来たんだけど。 それにここに来る前に凛先輩にも行くってメールしたよ」
「あっ…… 叶恵さんが声掛けたって聞いたから、 奏多も知ってるかと思って言ってなかった」
みんなの視線を浴びて、 慌てて凛が弁明した。
「くそっ、 姉貴はまた勝手に…… 」
そう言いながら、 奏多が本気で嫌がっている訳ではないことを、この場にいる全員が分かっている。
奏多と大和の掛け合いは、 既に2人が揃った時のお約束になっているのだ。
「まあ、 しょうがないな。 とりあえずみんな進級おめでとう。 みんなで励ましあって受験勉強を乗り切ろうぜ! それと大和、 入学おめでとう。 滝高にようこそ! 」
今年中学を卒業して高校生になった大和に向けてお祝いの言葉が飛び交う。
大和も、 「樹先輩のいない滝高なんて…… 」と憎まれ口をたたきながら、 顔には輝くような天使の笑みを浮かべている。
そこにはもう、 志望校に落ちて卑屈になっていた、 かつての彼の姿は微塵もなかった。
「「「 カンパーイ! 」」」
いちごの香りのする紅茶で乾杯すると、 話はこの場にいない叶恵の話題に移る。
「やっぱそのマグカップ可愛いね。 誕生日に叶恵さんが買ってくれたやつ」
「うん。 前のは割れちゃったから、 この子はハニワくん2号」
奈々美に言われて凛が掲げて見せたのは、 前に割ってしまったのと全く同じデザインのマグカップ。
今回は奏多とお揃いで、 凛のが水色、 奏多が白地に黒いハニワのイラスト入りだ。
叶恵は今年無事に大学を卒業したのだが、 せっかく内定していた地元の銀行への就職をとりやめ、 今はバイト生活をしている。 いわゆるフリーターだ。
元から働いていた喫茶店でのバイトを週3日と、 あとは大学の恩師から紹介された、 英語の文献を日本語に翻訳するバイトを不定期に入れている。 この翻訳のバイトが結構いい収入になるらしい。
叶恵は漫画雑誌に投稿を続けてきたものの、 2回目の佳作を受賞してからはパッとせず、 一時は大学卒業を期に諦めようとも思ったらしい。
それでもどうしても夢を捨てられず、 親に直談判して、 2年間だけ漫画に集中させてもらう許しを得た。
それで芽が出なければきっぱり諦めて、 正社員の職に就くのが条件だ。
まさしく背水の陣……。
そんな話をしていると、 玄関で鍵を開ける音がして、 廊下をバタバタ走ってくる足音が聞こえてきた。
「噂をすれば…… だね」
凛がそう言ってみんなでクスクス笑っていると、 ダイニングルームに飛び込んできた叶恵の様子がなんだかおかしい。
「姉貴、 お帰り。 みんなで先に始めて…… 」
奏多の言葉を遮るように、 叶恵が大声で叫んだ。
「グランプリ取ったど〜! 私、 東京に行くから! 」
「「「 えええっ?! 」」」