25、 最高で最強の奴ら
春は出会いと別れの季節だ。
この時期になると何故か感傷的になってしまうのは、 雪どけの頃からあちこちで流れだす卒業の歌と、 桜の花の舞い散るイメージが、 幼い頃から何度も繰り返されてきた別れの瞬間を思い出させるからかもしれない。
滝山高校では、 2年生になると理系か文系かを選択し、 更にその中で成績順にクラス分けがされることになっている。
奏多は理系のAで凛とは一緒になれたが、 一馬は理系のB、 陸斗は文系のAと、 とうとう3人とも別々のクラスになった。
クラスの授業もそれぞれの進路に絞ったカリキュラムが組まれ、 いよいよ本格的に受験対策に動き出す。
奏多も受験に向けて春から塾通いを始め、 模試や大学の情報収集などもあって、 1年生の頃より急激に忙しくなった。
そんなめまぐるしい日々の中でも、 凛とは学校の非常階段で2人きりのお昼を過ごしたり、 夏休みから秋にかけては一緒に大学のオープンキャンパスや学園祭の見学に行ったりと、 多忙な中でも出来るだけ同じ時間を過ごすようにして、 恋人としての絆を深めていった。
そして、 その翌年、 柔らかな日差しが心地よい3月第3週の金曜日、 滝山高校の大講堂では、 樹たち87期生を送る卒業式が、 厳かな雰囲気のなか執り行われていた。
『在校生送辞。 在校生代表、 小桜凛』
卒業証書授与や校長の挨拶のあと、 長々とした来賓の挨拶が続いてから、 在校生代表の凛の名前が呼ばれた。
凛は登壇して手元の作文用紙を演台に置くと、 それを見ることなく、 つらつらと送辞の言葉を述べ始めた。
「昨日の雨が嘘のように上がり、 今日は雲ひとつない晴天となりました。
今朝、 校門をくぐってすぐ左手にあるソメイヨシノの木を見ると、 既につぼみがほころび始めていました。
この大講堂の軒下では、 今年もツバメが巣作りの準備を始め、 元気にさえずっています。
全てがまるで、 今日の旅立ちを祝福してくれているかのようです。
この佳き日に、滝山高校を卒業される三年生の皆様、ご卒業おめでとうございます。在校生一同、心よりお祝い申し上げます」
そんな、 目の前に学校の風景が思い浮かぶような出だしから始まった送辞は、 体育祭や学園祭での先輩方の活躍に触れ、 一緒に過ごした思い出と感謝の言葉を綴った、 奇をてらわない、 凛らしい文章だった。
「…… これから先輩方の歩まれるそれぞれの道が、夢と希望で満ち溢れていることを、私たち一同、 心からお祈り申し上げます。
本日はご卒業おめでとうございます。
在校生代表、 小桜凛」
拍手のなか、 凛が舞台から下りると、 次は卒業生の答辞へと移る。
卒業生代表は、 もちろん葉山樹。
その名前が呼ばれた途端、 在校生側から大きな歓声や女子の黄色い声があがる。
樹は演台でマイクの位置を調整すると、 生徒たちの声がおさまるまで笑顔で待った。
皆がそれに気付いて徐々に静けさが戻ったところで、 樹は口を開いた。
「本日は私達のためにこのような素晴らしい式を挙行していただき、誠にありがとうございます。 また、 御多忙のなか御出席くださいました御来賓の皆様、先生方、保護者の皆様、在校生の皆さん、卒業生一同心から御礼申し上げます」
凛の送辞では、 作文用紙を持って行きながらもそれを演台に置いて読まなかったが、 樹は最初から既に何も手にしていない。
すべて頭の中にインプットされているのだろう。
樹は最初に型通りの挨拶を述べると、 突然腕を伸ばし、 天井に向かって高々と人差し指を立てた。
「僕の指を見て! 」
彼の大きな声につられ、 会場にいた人全員が、 一斉に彼が掲げた指を見た。
「…… 僕はそう言って、 2年前に生徒会長になりました」
樹は指を下ろしてニヤリとすると、 口調をくだけたものに戻して言葉を続けた。
「僕は生徒会長になる時、 みんなの力を集結させて、 ここ滝高での学校生活を必ず価値あるものにしてみせる、 みんなを幸せにすると誓いました。 そしてありがたいことに、 その言葉の元に沢山の仲間が集まってくれて、 目標のために一緒に走り出してくれた。
昼休みの携帯電話やスマートフォンの使用許可、 新聞部の創設、 体育祭の種目の追加、 学園祭の一般公開。 これらは全て、 みんなの応援と協力が無ければ実現することが出来ませんでした。
以前ある先生が、 僕たちの代は我が強くて突拍子もないことをやり出す奴が多くてハラハラさせられる……と仰っていました。 それと同時に、 僕たちの代は、 行動力と団結力があって、 頼もしい生徒ばかりだとも言ってくれました。 僕も心からそう思います」
そこまで言うと、 樹は卒業生の席に向かって大声で呼びかけた。
「なあ、 そうだよな! 俺たち87期生が最高で最強だろっ?! 」
その声に呼応して、 卒業生たちが次々と叫び出す。
「もちろんだ、 俺たちが最高だ! 」
「私たちが一番! 」
「87期生、 最高! 」
「87期生、 大好き! 樹サイコー! 」
「樹、 愛してる! 」
「樹、 結婚して! 」
最後の方は樹への告白大会の様相を呈しながら、 会場は異様な熱狂に包まれた。
それはさながら、 生徒会長立候補演説の再来のようだった。