23、 Sweet 16 (前編)
玄関のチャイムが鳴ってすぐに廊下に飛び出すと、 ダダッと走って土間に飛び降りた。
もどかしい気持ちで鍵を開けてガラリと開き戸を動かしたら、 ザックリとした白いVネックセーターに黒のタイトミニを合わせた彼女が立っていた。 黒のロングブーツが彼女の足の細さを更に際立たせている。
「いらっしゃい。 そのセーターいいね、 凛に凄く似合ってる」
「ありがとう」
そのままでも十分可愛らしいのに、 ダボッとした白セーターの長袖で口元を押さえて、 頬をピンク色に染めてはにかんでいる。
こんなのされたら、 世の男性は全員ノックアウトだ。
もちろん奏多も例外ではないので、 ぽけ〜っと見惚れて突っ立っていたら、 猫のような瞳で顔を覗き込まれた。
「奏多、 どうしたの? 大丈夫? 」
「…… あっ、 ああ、 ごめん。 凛、 めちゃくちゃ可愛い。 抱きしめたい」
「えっ、 やだっ、 いきなり何言ってるの?! 」
今度は耳まで真っ赤になって焦り出すと、
「もう、 奏多はこういうことをサラッと言い過ぎ! 本当に天然タラシなんだから…… 他の女の子には言わないでよね」
ちょっと口を尖らせて、 奏多の胸元をポンと叩いた。
ーーナンダコレ、 やっぱり可愛い!
本当に抱きしめたくて指先がウズウズしたが、 今日は玄関先でこんなことをしている場合ではない。
まずは凛へのお祝いの言葉だ。
「凛、 誕生日おめでとう! 」
11月1日の凛の誕生日は、 今年はちょうど金曜日に当たった。
2人で放課後デートでもと考えていたら、 一緒にお祝いしたいと叶恵が拗ねだした。
そう言えば、 体育祭や中間考査に学園祭と、 イベント続きで忙しかったので、 みんなで集まった勉強会以来、 家では凛と会えていない。
凛の誕生日のお祝いを、 去年と同じように金曜日に我が家で…… うん、 いいじゃないか。
いや、 去年とは同じじゃない。 今年の凛は奏多の彼女で、 奏多は彼女の誕生日を祝うのだから。
「わあっ、 凄い! これ全部奏多が?! 」
ダイニングルームに入った途端、 凛が目を輝かせて歓声をあげた。
「ううん、 姉貴も一緒に昨日の夜せっせと繋げてた」
縦長に切った白と紫と水色の折り紙を輪っかにして繋げた飾りが、 部屋の中央から四方に張り巡らされている。
天井に水色と白色、 2色のバルーンがいくつも浮かんでいて、 壁には『Sweet 16』のバナーが貼られていた。
『Sweet16』というのはアメリカの風習で、 16歳の女の子の誕生日を祝うイベントだ。
アメリカは州によっては16歳になったら結婚でき、 車の免許も取れるようになるので、 『大人の仲間入り』ということで、 いつもの誕生日以上に盛大にお祝いするのだと、 叶恵が教えてくれた。
『もう男女間で大人の関係になってもいいって意味合いもあるのよ』
と叶恵が言っていたが、 そのことは凛には内緒にしておく。
「子供っぽいかと思ったんだけど、 誕生会っぽい雰囲気にしたくてさ。 一馬たちも呼ぼうか悩んだんだけど、 やっぱり前みたいに3人がいいかなって…… 」
奏多が最後までいい終わらないうちに、 凛が勢いよく抱きついてきた。
「ありがとう、 嬉しい! 大好き! 」
せっかく玄関で自制したのに、 向こうから飛び込んで来られたら不可抗力だろう。
「うん、 凛。 ハッピー、 スィート シックスティーン…… 」
水色に飾られた海のような部屋の中で、 奏多はギュッと凛を抱きしめた。
「そう言えば、 叶恵さんはまだ? 」
ヤカンを火にかけながら、 凛が隣の奏多に聞いてきた。
「うん、 もうそろそろ帰ってくるはず。 一緒にお祝いするって張り切ってた」
「去年もそう言って急いで帰ってきてくれたよね」
「うん、 俺たちもこうやって2人で待ってた」
そう噂話をしていたら、 当の叶恵から電話がかかってきた。
「ほら、 噂をすれば…… だよ」
クスクス笑いながら電話に出たら、 慌てた声で、
『ごめん、 友達が急病で、 代わりにバイトに入らなきゃいけなくなった! 2時間だけだから、 私が帰るまで凛ちゃんを帰さないでね! 』
一方的に喋って一方的に切られた。
「姉貴が2時間くらい遅れるって…… どうする? 」
「…… どうするって? 」
奏多が途方にくれた顔で言うと、 凛が不思議そうに首を傾げて聞き返す。
「2時間どこかで時間つぶす? 商店街でもブラつこうか」
「えっ、 どうして? 」
「どうしてって…… 家で2人きりになっちゃうだろ」
凛との関係が親公認になった時点で、 奏多は凛と家で長時間2人きりにならないと決めていた。
自分を認めてくれた凛の両親の信用を裏切りたくなかったし、 何より、 人目のないところで長い間2人だけでいて、 これ以上自分を抑えておける自信がないのだ。
「やっぱり2人きりは…… マズいよ」
苦笑いしながらコンロの火を切って廊下に足を向けると、 不意に後ろから引っ張られた。
奏多の右袖をギュッとつまんだ凛が、 頷きながらポツリと口にする。
「いいよ…… 2人きりで。 2人でいようよ」
「えっ、 でも…… 」
「いいの。 奏多といたいから…… 」
見上げた瞳と目が合ったその瞬間、 奏多の心臓がドクンと脈打ち、 頭の中が沸騰した。
「…… 行くよ」
奏多は凛の手首を強く掴むと、 乱暴に引っ張って足早に廊下に出た。