20、 打ち上げの夜 (前編)
出演者が舞台の上で手を繋いで横並びになり、 3回めのカーテンコールに応えている。
その中心に立っているのは凛のコーディリアと樹のケント伯。
割れんばかりの拍手と眩しいライトの下、 凛がスカートを持ち上げてカーテシーを、 樹が左手をお腹に当ててボウ&スクレイプの華麗なお辞儀をしてみせると、 さらに大きな歓声と口笛が響き渡り、 学園祭の最後を華々しく飾った。
奏多も叶恵たちと一緒に立ち上がり、 さっきから無我夢中で拍手を送り続けている。
今日の凛の芝居は、 昨日とは全く違っていた。
昨日は相手役の森田がセリフを忘れて動転していたこともあって、 途中で変な間が空いたり流れが中断されて、 素の彼女が出てしまっていた。
観ていた学生たちも、 芝居を楽しむ以前に、 ハラハラしながら見守る…… と言う方が適切なくらいで、 全体的にシラけたムードが漂っていたのだ。
それにひきかえ、 今日は最初から全てが自然で完璧だった。
凛は冒頭から仕草も表情もコーディリアになりきっていて、 背中から高貴なオーラが見えるようだった。
驚いたのはその集中力で、 ほぼ樹との2人芝居に近い出ずっぱりの状態で、 彼女は膨大な量のセリフを一度も詰まることなく言ってのけたのだ。
これも全ては樹の芝居と情熱に引っ張られてのこと……。
そう思うと、 奏多は胸のあたりがギュッと痛くなるのを感じたけれど、 それも彼らの熱演に夢中になっているうちに思考の外に追いやられ、 完全に『リア王』の世界に引き込まれてからは、 ただ感動だけが残ったのだった。
天井の電気がついて大講堂全体が明るくなり、 演劇部の発表の終了が告げられた。
観客が帰り始めガヤガヤと騒がしくなったころ、 奏多たちは花束を持って1階に下り、 舞台の上で演劇部のメンバーと凛が記念撮影をしているのを見上げていた。
「奏多くん、 こんにちは」
不意に肩をポンと叩かれて振り向くと、 尊人と愛が花束を持って立っていた。
「こんにちは。 お2人ともいらしてたんですね」
「ああ、 仕事があってここでの出し物しか見れなかったが、 想像してたよりも本格的で驚いたよ」
「凛さんの熱演のおかげですよ」
「うん、 素晴らしかった。 親として誇らしかったよ」
叶恵や一馬たちも交えて立ち話をしていると、 目の前の愛が「あっ」と言って顔を綻ばせた。
奏多もハッとして振り返ると、 コーディリアの衣装を着たままの凛がニコニコして立っている。
「みんな来てくれたんだ。 ありがとう! 」
さっきまでステージの上で皆を魅了していたその人が、 目の前に舞い降りた……。
そこにいるのは紛れもなく凛なのに、 まるで憧れのアイドルか映画スターに遭遇したかのように緊張して、 上手く言葉が出てこない。
叶恵や愛たちが花束を手渡して次々に慰労の言葉をかけているなか、 奏多だけボ〜ッとしていたら、 凛に顔を覗き込まれた。
「奏多、 どうしたの? 大丈夫? 」
「あっ…… ごめん、 凛に見惚れてた」
全員が顔を見合わせて黙り込む。
「奏多…… お前、 ご両親の前で遠慮とかないの? 」
一馬が呆れ顔で言うと、
「いや、 奏多くん、 娘を褒めてもらうのは嬉しいんだが…… その、 なんだな、 こうもストレートだと、こちらが照れるね」
尊人までが顔を赤くしだしたので、 ハッと我に返って奏多の顔も赤くなる。
「えっ、 あっ、 すいません! でも、 本当に綺麗で…… 。 あっ、 凛、 最高だったよ! 俺、 本当のお姫様が現れたかと思った! 感動した! 惚れ直した! 」
バッと凛を振り返って、 彼女の両手をブンブン握りながら言うと、今度は言われた凛がポッと頬を染めた。
「ちょっと、 奏多…… 人目! 」
思ったままを素直に伝えたら叱られた。
奏多が凛とご両親の写真を撮っていたら、 今度は尊人が凛と奏多の写真を撮ってくれると言う。
まだ他の生徒も見ているし恥ずかしかったけれど、 ドレス姿の凛とのツーショットの誘惑には勝てず、 お言葉に甘えて凛の隣に並ぶ。
凛が腕を組んで来たので緊張して固まっていたら、 愛が「そうやってドレスに花束で立ってると、なんだか結婚式の写真みたいね」と言った。
凛と目を合わせてニコリと笑う。
ーー いつか本当にそうなったら…… 最高だ。
「小桜さん、 それじゃ後で玄関ね! 」
根本が舞台の上から凛に声を掛けると、 こちらにペコリと頭を下げて舞台の奥に去って行った。
「ごめんね、 片付けが終わったら演劇部のみんなと森田くんのお見舞いに行くことになって…… 」
森田のお見舞いに行って、 そのままカラオケで打ち上げなのだという。
凛は演劇部の方に出ていたためクラスの出し物には関与してない。 そちらの打ち上げに行くのは当然だ。
寂しいけれど…… 仕方ない。
「そうか、 俺たちもクラスのみんなでカラオケだけど、 店が違うんだな。 残念」
「うん、 また電話するね」
叶恵や尊人たちとも講堂の前で別れて教室に戻り、 クラスのみんなで片付けをしてから、 打ち上げ会場であるカラオケ店に向かった。
「小桜が向こうに行っちゃって寂しいのか? 」
カラオケ店で歌も歌わずに黙ってジュースを飲んでいたら、 陸斗が心配そうに顔を覗き込んで来た。
「ん…… 寂しいっていうか、 ちょっと考え事してた」
奏多は、 今日のクライマックスでセリフが変更されていたことを思い出していた。
奏多は凛から台本を読ませてもらったことがあったし、 ふざけて練習の相手をさせられたこともあったので、 大体の流れは把握している。
間違いなく、 今日の芝居は後半だけ明らかに変更されていた……。
「あれってやっぱ…… 告白だよな」
「んっ、 なに? 」
「いや、 なんでもない」
樹はケント伯としてあのセリフを言ったのだろうか。 それとも……。
いや、 考えたって仕方ない。
世の中の男みんなが凛を好きだと言ったとしても、 自分だって引くつもりはないのだ。
これからも何度だって、 こうやってジリジリするんだろう。 それでも自分にできることは、 凛が自分を選んでくれるよう頑張っていくことだけだ。
「よっしゃ! 歌うぞ! 」
奏多が本をペラペラとめくって歌を選んでいると、 ドアがバタンと開いて、 場がわっと湧き立った。
奏多が顔を上げると、 ハアハアと息を切らした凛が立っている。
「えっ、 凛! なんで? どうしたの?! 」
驚いているみんなを尻目に、凛が笑顔を振りまきながらソファーとテーブルの間をすり抜け、 ストンと奏多の隣に座る。
「凛、 演劇部の打ち上げは?! 」
「行ったよ、 森田くんのお見舞いも。 奏多のメールにあったクラスの打ち上げ会場が近かったから、 カラオケで1曲だけ歌って出てきた」
まるでそれが当然とでもいうように、 息を切らしてここまで駆けつけて……。
ーー ほんっとに…… もう……。
奏多は凛の手をギュッと握りしめると、 彼女の耳元に口を寄せて、 そっと囁いた。
「(凛…… あとで思いっきり抱きしめたい)」
凛はエッと小さく声に出して奏多の顔を見たが、 すぐに頬をピンク色にしてコクリと頷いた。
「そういえば、 凛ってカラオケに行ったことあったの? 何を歌ったの? 」
「カラオケなんて初めてだよ! みんな1曲ずつ歌わなきゃいけないって言うけど知ってる曲が殆ど無くて……。 お母さんがたまに聞いてる『愛の讃歌』があったから、 それを歌ったら、 何故かみんなにウケてた」
「『愛の讃歌』って…… カラオケでシャンソン?! ……ハハハッ! 凛、 最高! 」
「えええっ、 またウケてる! なんで?! 」
ーー ああ、 本当に。 本当に俺の彼女は…… 最高だ!