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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第5章 本当の恋人編
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19、 拍手と喝采


動揺(どうよう)を観客に悟られまいと必死で表情を保つ凛を見上げながら、 樹は(よど)みなくセリフを続けていく。



「コーディリア様の(そば)でお(つか)えすることが私の喜び、 私の(すべ)てでございます。 その全てを失えば、 私は生きる(しかばね)となり、 ただこの世をさまようだけの亡者(もうじゃ)と成り果てるのです。


しかしそこに、 あなた様のお心さえあれば、 ()ち果てた心臓に命が(とも)り、 生き永らえていくことも出来ましょう。


あなた様のためのこの命、 今すぐ無礼者(ぶれいもの)と、 短剣(たんけん)で胸を突き刺していただいても構いません。 しかし、 もしもお許しいただけるのであれば、 この私にも、 お慈悲(じひ)の口づけを」



(ひざ)まづいたままの樹が右手を差し出すと、 すぐさま凛がスッとその手を取った。

その仕草(しぐさ)には寸分(すんぶん)の迷いもなく、 上品で高貴(こうき)なコーディリアの動きそのものだった。


「私は気高(けだか)きフランス王妃。 私の心はフランス国王と国民のためにあります」



ケント伯が(さみ)しげに目を伏せると、 その目を見つめながら、 コーディリアがマリア(ぞう)のようなおだやかな笑みを浮かべた。



「ですが…… 私の(たましい)をあなたに(ささ)げましょう」



そう言うと、 コーディリアは片膝(かたひざ)を軽く曲げて、 ケント伯の右手の甲に口づけた。



「ケント、 今この時から、 私の魂はあなたと共にあります。 常にあなたを想い、 あなたに寄り添い、 あなたの一部となって永遠にあり続けるでしょう」


「コーディリア様…… 」


ケント伯とコーディリアが見つめあったところで、 パッと舞台が明るくなり、 エドマンドとその兵士たちが現れる。



コーディリアを後ろ手にして、 舞台から連れ去ろうとしたところで、 ケント伯が呼び止めた。



「コーディリア様! 私の魂も、 永遠にあなたと共にあり続けます! 」



足を止めて振り向き、 ケント伯に微笑みかけるコーディリア。 そして前を向くと、 背筋を真っ直ぐに伸ばして胸を張り、 気高い表情で舞台から退場していく。


「コーディリア様! 」


叫び声とともに暗転。



舞台が明るくなると牢屋のセットが現れ、 柵の向こう側でコーディリアが座り込んでいる。



最善(さいぜん)を願いながら最悪の結果に終わるのは、 決して私たちに限ったことではありません。 それでも、 いやしくも国王であるお父様が、 これほどの(はずかし)めを受けなくてはならないことが(くや)しいのです」


(かま)うものか。 これからは牢屋(ろうや)で2人、 鳥籠(とりかご)の中の鳥のように歌って暮らそうではないか』



2人が語っている牢屋の外では、 エドマンドが部下の兵士にコーディリアの暗殺を命じていた。



再び暗転。 そしてリアの嘆き悲しむ声。


そして舞台が明るくなると、 そこにはコーディリアの亡骸(なきがら)を前に泣き崩れるケント伯の姿。



「裂けろ! この胸、 裂けてくれ! 」



そして、 コーディリアの亡骸(なきがら)を胸に抱き、 最後にこう言うのだ。


「私の姫君、 私の(ただ)一人の最愛の君。 最後に一度だけ、 あなたの名を呼ぶことをお許しください。 コーディリア、 私は死ぬまであなたのしもべであり続けます。 あなたの意志を継いで、 必ずや国をまとめあげて見せましょう。 そして私は一生あなたの魂とともに生きていきます」




『リア王の死後、 オルバニーはエドガーとケントに高い勲位(くんい)特権(とっけん)(さず)け、 国の統治(とうち)を任せました。


ケントはコーディリアとの約束通り、 立派に国をまとめ上げ、 その繁栄(はんえい)に全力を尽くしたのでした。


彼は生涯独身でした』



根本のナレーションに(かぶ)せて、 ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』のオーケストラヴァージョンが重低音でゆっくり流れ出す。



幕が下り始めると同時に次々と観客が立ち上がり、 スタンディングオベーションが()き起こった。


目を輝かせ笑顔を見せる者、 感動に(ひた)って(ほう)けた表情をしている者、 涙で目を腫らしているもの、 号泣している者。


それぞれが、 舞台を見つめながらひたすら手を叩き、 最大限の賛辞(さんじ)を送り続けている。



カーテンコールで幕が上がると、 拍手は一層大きくなり、 わっと歓声が上がった。



滝高演劇部(はつ)のスタンディングオベーションは、 なんと5分間も続き、 カーテンコールも3回行われたが、 それでも拍手は鳴り止まなかった。



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