18、 リア王 (5)
物語も終盤に差し掛かり、 正気を失ったリアと再会したコーディリアが嘆き悲しむ場面へと移った。
「ああ、 慈悲深い神々よ、 子供ゆえに子供に返ってしまった父の心を、 何とぞ元の姿に戻してくださいますように。 私の唇に回復をもたらす薬の力が宿り、 2人の姉がそのお身体に加えた痛手も、 この口づけによって何とぞ癒されますように」
コーディリアが病床のリアの手を取って口づける。
再会を喜びながらも、 父の不幸を思い涙する姿を見て、 ケント伯の独白。
「コーディリア様…… なんと心優しい姫君か」
「あなたの微笑みと涙は、 日が射していながら、 同時に雨が降っているようだ。 その目から溢れ出る涙は、 さながらダイアモンドからキラキラと流れ出る真珠の珠…… いや、 それよりもっと美しい。
もしもあらゆるものが、 このように美しく悲しさを飾るものなら、 悲しみは何よりも深く愛される宝物となるであろう」
そしてその後、 コーディリア率いるフランス軍は、 姉たちを惑わしているエドマンドの軍隊の前に敗北し、 いよいよ物語はクライマックスを迎える。
舞台の上に立つのは再びコーディリアとケント伯の2人だけになり、 明日には捕虜となるコーディリアをケント伯が逃がそうとする場面となった。
ケント伯がコーディリアの前で片膝をつき、 必死に懇願する。
「コーディリア様、 夜が明ければエドマンドの兵がここにやって参ります。 その前にどうかお逃げください」
「弱った父と兵士たちを置いて、 どうして私1人で逃げられましょう。 父と2人、 たとえ牢屋に繋がれようとも、 最期のその時まで気高くありたいのです」
「コーディリア様、 その時は私も共に」
「なりません! 」
「なぜですか?! 」
「ああ、 ケント、 あなたは私のために城を追われ、 その後も忠義を尽くしてくれました。 十分すぎるほどに……。
私があなたの親切に報いるには、 どのように生き、 どのように努力すればいいのでしょう。 一生を費やしても短すぎ、 どんな努力を重ねても、 なお遠く及ばない」
「そのように仰っていただくだけで、 すでに十分に報われております」
「今となっては何ひとつ持たない私があなたに出来ることは、 その命の無事を祈ることのみ…… 私からの最後の命令です。 ケント、 生きなさい。 生きて王の意志を受け継ぎ、 この国を立て直すのです」
「私一人で生きろと仰るのですか?! 」
「そうです。 私が成し遂げられなかった夢をあなたに託します。 良いですか、 生きるのですよ」
昨日の森田のケント伯は、 ここで苦しみ悩みながらも、 忠実な僕としてコーディリアの願いを聞き入れ、 悲しみのなかで頷いたのだったが、 今日の樹のケント伯は、 ここで終わらなかった。
「ああ、 なんと残酷なことを申される。 あなた様のいない世界で私に生きろとは…… 」
ケント伯が胸に手を当て、 切ない瞳でコーディリアを見上げる。
「私のこれまでの行いを認めてくださるのであれば…… あなた様のお心をいただきたく存じます」
ケント伯を見下ろしたまま、 コーディリアが……凛が黙り込む。
舞台袖で笑いながら樹と話していたことが、 まさかの現実となった。
ここから先は、 満席の観客を前にした、 ぶっつけ本番のアドリブ合戦。
凛は、 じっと見つめている樹の瞳を、 瞬きもせずにじっと見つめ返した。