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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第5章 本当の恋人編
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17、 リア王 (4)


緋色(ひいろ)の幕がスルスルと静かに上がると、 そこには真っ暗なステージ。


左右のスピーカーから聞こえてくる根本のナレーションから芝居は始まった。



『ブリテン国の王、 リアは、 高齢(こうれい)のため引退し、 3人の娘たちに国を3分割して分け与えようと考えました。 その分配方法は、 娘たちに父親である自分への愛を語らせ、 その内容で判断するというものでした。 上の娘たち2人は、 リアの喜ぶような甘言(かんげん)を並び立て、 彼のご機嫌(きげん)をとることにまんまと成功しました』



『さあ、 コーディリア、 一番かわいい(すえ)の娘よ。最後はお前の番だ。 お前も上の姉たちと同じように、 いや、 それ以上に、 私への尊敬と愛情をとくと語っておくれ』


リア王の声は、 大道具の柳瀬(やなせ)の担当だ。 体格がいい彼の、 低くて大きな声は、 リア王の 威圧的(いあつてき)威厳(いげん)のある雰囲気を見事に表現している。



樹の演出では、 リア王は声のみの出演で、 舞台には一度も姿を現さない。


それは人員不足を(おぎな)うための苦肉(くにく)の策でもあったが、 スピーカーを通して講堂内に響き渡る柳瀬の声が、 余計にリア王の存在感を際立(きわだ)たせ、 たとえ舞台上に姿が無くとも、 そこにリア王がいるかのように思わせることに成功していた。



そのリア王の声に続いて、 いよいよ舞台上での掛け合いが始まる。



暗闇の中でスポットライトに照らし出されたのは、 白いお姫様の衣装に身を包んだ凛のコーディリア。


その美しいドレス姿を見て、 客席から自然に『ほおっ…… 』とため息のような声が上がる。



舞台の真ん中に立った凛は、 胸の前で手を組んで、 祈りを捧げるように客席に語りかけ始めた。



「ああ、 私はお父様になんと言えばいいのだろう。 私はお姉様たちのように、 うわべだけの綺麗な言葉を並べ立てるなんて出来ない…… 」


「だけど、 お父様はきっと分かってくださるはず。 わたしの(した)は重くとも、わたしの愛はそれにもまして重いのだから」



ここで再びリア王の声。


『さあ、 コーディリア、 私にお前の愛を語っておくれ、 さあ早く! 』




凛は今度は、 舞台の奥の、 見えないリア王に向かって語りかける。


「お父様…… 私には語れる言葉はございません」



『なんだと! ゴネリルとリーガンは、 私を世界一愛していると言ってくれた。 何物にも代え(がた)いと言ってくれたぞ。 なのにお前は、 私への愛を何一つ語れぬというのか! 』


『無からは何も生まれない。 さあ、 言い直すがいい』




「不幸なことに、 私は真実の心を上手く言葉にあらわすことが出来ません。娘が父親に愛情を持つのは当然です。 それ以上でもそれ以下でもないのです」


『ええい、 うるさい! お前の気持ちはよく分かった。 今すぐ何処へでも出て行くがいい! 』



「陛下、 お待ちください! 」


ここでもう一つのスポットライトが照らされ、 光の輪の中に樹の姿が浮かび上がった。



樹は制服の白いシャツと黒いスラックスに貴族風の黒マントを羽織っているだけだった。

森田より10センチ近く背の高い樹には、 衣装のサイズが合わなかったのだ。


それでもその気品ある立ち姿と高貴(こうき)な振る舞いはケント伯爵そのもので、 彼が登場するや(いな)や、 女生徒たちから悲鳴のような黄色い声が上がり、 その場が一瞬で騒然(そうぜん)となった。



樹はそんな騒ぎにも動じることなく、 スポットライトの光の中で片膝(かたひざ)をつき、 王に向かって(こうべ)を垂れる。



陛下(へいか)、 お待ちください。 コーディリア様は正直で心優しいお方。 甘言(かんげん)などに心惑(こころまど)わされることなく、 どうか真実をお見極(みきわ)め下さい! 」



樹の凛とした良く通る声が響き渡ると、 騒ぎ立てていた声が途端(とたん)に止み、 会場中が彼の演技に釘付(くぎづ)けになった。



リア王の怒りを買った2人は城から追い出され、 大きな雷の音と共に暗転。


その後は舞台をフランスに移し、 コーディリアへの恋心を隠しながら付き従うケント伯の苦悩、 そしてリア王を救うために挙兵(きょへい)するコーディリアと、 順調に話が進んで行った。



凛と樹の演技は観客を紀元前800年のヨーロッパへと(いざな)い、 次第にその世界観に引き込んで行った。



そして物語も終盤(しゅうばん)に差し掛かり、 捕虜(ほりょ)となるコーディリアをケント伯が逃がそうとする場面で、 客席の奏多が「えっ…… 」と小さく呟いた。



樹の発したセリフが、 前日のものとは変わっていたのだった。


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