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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第1章 中学編
14/188

14、 遭遇


桜の(つぼみ)(ほころ)びはじめる3月第3週、 私立滝山中学校の卒業式が厳粛(げんしゅく)な雰囲気のなか()り行われた。



「……とは言ってもさ、 感慨もなにも無いよな」

一馬が目の前のカツカレーをスプーンで口に運びながら呟いた。



ここは神宮(じんぐう)商店街にある軽食喫茶 『ふらり』。

4人掛けのテーブル席が8卓と、 カウンター席が5つ。

通路に目隠しで鉢植えのパキラとドラセナが配されている、 昔ながらのレトロなお店である。


店頭のガラスケースにはロウで作られた食品サンプルが陳列されていて、 入口ドアの横に立て掛けられたスタンド看板には、 本日のランチメニューが書いてある。



奏多たちはその『ふらり』のテーブル席で、 いかにもといった感じのワインレッドの古びたソファーに座り、 いかにもという感じの今日のランチメニュー …… 一馬はカツカレーセット、 奏多と陸斗はナポリタンセットを食べながら、 今日の卒業式について語っている最中である。



滝山中学は中高一貫校で殆どの生徒がこのまま滝山高校へと進学するため、 今日は卒業式とは名ばかりで、 終業式の延長のようなものだった。

保護者も6年間で一区切りだと考えているので殆ど出席しない。


校長先生の長い挨拶の後で総代が全員分の卒業証書を受け取り、 あとは皆勤賞(かいきんしょう)の発表だけであっさり終了した。



今日は短縮授業で早く終わったため、 街に()り出そうと言い出したのは一馬だった。

奏多も陸斗も元々そのつもりだったので、 馴染みの神宮商店街をぶらぶらする事にした。

いつも一馬と陸斗は部活があるため、 3人で揃って出掛けたのは久しぶりだった。



「そう言えば、 叶恵さんは元気? すっごく長い間会えてないんだけどさあ〜 」

「あっ、 俺もだわ。 久しぶりに奏多んちに寄ってってもいい? 」


ひとしきり春休みの話題で盛り上がったあと、一馬と陸斗がそう切り出した。


2人から叶恵の話題を振られ、 奏多は内心ギクリとした。

だが、 そんな胸の内を悟られないよう、 緑色のクリームソーダをストローでクルクルかき混ぜながら、 昨夜のうちに叶恵と打ち合わせた通りの台詞を吐いた。



「ああ、 悪い。 姉貴が次の漫画賞の締め切り前でさ、 余裕が無いんだよ」


叶恵は夢の漫画家デビューのため、 春からついた担当さんと共に新作に取り掛かっている。

だから自分も手伝うために今日は早目に帰るから……と言うと、 2人とも残念そうにはしたが、 それなら仕方がないとあっさり引き下がった。


それから更に20分程お喋りをし、 もう一度商店街をぶらついてから奏多だけ先に別れた。



商店街を西に抜けて家の方角へ向かう。

しばらく歩いて一馬達から完全に離れたのを確認すると、 奏多は上着のポケットからスマートフォンを取り出してメールをした。


『今から帰ります』


家に着いて玄関に入ると、 たたきにアメリカンブランドのスニーカーが綺麗に揃えて脱いであった。 女物である。


手前のリビングを覗いたが誰もいなかったので、 そのまま奥のダイニングルームまで進んだ。


「お帰りなさい」

小桜がキッチンでヤカンを片手に振り向いた。



「ただいま。 姉貴は? 」

「パレスで設定表を書いてる」

「そっか……お茶淹れてるの? 」

「うん。 百田君から帰るメールが来たって教えたら、 叶恵さんがそれに合わせて休憩するって。 百田君も飲むでしょ? 」

「うん。 ありがとう。 先に着替えてくるね」



その間に凛は勝手知ったるという素振(そぶ)りで、 キッチンの棚から紅茶の缶を取り出す。

白地にイチゴの絵がデザインされた、 陶器メーカーとして有名なブランドの紅茶は、 叶恵お気に入りの一品だ。


ガラス製のティーポットに茶葉を入れて一気に熱湯を注ぐと、 ほのかに甘いイチゴの香りが漂ってきた。



食器棚から取り出すマグカップは決まっている。

叶恵は紅茶と同じ銘柄(めいがら)の高級陶器(とうき)

カップ1個で5千円以上すると聞いているので、 触る時は今でも少し緊張する。


奏多は白地に黒いメガネのイラストがドーンと大きく描かれている男の子らしいぶ厚めのマグ。

一馬と陸斗からの誕生日プレゼントらしい。

見るたびになんだか笑えてしまう。


そして自分にはハニワのマグカップ。

全体が薄い水色で、 カップの上下には、 様々なポーズを取った小さなハニワがラインのように整列している。

叶恵と奏多が共同で購入し、 凛の11月の誕生日に合わせてプレゼントしたものだ。


凛はハニワが並んだ水色のマグカップを両手で顔の前にかざして、 マジマジと眺める。


ーー 本当に可愛いなあ……。



誕生日の数週間前の金曜日、 叶恵に好きな色を尋ねられたことがあった。

特に疑問にも思わず水色だと答えたが、 マグカップを貰ってから、 あの質問はこのプレゼントのためだったのだと分かり、 感動のあまり泣き出しそうになった。


ーー 私のためにわざわざハニワのイラストが入ったマグカップを探してくれたんだ……。


今でもこのマグカップを手にするたびに、 2人の優しさが伝わってきて胸がほんわり暖かくなる。



「手伝うよ。 何すればいい? 」

いつのまにか着替えを終えた奏多が隣に立って腕まくりしている。


白い長袖のプルパーカーにカーキ色のパンツというラフな組み合わせがとても似合っている。


ピンクの長袖プルパーカーに白のショートパンツを合わせた自分と何気に組み合わせが似通っていてドキりとする。

凛のパーカーにはアメリカの人気アウトレットブランドのロゴが入っているという若干の違いはあるものの、 一見(いっけん)するとペアルックのようではないか……。



ーー ええっ?! 私の今日の服装、 着替える前にちゃんと見てたよね? なんか微妙に(かぶ)ってるんですけど……。


今日は時間があったので、 一旦家に寄って着替えてからここに来た。

私服を見せるのはたぶん初めてだ。


まさかの洋服(かぶ)りに内心ドギマギしたが、 これくらいで意識する自分の方が変なのだろうか。

だけど、 まあ、 彼のことだから特に深くは考えていないのだろう。



「それじゃあ、 マグに少しずつお湯を注いで一旦捨ててくれる? 」


一度マグを温めるのは叶恵から教わった手順だ。

奏多は凛以前に叶恵から叩き込まれているのだろう。

「了解」と言って3つのマグにお湯を注いで捨て、 そのあとは何も言わなくとも紅茶を()ぎ、 ハチミツを垂らし、 ショウガを擦り入れていく。


凛は元々紅茶はストレート派だったのだが、 叶恵に影響されて、 ハチミツとショウガを入れるようになった。

喉の弱い叶恵が風邪予防で始めたらしいが、 今では凛も、 このほんのりした甘みと身体がほっと暖まる感覚が気に入っている。



凛がお盆に3つのマグをコトリと乗せると、 奏多が当然とでもいうようにそれを持ち上げ、 先に立ってダイニングテーブルに運んで行く。

凛は小皿とフォークを持ってその後からトコトコついて行くだけで良かった。


ダイニングテーブルに3人分の紅茶とお皿とフォークをセッティングし終えたところで、 漫画パレスにいる叶恵を呼びに行く。



「それじゃ、 叶恵さんに声掛けてくるね」

「あっ、 小桜」

「????」


「そのパーカー良いよね。 俺、 今日の小桜の服を見て、 自分もパーカーにしよ! って思ってさ、 勝手に真似しちゃったよ」



ーー ええっ?! 無意識じゃなくて確信犯?!

()えて同じようなのを着るって……アリなの??



いや、 百田奏多だから、 これもアリなのだろう。

これだから女慣れしてる無意識天然タラシは困るのだ……。



「俺も今度、 そのブランドの買おうかなあ」

「…… そっ、そうね。 私もこのパーカーお気に入り」



ーー 何言ってるの?! 同じブランドにしたら、 それこそお揃いになるってば!


こうなるともう、 意識する方がバカらしい。


火照(ほて)った頬を両手でバシバシ叩きながら、 凛は漫画パレスへと廊下を急いだ。



***



「叶恵さんはチョコレートケーキで良かったですか? 」

「うん、 ありがとう。 ここのケーキ、 美味しいよね」

「百田君はチーズケーキだよね」

「うん、 小桜、 ありがとう。 俺、 この店のスフレチーズケーキ好きだわ」

「うん、 知ってる」


凛が買ってきたケーキは、 チョコレートとスフレチーズとフルーツタルトの3種類のみ。

最初からこの振り分けになると予想していた。



凛が百田家に出入りするようになって約半年。

さすがに毎週とまではいかないものの、 しょっちゅう通っているうちに、 百田姉弟の好みや生活パターンのようなものが徐々に(つか)めてきた。



叶恵は毎週月、 水曜日は大学から帰ってからバイト。

土日も週によってはバイト。

凛の来る金曜日は4コマ目の授業終了後そのまま帰宅。

空いている時間は基本的に漫画パレスで創作活動。

紅茶とチョコレートが好き。


持っているもの、 着る服はブランド品が多い。

さすがに全てをハイブランドで揃えている訳ではないが、 そこそこ有名なブランド…… 例えばチェック柄で有名なイギリスブランドのマフラーとコートだったり、 馬のマークのポロシャツだったり、 小さなフックがアイコンになっているイタリア製の靴だったり……を上手く着こなしている。



『私ね、 女性漫画家の設定に良くある、 ボサボサの髪をひっつめて半纏(はんてん)羽織って……っていうのが嫌なのよ』


以前、叶恵からそう聞かされた。


漫画家がオンナを捨ててる的、 テンプレなイメージを払拭(ふっしょく)したいのだと言う。


自分が漫画家デビューした(あかつき)には、 『美人漫画家』として名を()せたい。


もちろん良い作品を描くことが前提だが、 雑誌に載った自分のインタビュー記事を読んで、 『こんな素敵な漫画家になりたい』と読者に夢を持って欲しい。 憧れてもらえる存在になりたい。

だから良い服を華麗に着こなして、 バッチリ化粧もして、 美しさを維持するのだ……と。



自分の目標をしっかり設定して、 そのために全力で取り組む姿が叶恵らしい。

本当に素敵な女性だ…… と思う。



奏多は帰宅部でインドア派。 友達と約束がなければ基本的には家にいる。

両親が不在だからか、 それ以前からかは知らないが、 器用に家事全般をこなせる。

忙しい叶恵の代わりに買い物に行ったり料理もする。

食べ物の好き嫌いはなし。

コーヒーや紅茶よりは緑茶派だが、 特にこだわりは無し。

どちらかといえば和菓子が好きだが、 洋菓子も好き。

ケーキならスフレチーズケーキ。



凛が叶恵と奏多のことをよく分かってきたように、 2人も凛のことを理解してきている。

水色が好き、 フルーツが好き、 激辛が苦手、 ホラーが苦手。


以前、 叶恵が 「この漫画に凛ちゃんみたいな黒髪美少女が出てるよ〜。 グワシ!」とオススメしてきたホラー漫画家の作品を読んでみたが、 ヒロインが叫んだ時の顔が恐ろしすぎて、 その夜は眠れなかった。

それを叶恵に教えて以来、 二度とその作家さんの作品を(すす)めてこなくなった。



こうしてお互いのことを理解しあっていくと同時に、 Rルールでノートに書かれていない部分でも、 暗黙の了解みたいなものが自然に出来上がってきていた。


どちらかが先に家に着いたら「着いたよ」メール。

後から行く方は「もうすぐ着くよ」または「今から帰ります」メール。


これは最初の頃、 先に百田家に到着した凛が、 後から奏多が帰ってくるたびに、 誰かが来たとビクビクして漫画パレスの(すみ)に隠れていたので、 それを見かねた奏多が始めたことだった。



『そうだよなぁ……俺と姉貴はチャイムを鳴らさず自分の鍵で入ってくるからビビるよな。 これからは帰る前に先にメールで伝えるからさ、 いちいち隠れなくていいから、 先にお茶でも飲んで(くつろ)いでてよ』


右手で頭の後ろをガシガシと掻きながら、 そう言って笑ってくれた。



叶恵の作業中にパレスに近寄らないというのも、 奏多がそうしているので自然に覚えた。



叶恵が大学から帰ってくると、 大抵はまずダイニングでお茶を飲んでからパレスに向かう。

普段は凛と奏多も一緒にパレスに行って本を読んでいるのだが、 ごくたまに、 帰ってきてすぐにパレスに引き篭もってしまう日がある。


そういう場合は大抵、 良いアイデアが浮かんだのでさっさと作業に取りかかりたい時だ。


そんな時はダイニングルームで勉強している奏多と凛を大声で呼んで、

『今からここは出入り禁止になるから好きな本を持ってって〜! 」

と教えてくれるので、 2人は慌ててその日に読みたい漫画を持ち出して、 パレスから退散する。


普段、 パレスから持ち出し禁の漫画が他の部屋で読めるのは、 正直とてもありがたい。

畳にじっと座っていると腰も膝も痛くなるので、 椅子やソファーに座って(くつろ)ぎながら読書する方が快適なのだ。



こんな風に、 当初は薄氷(はくひょう)を踏むような慎重さでビクビクしながら始まった関係だったが、 回数を重ねる度にパターンが出来上がって慣れてきた。


遠慮がちだった凛も百田姉弟の大らかさと優しさに素を出せるようになり、 お互い気兼ねなく話せるようになってきていた。



「それじゃ、 私はそろそろパレスへ行こうかな」

「今日はお手伝いどうします? 」

「あっ、 窓際でカーテンを開けて眩しい顔! 」

「なんだか難しそうだけど…… 了解です! 」


凛は最近、 時々叶恵から頼まれては、 話の資料をインターネットで調べたり絵のモデルになったりしている。

モデルと言われて最初はためらったが、 今では慣れて楽しくなってきた。

そんな経験もここならではだ。



「待って、 俺も行く! 」

3人揃ってパレスに向かう。


漫画パレスには相変わらずの大量の本と大きな座卓。


ただ一つ違うのは、 押入れの白いカラーボックスがガラ空きで、 少女漫画の単行本が7冊だけ申し訳なさそうに並んでいること。


「小桜、 今日は漫画持ってきたんだね」

「うん。 来月まで待とうか悩んだんだけど、 卒業祝いで駅の本屋で買ってきちゃった」


凛は8冊めの漫画本をカラーボックスにそっと並べ、 一歩下がって満足げに眺めた。



このカラーボックスは、 凛が叶恵から譲ってもらった凛専用の本棚。

1冊目はもちろん、 漫画デビューの記念すべき本、 [恋してハニワ君 ① ]。


2冊目は、 10月に買った [ 恋してハニワ君 ② ]。

叶恵に結末を聞いていたので購入しようか迷ったが、 思い出の漫画だったし既に1巻を買っていたので、 どうせなら揃えたいと2巻も購入した。


それからは、 自分へのご褒美として、 毎月のおこずかいで1冊だけ漫画を買うことにしている。

今月は月初めに1冊買ってしまっていたのだけど、 自分への卒業祝いとして特別に1冊追加した。



「それじゃあ、 窓でカーテンを開けますね」


凛がモデル役を勤めようと窓の方を向いた時、



ピンポーン!



玄関のチャイムが鳴った。


「あっ、 俺が出るからいいよ」


奏多がそう言って廊下に出て行ったので、 凛はそのまま窓に向かい、 カーテンを左手でヒョイとどけてみせる。


「こんな感じですか? 」

「う〜ん、 両手で開けるか、 片手で開けるか……悩む」

「両手バージョンもやってみましょうか? 」

「それじゃあさ、 窓を全開にして、 両手でカーテンをバサーッて開けて、 ちょい上向き加減で目を細めて」


なんだか細かい注文で難しそうだが、 とりあえず期待に添えるよう努力しよう……と(こころ)みる。



ガラリと窓を開けて、 一旦カーテンを閉める。


「バサーッって感じですか? 」

「そう。 両手でバサーッで、 ちょっと上向き加減で眩しがって」

「はい」



カーテンをバサーッ……


「!!!!!!!!」




「キャーーーーーーーーッ! 」


凛が勢いよく畳に尻もちをついた。




「「 …… 小桜?! 」」


窓の外には、 呆気にとられたような一馬と陸斗の顔が仲良く並んでいた。



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