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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第5章 本当の恋人編
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13、 彼女の部屋と冷たい唇


「うそっ、 風邪?! 」


奏多の言葉に奈々美と都子が驚きの声をあげた。


「嘘でしょ?! よりによって中間考査の初日に休みって…… 」


「本人もどうにかしたいと思って解熱剤を飲んだりしたらしいけど、 今朝の時点でまだ熱が38度あるらしい」



凛から『今日は学校を休むので電車にはいません』というメールが届いたのは今朝の7時。


奏多の『どうしたの? 大丈夫? 』というメールに、

『風邪を引いたみたい。 昨夜から解熱剤を飲んだりしてるけど、 熱が上がったり下がったり。 今朝も38度』

と短い返事が来たなり音沙汰(おとさた)がないので、 多分シンドくて寝ているのだろう。



今日から4日間かけて行われる中間考査の初日を逃すなんて、 彼女は本当にツイてないと思う。

3連覇目指してあんなに頑張っていたのだ、 悔しさもひとしおに違いない。



凛のことを心配しながらも、 どうにか初日のテストを終えると、 奏多は校舎から出てすぐに凛の家に電話を掛けた。



「あっ、 小桜さんのお宅ですか、 僕、 百田奏多です。 はい、 凛さんの具合はいかがでしょうか」



電話に出た母親の愛が、 凛はやや熱が下がって今は寝ていること。 昼にお粥をたべて薬も飲んだので、 徐々に楽になるだろうと伝えてきた。



「あの、 クラスメイトと一緒にお見舞いに行きたいんですが」


少し待ってね…… と言ってしばらく待たされた。

たぶん凛に聞きに行ったのだろう。



『あっ、 奏多くん? 凛が大丈夫だって。 でも、 風邪が移るといけないからみんなマスクして来てね。 あと、 手ぶらでいいわよ」



電話を切ってから振り向いて「いいって」と奏多が言うと、 後ろで心配そうに覗き込んでいた奈々美と都子、 一馬と陸斗が安心したように笑顔を見せた。


「お母さんが手ぶらでいいって言ってるけど…… 」

「ええっ! コンビニで何か買って行こうよ。 お見舞いにコンビニのプリンはお約束じゃん」


都子の説が正しいかどうかは別として、 やはり手ぶらは気がひける。


みんなでコンビニに寄ってあれこれ大量に買い込んでから、 凛の住むマンションに向かった。



***



凛の家のドアホンを押すと、 しばらく待たされて愛が顔を出した。


「奏多くん、 お友達も、 皆さんわざわざありがとうね。 どうぞ上がってちょうだい」



5人はリビングに通されて、 奏多も見覚えのある白い革のソファーに座った。


愛がキッチンで飲み物を準備している間に、 一馬が周囲をキョロキョロ見渡して、「(すげ)えな」と呟いた。


14階建の建物の10階からは、 広々とした街並みが見渡せる。

駅から歩いて行ける距離で、 この広さの角部屋、 しかもメゾネットタイプ。

さすが尊人がテレビに解説者として出るほどの有名胸部外科医なだけある。



「飲み物は冷たいもので大丈夫? 」

「あの、 どうぞお構いなく…… 」


キッチンから尋ねた愛に奈々美が恐縮して言うと、 彼女が笑顔で言った。


「今日は来てくれてありがとうね。 私、 とても嬉しいのよ。凛の友達が家に来てくれたのは、 小学校のとき以来だから」



友達というのは、 たぶん『杏奈ちゃん』のことだろう…… と奏多は思ったが、 あえてその名前はここで出さなかった。


その名前は、 凛の辛い思い出にも繋がっている。

そのことは愛も十分に分かっているし、 後悔もしただろうから。



しばらく雑談してから、 5人は愛に案内されて、 2階の凛の部屋に向かった。


部屋に入ると、 凛はベッドの上で体を起こしてヘッドボードにもたれかかっていた。



愛がアイスティーの入ったグラスを乗せたトレイを運んできて、 勉強机の上にカチャリと置くと、 「5人がいる間にスーパーに買い物に行きたいのだけど」と申し訳なさそうに切りだした。


「大丈夫です、 任せてください」


奏多が答えると、 彼女は「ごゆっくり」と言って出掛けて行った。



「奏多…… みんなも、 わざわざありがとう」


ほんのり赤い頬とトロンとした目が、 まだ彼女が熱っぽいことを知らせている。



「ごめん、 まだシンドいよな。 すぐに下に下りるから…… 」

「大丈夫。 退屈してたから、 来てくれて嬉しい」


都子が、 コンビニで買った栄養ドリンクやゼリー飲料、 プリンやヨーグルトを掛け布団の上に並べて見せると、 凛は一つ一つ手に取って喜んだ。


凛が今日の学校のことを聞きたがったので、 みんなでテストの事を話して聞かせると、 彼女はゼリー飲料を吸いながら楽しそうに頷く。



「そっか、 それじゃ、 このまえ勉強したところがそのまま出たんだ。 バッチリだね! 」

「そうだよ、 凛ちゃん絶対に100点取れたのに、 残念だったよな」


一馬の言葉に一同が表情を暗くする。



休んだ分のテストは、 後日追試を受けることになっている。

教科別の順位は出してもらえるが、 総合の順位には反映してもらえないため、 凛は廊下に張り出されるベスト50のランク外ということになってしまうのだ。



「自分の中で納得のいく点数が取れれば、 別に順位はどうでもいいの。 1位にこだわっていたのは、 奏多とのことを認めてもらいたかったからだし」


凛がそういうと、 一馬たちがニヤニヤと奏多の顔を見た。


「なっ…… なんだよ、 お前ら」


奏多が顔を赤くしてぶっきらぼうに言うと、 一馬と陸斗が顔を見合わせて頷き、奈々美と都子に、 「それじゃ行きますか」と声を掛けた。



「えっ、 行くってどこに? 」

「俺たちは下でプリンでも食べてるからさ、 お前はここで凛ちゃんの看病してろよ」

「ええっ?! 」



4人がドアを閉めて出て行くと、 途端に部屋の中が静かになり、 気まずい空気が漂う。


そういえば、 奏多がこの部屋に入るのは初めてだ。



「まだ起きてて大丈夫? 」

「うん、 ずいぶん楽になった」


奏多がぎこちなく凛の額に手を当てると、 まだ少し熱っぽい、 しっとりした肌が触れた。



「俺、 ここにいても大丈夫? シンドくないかな」

「大丈夫、 いて欲しい」


額に当てられた奏多の手をとって、 凛が布団の上で握りしめたので、奏多は引かれるようにそのままベッドの端に腰を下ろした。


風邪が移ると凛が心配したが、 奏多は会話しにくいからと、 使い捨てのマスクを外してゴミ箱に放り込んだ。



「今朝さ、 いつもの駅で凛が電車に乗ってこなかっただろ? メールもらって分かってたのに、 それでもつい、 凛の姿を探しちゃったよ」


ついこの前までは一緒に歩くこともままならなかったくせに、 ちょっと会えないだけで寂しくて仕方ないのだ。



「人間って欲深いっていうかさ、 どんどん贅沢(ぜいたく)になるんだなって思ったよ」


今日会ったら、 明日もまた会いたい。 さっき会ったら、 今もまた会いたい。


顔を見たら、 その手に触れたい。

その手に触れたら…… もっと先に進みたい。



「私だってそうだよ。 みんなでお見舞いに来てくれただけで嬉しかったのに、 顔を見たら、 奏多と2人きりになりたいと思った。 2人きりになれたら…… ギュッてして欲しくなった」


凛が俯いて、 奏多の右手を握る両手に力を込めた。



「凛…… ギュッってしてもいいの? 凛が病人だから我慢してたんだけど」


凛がコクリと頷いた途端、 彼女が顔を上げるのを待たずに、 奏多がその身体を抱き寄せた。



「今日、 すっごい心配だった。 テスト中も、 今は凛は寝てるのかな、 苦しんでるのかなって、 そればっか考えてた」

「ごめんね、 テストなのに心配かけて」


「謝らないでよ。 彼氏が彼女の心配するのは当然だろ? 頼ってよ」

「うん…… ギュッってしてもらえて、 元気が出た」



「……凛……もっと元気になることしてもいい? 」

「えっ? 」


「……俺に風邪を移して」



奏多は腕を(ゆる)めて一旦体を離すと、 凛の頬に手を当てて、 ゆっくり顔を近づけた。


その直前に聞こえた、 「移っちゃうよ、 本当に…… 」という凛の呟きを無視して、 唇を合わせる。


いつもより熱を帯びた唇からそっと離れると、

「奏多の唇、 冷たいね」


凛がクスッと笑って言った。


「あっ、 アイスティー…… ごめん、 冷たかった? 」

「ううん、 ひんやりしてて気持ち良かった」


「気持ち良かったんだ…… それじゃ、 もう一回」


クスクス笑いながら、 もう一度口づけた。




その2日後に凛が元気になって登校すると、 入れ代わるように奏多が風邪で欠席した。


あとでみんなから思いっきりニヤニヤされた。



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