10、 凛プロデュースデート (中編)
近くのピクニックテーブルに2段重ねのお弁当箱を置くと、 隣に座った凛が、 奏多にずいっと差し出した。
「どうぞ、 お受け取りください」
「おっ、 おう!」
凛が心配そうにじっと見守るなか、 奏多もまた神妙な面持ちで、 そっと蓋を持ち上げる。
「凄い…… 」
中身を見た途端、 奏多が目を見開き、 口を半開きにして、 お弁当と凛の顔を交互に見つめた。
1段目は綺麗に並んだ一口サイズの手鞠おにぎりで、 2段目は箱いっぱいの沢山のおかず…… 唐揚げに筑前煮、 ミートボールに人参しりしり、 そして卵焼き。
それらがイチゴと緑のバランを添えて、 彩り良く詰められていた。
「ナニコレ凄い! 凛が作ったの?! 」
凛がコクリと頷くと、 奏多は幼い子供のように、 「コレは何? 」、 「こっちのは? 」、 「コレは何味なの? 」と質問責めにしてくる。
「あのね、 この唐揚げは昨日の夜から炭酸飲料に生姜や醤油を入れたタレに漬け込んで下味をつけたの」
「この卵焼きは、 お母さんの味なの。 マヨネーズを使うのよ。 巻くのが難しくて、 何度も失敗しちゃった。 あっ、 でも、 一番キレイに出来たのを入れてきたから安心してね! 」
奏多は凛が説明するたびにウンウンと何度も頷いて、 ときおり凛の顔を見ては、 嬉しくてたまらないというようにニッと笑う。
「このオニギリ可愛いね」
「あっ、 それはね、 『手鞠おにぎり』なの。 奏多の好きな具を聞いてなかったから、 いろんな種類にしてみた。 コレが梅じそ、 コレがおかか、 それが玉子そぼろで、 そっちの普通っぽいのには焼き鮭が入ってて…… 」
「…… 食べてもいい? 」
「もちろん! 」
奏多が梅じそのおにぎりを食べて、 「おいしい! 」と満面の笑みを浮かべた。
すぐに割り箸を手に取り、 卵焼きを口に入れると…… 急に黙りこんで俯いた。
「えっ、 大丈夫? 美味しくなかった? お茶を飲む? 」
持参してきた水筒からカップにお茶を注ぐと、 慌てて奏多に差し出す。
しかし、 なぜか奏多は凛が差し出したカップを受け取らず、 代わりに凛の手首を掴んで、 首を左右に振って……。
「めちゃくちゃ美味しいよ……凛…… ありがとう…… 」
その声が予想外に湿り気を帯びていて、 凛はハッとして、 カップをテーブルに置いた。
「奏多、 大丈夫? 無理して食べなくても…… 」
「違うんだ」
「…… 違うんだよ」
そう言って見上げた奏多の顔は涙でグシャグシャで、 今もまだ頬がふるえていて……。
「凛…… 俺、 嬉しくて…… この感動をどう伝えればいいのか分からないんだけど…… 」
奏多は凛の左手を取って、 両手でそっと包み込んだ。
「この中指と人差し指の絆創膏、 包丁で切ったんじゃないの? この手首の火傷の跡…… これも料理中にやったんだよな? 俺のために、 こんな怪我までして……」
そう言いながら、 凛の人差し指に口づけると、 その手に額をつけて俯き、 またボロボロと涙をこぼす。
「それにさ…… お前、 おにぎりだけでどんだけ手間かけてるんだよ……こんな何種類も……一体、 何時に起きたんだよ。 こんなの…… 嬉しすぎて震えるわ! もう泣くしかないだろっ! 」
最後は嗚咽を漏らして肩を震わせた。
凛は奏多に握られた左手にそっと右手を重ねて、 首を横に振った。
「奏多…… 泣かないで。 私、 料理してる時、 とても楽しかったの。 好きな人のことを考えながら料理してる間、 ずっとシアワセだったの。 本当に嬉しかったんだよ」
「ウッ…… ウウッ…… 」
左手中指と人差し指は、 人参を千切りにしようとした時に誤って包丁で切ってしまった。 手首の火傷は、 卵焼きを巻く時に上手くできなくて左手を添えようとしたら、 ジュッとフライパンの縁に触ってしまった時のもの。
だけど、 その時は時間に間に合わせる事に必死で、 とにかく夢中で、 不思議と痛いという感覚が飛んでいたのだった。
「朝ね、 早い時間に目覚ましのタイマーをかけてたのに、 それよりもっと前に目が覚めちゃったの。 ジッとしていられなくて料理を始めてたら、 窓の外が薄紫色になってきてね」
濃紺から徐々に明るくなっていく空のグラデーションを眺めながら、 今日これから奏多と過ごす楽しい時間を思い浮かべる。
お弁当があると言ったらどんな顔をするだろう、 お弁当の中身を見て、 何と言うだろう。
奏多は優しいから、 きっと美味しくても不味くても、 ニコニコしながら平らげてくれるんだろう。
だけど今後のために、 ちゃんと好みを聞いておかないといけないな……。
胸がワクワクして仕方がない。
朝陽が差し込んできて、 窓の外が一面黄色い光で覆われた。
その眩しい光に目を細めながら、 奏多の笑顔を想像しておにぎりを握る時間は、 至福以外の何ものでもなかった。
「本当に嬉しくて楽しかったの。 だから、 泣かなくてもいいんだよ…… 」
9月の爽やかな風の午後、 子供たちがはしゃいで走り回り、 カップルが手を繋ぎ笑顔で歩く動物園の片隅で、 手を握り合って泣いている2人。
その姿を見て、 通行人が何人も怪訝そうな顔をして通り過ぎていく。
喧嘩の最中とでも思われているのか、 別れ話をしているとでも思われているのか……。
だけど、 今ここで泣いている2人は、 きっと世界一幸福なカップルに違いなかった。