表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第5章 本当の恋人編
133/188

10、 凛プロデュースデート (中編)


近くのピクニックテーブルに2段重ねのお弁当箱を置くと、 隣に座った凛が、 奏多にずいっと差し出した。



「どうぞ、 お受け取りください」

「おっ、 おう!」



凛が心配そうにじっと見守るなか、 奏多もまた神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで、 そっと(ふた)を持ち上げる。



「凄い…… 」



中身を見た途端、 奏多が目を見開き、 口を半開きにして、 お弁当と凛の顔を交互に見つめた。



1段目は綺麗に並んだ一口サイズの手鞠(てまり)おにぎりで、 2段目は箱いっぱいの沢山のおかず…… 唐揚げに筑前煮(ちくぜんに)、 ミートボールに人参(にんじん)しりしり、 そして卵焼き。

それらがイチゴと緑のバランを添えて、 (いろど)り良く詰められていた。



「ナニコレ凄い! 凛が作ったの?! 」


凛がコクリと頷くと、 奏多は幼い子供のように、 「コレは何? 」、 「こっちのは? 」、 「コレは何味なの? 」と質問責めにしてくる。



「あのね、 この唐揚げは昨日の夜から炭酸飲料に生姜(しょうが)や醤油を入れたタレに漬け込んで下味をつけたの」


「この卵焼きは、 お母さんの味なの。 マヨネーズを使うのよ。 巻くのが難しくて、 何度も失敗しちゃった。 あっ、 でも、 一番キレイに出来たのを入れてきたから安心してね! 」



奏多は凛が説明するたびにウンウンと何度も頷いて、 ときおり凛の顔を見ては、 嬉しくてたまらないというようにニッと笑う。



「このオニギリ可愛いね」


「あっ、 それはね、 『手鞠(てまり)おにぎり』なの。 奏多の好きな具を聞いてなかったから、 いろんな種類にしてみた。 コレが梅じそ、 コレがおかか、 それが玉子そぼろで、 そっちの普通っぽいのには焼き(じゃけ)が入ってて…… 」


「…… 食べてもいい? 」

「もちろん! 」


奏多が梅じそのおにぎりを食べて、 「おいしい! 」と満面の笑みを浮かべた。


すぐに割り箸を手に取り、 卵焼きを口に入れると…… 急に黙りこんで俯いた。



「えっ、 大丈夫? 美味しくなかった? お茶を飲む? 」


持参してきた水筒からカップにお茶を注ぐと、 慌てて奏多に差し出す。


しかし、 なぜか奏多は凛が差し出したカップを受け取らず、 代わりに凛の手首を掴んで、 首を左右に振って……。



「めちゃくちゃ美味しいよ……凛…… ありがとう…… 」



その声が予想外に湿(しめ)り気を()びていて、 凛はハッとして、 カップをテーブルに置いた。



「奏多、 大丈夫? 無理して食べなくても…… 」

「違うんだ」



「…… 違うんだよ」


そう言って見上げた奏多の顔は涙でグシャグシャで、 今もまだ頬がふるえていて……。



「凛…… 俺、 嬉しくて…… この感動をどう伝えればいいのか分からないんだけど…… 」


奏多は凛の左手を取って、 両手でそっと包み込んだ。


「この中指と人差し指の絆創膏(ばんそうこう)、 包丁で切ったんじゃないの? この手首の火傷(やけど)の跡…… これも料理中にやったんだよな? 俺のために、 こんな怪我までして……」



そう言いながら、 凛の人差し指に口づけると、 その手に(ひたい)をつけて(うつむ)き、 またボロボロと涙をこぼす。



「それにさ…… お前、 おにぎりだけでどんだけ手間かけてるんだよ……こんな何種類も……一体、 何時に起きたんだよ。 こんなの…… (うれ)しすぎて(ふる)えるわ! もう泣くしかないだろっ! 」


最後は嗚咽(おえつ)()らして肩を震わせた。



凛は奏多に握られた左手にそっと右手を重ねて、 首を横に振った。



「奏多…… 泣かないで。 私、 料理してる時、 とても楽しかったの。 好きな人のことを考えながら料理してる間、 ずっとシアワセだったの。 本当に嬉しかったんだよ」


「ウッ…… ウウッ…… 」



左手中指と人差し指は、 人参を千切りにしようとした時に誤って包丁で切ってしまった。 手首の火傷は、 卵焼きを巻く時に上手くできなくて左手を添えようとしたら、 ジュッとフライパンの(ふち)に触ってしまった時のもの。


だけど、 その時は時間に間に合わせる事に必死で、 とにかく夢中で、 不思議と痛いという感覚が飛んでいたのだった。



「朝ね、 早い時間に目覚ましのタイマーをかけてたのに、 それよりもっと前に目が覚めちゃったの。 ジッとしていられなくて料理を始めてたら、 窓の外が薄紫色になってきてね」



濃紺(のうこん)から徐々に明るくなっていく空のグラデーションを(なが)めながら、 今日これから奏多と過ごす楽しい時間を思い浮かべる。


お弁当があると言ったらどんな顔をするだろう、 お弁当の中身を見て、 何と言うだろう。


奏多は優しいから、 きっと美味しくても不味(まず)くても、 ニコニコしながら平らげてくれるんだろう。

だけど今後のために、 ちゃんと好みを聞いておかないといけないな……。


胸がワクワクして仕方がない。



朝陽が差し込んできて、 窓の外が一面黄色い光で覆われた。

その(まぶ)しい光に目を細めながら、 奏多の笑顔を想像しておにぎりを握る時間は、 至福(しふく)以外の何ものでもなかった。



「本当に嬉しくて楽しかったの。 だから、 泣かなくてもいいんだよ…… 」



9月の爽やかな風の午後、 子供たちがはしゃいで走り回り、 カップルが手を繋ぎ笑顔で歩く動物園の片隅(かたすみ)で、 手を握り合って泣いている2人。


その姿を見て、 通行人が何人も怪訝(けげん)そうな顔をして通り過ぎていく。


喧嘩(けんか)の最中とでも思われているのか、 別れ話をしているとでも思われているのか……。



だけど、 今ここで泣いている2人は、 きっと世界一幸福なカップルに違いなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ