9、 凛プロデュースデート (前編)
『ピンポーン』
ドアホンが鳴ってモニターを確認すると、 画面に真面目な顔をした奏多が映っていた。
黒い水玉リボンがついた大きなカゴバッグを肩に掛けて立ち上がったら、 後ろから母親と父親がゾロゾロついてくる。
「ちょっと! ついて来なくていいってば! 」
「お母さん、 奏多くんに挨拶しなくちゃ」
「僕も奏多くんに一言…… 」
ため息をつきながら玄関のドアを開けたら、 案の定、 奏多が凛の後ろの2人を見て固まった。
「おっ、 おはようございます! 」
緊張した顔でペコリと頭を下げる。
「今日は一日、 凛さんを預からせていただきます。 門限の9時までには必ずお帰ししますので、 よろしくお願いします! 」
礼儀正しく挨拶する姿を見て、 愛も尊人も満足げに頷いた。
「奏多くん、 凛をよろしくね。 この子ったら昨日から張り切っちゃって…… 」
「お母さん! 」
「奏多くん、 凛を頼んだよ。 変な男どもが絡んでこないよう気を付けて…… 君も迂闊に凛に手を出すんじゃないぞ。 あと、 適度に休憩を入れて、 水分摂取はこまめに…… 」
「お義父さん、 もういいから! ほら、 奏多、 行こう。 行ってきます! 」
「いっ、 行って参ります! 」
最後まで馬鹿丁寧に頭を下げている奏多の手を引っ張って、 凛はズンズン歩き出した。
「だから私が迎えに行くって言ったのに…… 」
今日は『凛プロデュース』のデートなのだから、 こっちから迎えに行くと言ったのに、 男としてちゃんと御両親に挨拶をしなくては…… と奏多が頑なに言い張った。
まあ、 彼のそういう部分を両親も認めているのだろうけど……。
ふと右肩が軽くなったのでそちらを見ると、 奏多が凛のカゴバッグを自分の肩に掛けていた。
「あっ、 ダメ! それは私が持つから! 」
慌てて伸ばした凛の手を制して、 奏多がニコッと笑いかける。
「ちゃんと傾けないよう気をつけるから大丈夫」
「えっ?! 」
「あっ、 いや、 その…… バッグに貴重品とかいろ
いろ入ってるんだろ? 落とさないように気をつけるから大丈夫。 大切に扱うから荷物は任せて」
カゴバッグの中に入ったお弁当を見られないかとヒヤヒヤしたが、 バッグは口を巾着のように絞って結ぶタイプなので、 たぶん大丈夫だろう。
手を繋いで駅まで歩いていると、 奏多に今日の目的地を聞かれた。
「今日これから行く所は南山動物園です」
「動物園か〜、 久しぶりだよ! 姉貴の大学の近くだよね? 」
「そう。 今日は近場でゆっくり過ごそうと思って」
「最高! 動物も楽しみだし、 お昼も楽しみ! 」
「お昼? 」
「あっ!……お昼……うん、 学校以外で凛とランチを食べるの楽しみ! 」
「うん、私も楽しみ」
駅で奏多が切符を買おうとするのを慌てて止めて、 凛が小銭を投入すると、 奏多が不満げな顔をした。
「切符くらい俺が払うのに」
「ダメ! 今日は私が奏多を接待する日なんです」
「でも、 この前の膝枕でプレゼントは十分なんだよ。 オツリが出るくらい」
「ううん、 まだまだだよ! 7月にお祝い出来なかったから、 2ヶ月分の利子がついてるの。 そのぶん私がサービスするからね! ……って、 実はお母さんから軍資金をもらえたの。 だからお金のことは気にしないで」
「そうか…… じゃあ、 今回はお言葉に甘えるよ。 ありがとう」
南山動物園は、 凛たちの住む街から電車で20分弱の近距離にある、 地元の有名スポットだ。
約60ヘクタールの広大な敷地に、 動植物園、 ミニ遊園地、 スカイタワーもあって一日では遊びきれないほどなのだが、 今日の凛の計画では、その中の動物園とスカイタワーを中心に回ることになっている。
動物園に入ってすぐに大きな荷物だけをロッカーに預けると、 繋いだ手をブンブン振って軽い足取りで園内を歩いていく。
展望デッキからキリンの顔を間近で見たり、 ガラス越しにコアラを見たり。
イケメンのゴリラが有名なゴリラ舎の前は凄い人混みだったけど、 奏多が後ろから抱き上げてくれて、 一瞬だけゴリラの顔を見ることができた。
「どうだった? 」
「うん、 噂どおりのイケメンだった。 なんか野菜食べてた」
「それより、 私、 重くなかった? 」
「全然! なんだったら肩車もしようか? 」
「いらないしっ! 」
「ハハハッ」
次に行った『ふれあい広場』では、 ヤギやヒツジに餌をあげたあとで、 モルモットを膝に乗せてみた。 モフモフで癒される。
凛がモルモットの背を優しく撫でていると、 奏多が写真を撮る手を止めてボーッと見ているのに気付いた。
「どうしたの? 」
「ん〜、 けしからん!…… って思って」
「何が? 」
「モルモットが凛の生脚に乗って寛いでる」
今日の凛のファッションは、 Vネックの白い長袖Tシャツにデニムのミニスカート。 腰にピンクのカーディガンを巻いて、 白いハイカットのスニーカーを履いている。
確かに生脚だけど……。
「はあ? バッカじゃないの?! 」
凛が真っ赤になって叱ったら、 奏多が大口を開けてハハハと笑った。
なんだかいつもの奏多より数倍テンションが高い気がする……。
昼過ぎになった頃、 凛が腕時計を見て、 奏多を振り返った。
「ねえ、 私、 ロッカーに荷物を取りに行きたいんだけど」
「えっ、 荷物?! ……ああ、 オッケー。 行こう行こう! 」
凛はロッカーからカゴバッグを取り出すと、 まるで宝物のように大事に抱え込んで、 奏多の顔を見上げた。
「ねえ奏多、 お腹空いてない? 」
「お腹? …… めちゃくちゃ空いてる! 空腹で死にそう! 」
「ふふっ、 死にそうって……。 あのね、 お弁当を作ってきたので、 一緒に食べてくれませんか? 」
奏多がパアッと顔を輝かせて叫んだ。
「…… 喜んで! お弁当! 食べたいです! 」
凛がサプライズを、 奏多がサプライズをする凛を楽しみにしていた待望のランチタイムが、 今始まろうとしていた。