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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第5章 本当の恋人編
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8、 卵焼きは母の味


「ねえお母さん、 料理を教えて欲しいんだけど」



愛がダイニングテーブルでサヤエンドウの(すじ)取りをしていると、 部屋に入ってきた凛が向かい側に座った。


今さっき塾の自習室から帰ってきたと思ったら、 開口一番に『料理』とは……。


以前なら、 土曜日は塾から帰ったらすぐに自室に閉じこもって、 夕食の時間まで下りて来なかったのに。



「料理って、 何を作りたいの? 」


変われば変わるものだと、 目尻(めじり)を下げながら聞くと、


「とりあえず…… 唐揚げと卵焼き? かな」


凛がボソリと言った。


照れ隠しなのか、 (ほほ)()っすらピンク色に染めながら、 ザルに乗っているサヤエンドウに手を伸ばし、 筋取りを手伝い始めた。



「お弁当持参ってことは、 明日のデートはピクニックなの? 」

「ピクニックではないけど…… えっ?! どうしてお弁当って分かったの?! 」


「誰だって分かるわよ、 唐揚げと卵焼きなんてお弁当の定番だもの。 なに? 奏多くんのリクエスト? 」


「ううん、 お弁当はサプライズなの。 でも、 奏多にオカズの好みを聞いたら、 唐揚げと卵焼きだって言うから…… えっ、 もしかして奏多もお弁当のこと気付いちゃったかな」


「大丈夫なんじゃない? 男の子ってそういうとこ(にぶ)いから」

「そっか…… 」


照れ笑いをしながらサヤエンドウを次々と手に取っていく娘を見て、 愛は頬を(ゆる)めた。



奏多はたぶん凛の計画を見抜いているだろう。

デート直前にお弁当のオカズの希望を聞かれたら、 奏多でなくても察するだろうけど……。


だけど、 奏多は、 きっと気付かないフリをして、 大袈裟(おおげさ)に喜んで見せるに違いない。

凛が選んだ子は、 優しくて賢い少年だ。



「今から筑前煮(ちくぜんに)を作るけど、 それも明日のお弁当に入れる? 」

「うん! 」


「それじゃあ、 サヤエンドウの下処理(したしょり)が終わったら、 お弁当用の買い物に行きましょうか」

「うん、 ありがとう! 」


目を輝かせて、 筋取りのスピードを速める娘を見て、 愛は目を細めた。



***



「それで、 奏多くんの好きな卵焼きは何味なの? 」


「あっさりしたダシ味だって言ってた。 だけど、 叶恵さんにメールで聞いてみたら、 奏多は『お子ちゃま(じた)』だから、 料理は全部ケチャップとマヨネーズ味にしとけばいいって言われた」



「ふふっ、 お子ちゃま舌なのね。 ダシ味だったらだし巻き卵だけど…… 後から水分が出てグッショリしちゃうし、 今の時期はまだ食中毒も怖いから、 やめておいた方がいいわね。 うちの卵焼きでもいいかしら? 一応ダシ味よ」


「あっ、 いいかも! 私が好きなお母さんの味、 奏多にも食べて欲しいな」



愛の作る卵焼きは、 マヨネーズと白ダシを使った簡単なもので、 昔からずっと変わっていない。


愛の母親は粉末(ふんまつ)ダシとみりんで味付けして、 そこに卵焼きをふっくらさせるために牛乳と酢を少量加えていたのだが、 材料をいろいろ準備するのが面倒だと思った愛が、 牛乳も酢も入っているマヨネーズを使うことを思いついたのだ。



「ほら、 お母さんは看護師してて忙しかったでしょ? とにかく簡単で時間がかからない料理が多かったのよ」



冷蔵庫からマヨネーズを取り出すと、 卵の入ったボウルにニュルッと(しぼ)り出す。 そこに白だしを少量加えて、 泡だてすぎないようにかき混ぜる。


「あとは中弱火で焼くだけ。 簡単だけど、 冷めてもふっくらしてるの。 もしも奏多くんが甘めがいいって言ったら、 これにみりんを加えればいいからね」


「はい」


今まで家では凛にあまり料理をさせたことが無かったが、 学校の家庭科で基本を習ってきたせいか、 なかなか上手にフライパンを扱っている。


元々器用で、 何をさせてもそれなりにこなしてしまう子だったけれど……。



「凛、 ごめんなさいね」

「えっ、 何が? 」


「…… お母さん、 凛には勉強に集中してもらわなきゃって思って、 家の手伝いをあまりさせてこなかったでしょ? でも、 凛はもっとこういう事を沢山したかったのかなって」



凛は驚いたように愛の顔を見て、 それから優しく微笑んで、 首を横に振った。


「違うよ、 お母さん。 私も自分のことに精一杯で、 お母さんのお手伝いをしたいとか考えたことなかったから」


「ふふっ、 奏多くんのおかげね」

「そうかも」



愛に言われて、 フライ返しで半熟状態の卵をクルクル巻きながら、 凛がポツリと呟くように言った。


「お母さん…… 私、 医者になるよ」

「えっ? 」


「お義父さんと同じように、 医師を目指す」

「それはもう、 無理しなくても…… 」


「違うの。 私は、 私の意志で、 そう決めたの」


愛の顔を見て、 今度はハッキリと告げた。



「確かに最初はお母さんを喜ばせるために、『そうしなきゃ』って思って勉強してた。 嫌だと思った時期もあった。 だけどね……」



『医師にならなくては』 そう思って必死になっていた。

そのために、 自分でも医師の仕事内容や体の仕組み、 病気についても調べるようになった。

調べてみたら、 とても難しくて面白くて、 もっと知りたくなった。



「お義父さんとお母さんに、 自由にしていいよって言われて改めて考えてみたらね、 頭に浮かんだのは、 やっぱり医師だった。 そのために今まで学んできたことは、 確実に自分の知識として身についてるし、 無駄なことは何一つ無いよ」



そこへ、 仕事を終えた尊人が帰ってきた。


「おっ、 いい匂いだな。 凛が作ってるのか? 」

「あっ、 お帰りなさい。 卵焼き、 味見してみて! 」


尊人は皿に置かれた卵焼きを一切れヒョイとつまんで口に放り込んだ。


「おっ、 美味い! お母さんの味だな」

「やった〜! これなら奏多も気に入ってくれるよね」


「なんだ、 僕は奏多くんのおこぼれを貰ったのか?! 」



「お義父さん…… 」


凛は愛の方をチラッと見て目を合わせてから、 尊人に声を掛けた。


「お義父さん、 私、 医師になるって決めた」

「えっ? 」


「お義父さんみたいに沢山の人の命を救う立派な医師になりたい」

「………。」



尊人が戸惑った表情で愛を見ると、 彼女が涙ぐんで頷いた。



「そうか…… 凛がそう決めたのなら義父(とう)さんは全力で応援するよ。 分からない事があれば何でも聞いてきなさい」

「はい、 よろしくお願いします」


「それじゃあ、 まずは、 奏多くんじゃなくて僕のための卵焼きを焼いてくれるかな? 」

「…… はい! 」


凛は、 愛と顔を見合わせて微笑むと、 フライパンを手に取った。



ーー明日、 奏多に会ったら今日のことを真っ先に話そう。 そしてお昼にお弁当を見せたら…… きっと彼は、お日さまのような笑顔で喜んでくれるのだろう……。



ジュッという音と共に、 卵の焼ける匂いが辺り一面に広がった。



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