7、 至福の時間
非常階段の踊り場は、 木の葉が揺れるサワサワという音とツクツクボウシの鳴き声に囲まれた、 2人だけの秘密の場所だ。
木々の枝の間から差し込む光の乱反射で、 周囲がキラキラチカチカしている。
眩しくて思わず目を閉じたら、 夏の終わりと秋の間の柔らかい日差しが瞼に当たって、 じんわりと暖かくなった。
「気持ちいい? 」
「ん…… 最高。 このまま眠っちゃいそう」
「寝ててもいいよ。 お昼休みが終わる頃に起こしてあげる」
「え〜っ、 嫌だよ勿体ない。 このシアワセを堪能しなくっちゃ」
2人っきりの昼休み、 秘密の場所で彼女の膝枕。 至高の時間。
昨日の帰り道、 凛はずっと不機嫌だった。 奏多が誕生日を知らせなかった事が余程ショックだったらしい。
「彼氏の誕生日を知らなかったなんて彼女失格だわ、 情けない……。 もうっ! どうして言ってくれなかったの?! 」
テスト勉強に集中させるためだったと分かっていても、 それとこれとは別なのだと言う。
「だって、 奏多と一緒にいられるために勉強をいつも以上に頑張ったんだよ。 そのせいで大事な誕生日にお祝いも言えなかっただなんて、 本末転倒じゃない」
「本当に俺はいいんだって。 凛が1位になれて俺も嬉しかったんだから」
「それじゃダメなの。 ねえ、 何か欲しいものはある? 私にして欲しいことは? 今度のデートの時でもいいし、 今でもいいよ。 何かしないと気が済まない」
「ん〜…… 考えとくよ。 本当に俺は凛といられるだけでいいんだけどな〜 」
凛が電車を降りた後で、 奏多は1人座席に座りながら考えた。
『欲しいもの』…… 凛のすべて。
『して欲しいこと』…… いろいろあるけど、 こんな事を口に出したら凛はきっとドン引きだ。
男子高校生の妄想力と欲望は果てしないのだ。
あまり引かれない程度で、 そこそこ願望が満たされるお願いごと……。
ーー あるじゃん!
奏多は電車を降りてすぐに凛に電話を掛けた。
「凛、 あったよ、 めちゃくちゃして欲しいこと」
『本当? 教えて! 』
「…… 凛の膝枕」
かくして、 奏多への誕生日プレゼントとして、 今日のお昼休みに至福の膝枕タイムが与えられたのだった。
***
凛が持参してきた1人用のピクニックシートに、 彼女の膝枕で寝そべっていると、 髪をゆっくり撫でながら、 凛が聞いてきた。
「ねえ、 奏多ってお弁当のおかずは何が好きなの? 」
「えっ、 お弁当? …… 唐揚げとか卵焼きとか? 」
「卵焼きは甘い系? しょっぱい系? 」
「ん〜、 どっちでもイケるけど、 あっさりダシ味とか? 」
「出汁巻ね…… 」
「サンドイッチとオニギリだと? 」
「オニギリ派だな。 どっちも好きだけどね…… っていうか、 どうして? 」
「ん? だって彼女だし。 一応好みを把握しておこうと思って」
「ふ〜ん…… 」
凛の目が泳いでいる。
ーー ナニこのあからさまな『お弁当の好み』リサーチ。
これって普通に考えたら、 今度のデートにお弁当持参してくるつもりだよな……。
凛は何でもソツなくこなす完璧美少女だけど、 恋愛に関しては奥手で、 他の女子に比べたら圧倒的に情報量が不足していると思う。
ずっと勉強中心の生活を送ってきて、 今が遅れてきた思春期なのだ。
その彼女が、 2人の記念日と誕生祝いのためにデートをプロデュースすると張り切っている。
これ以上嬉しいことはない。
どこに行くかも知らされていないけれど、 お弁当があるのは確実だろう。
だけど、 絶対に気付いていると悟られてはならない。
「デート…… 楽しみだな」
膝枕の心地よさとポカポカした日差しにうつらうつらしていたら、 上から陰がおりてきて、 柔らかいものが唇に触れた。
ニヤニヤしていたら、 「そろそろ授業の時間ですよ」と、ムギュッと鼻をつままれた。
至福の時間、 終了。
だけど、 2日後には別の楽しい時間が待っている。
そしてきっとそこには、 お弁当をカバンにこっそり隠し持つ彼女が立っている……。