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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第1章 中学編
13/188

13、 Rルール


奏多の部屋は、 2階に並ぶ2つの部屋の手前側、 4.5畳の洋間を使用している。


奏多はその自室の前で立ち止まり、 自分の顎の高さまで積んだ 『ちょこ』を両手で抱えたまま振り返った。


「2人とも、 ちょっと待ってて」


同じく 『ちょこ』 を4冊ずつ抱えて後ろからついてきていた叶恵と小桜に告げると、 奏多は右(ひじ)で器用にレバーハンドルを下げ、 ドアを薄く開けた。

そのわずかな隙間からスルリと身体を滑り込ませて部屋の中に消えていく。


そしてすぐさまドンッと本を床に下ろして、 内側から間髪(かんはつ)入れず、 バタンとドアを閉めた。



「部屋の片付けでもしてるんでしょうか? 」

「そうだろうね。 女子に見られたらマズイもんでもあるんだろうね」

「マズイ? 」

「私に本を持たせた挙句(あげく)待たせるとは、 生意気だな…… 」



女子2人が外でそんな会話をしている間に、 奏多は必死でベッドメーキングをし、 机の上を整頓していた。



ーー ヤバイ、 油断した! 小桜を部屋に入れるとは思ってなかった。



今日はリビングルームで話をするつもりだったから、 自分の部屋は手つかずだった。

ベッドは朝起きてそのままの状態だったし、 机の上には本や筆記用具が散乱している。


奏多が床に置いていた読みかけの漫画を拾い上げていると、



「遅〜〜〜〜い! 」

バタン! とドアを足で押して、 叶恵が入ってきた。


「ちょっ……、待ってって言っただろ! 」



本を棚に押し込みながら奏多が焦って振り向いたが、 叶恵の後について小桜も入ってきたのを見て(いさぎよ)く諦めた。


「ごめん……重かったよな」


小桜の手から4冊の『ちょこ』を引き取ると、 先ほど自分が置いた山の隣に並べて置く。

そのまま階下に降りて残りの『ちょこ』を回収し、 先ほどの山に重ねると、 床の上にいくつもの本のタワーが出来上がった。


ーー さて……と。


「じゃあ、 ここはもういいよな。 本は後で適当に片付けとくからさ」

腰に手を当てグルリと自分の部屋を見渡してから、 奏多が後ろの2人に部屋から出るよう促す。



「ちょっと待った! 」

「なっ、 なんだよ……」


急に大声を出した叶恵にギクリとし、 なんだか不吉な予感がした。



「奏多、 あなた、 今後この部屋に凛ちゃんを連れ込む予定はある? 」

「はああ?! 」

「凛ちゃんとこの部屋で2人っきりになる可能性はあるかって聞いてんの! 」

「ええっ?! そんなの無いに決まってんだろ! 小桜の前で変なこと聞いてんなよ! 」

「アホかっ! 凛ちゃんがいるから聞いてるんだよっ! 」



ついさっき、 奏多たちは小桜にこれからもこの家に来ていいと言った。

だけど奏多と小桜はまだ中学生で未成年で、 小桜の親にはこのことは内緒で……。


だからこそ、 何か問題が起こらないよう、 細心の注意を払わなくてはいけないのだと、 叶恵は力説(りきせつ)した。



「そうだな……うん、 ルールを決めよう」

「「 ルール?! 」」


奏多と小桜が同時に声を上げ、 お互いの顔を見合わせる。



「そう、 ルール」

顎に手を当てて叶恵が頷いた。



***



まず第一に、 小桜凛が百田家に出入りしている事は絶対にバレてはならない。

バレないためにはどう行動すべきか、 どう振る舞うべきかの綿密(めんみつ)な作戦を練るべきである。


そして、 この関係を世間に内緒にする以上、 今後嫌でも嘘をつく機会が出てくる。

誰に何を聞かれても(ほころ)びの無いよう、 3人で最低限の意思の統一がされていなくてはならない……。


そんな叶恵の意見に、 奏多も小桜も勿論(もちろん)異論はない。

2人揃って頷いた。



「それで凛ちゃんは、 何曜日ならうちに来れるのかな? 」

「毎週、 火曜日と木曜日は塾があるので……月曜日とか金曜日なら、 たぶん自由がきくと思います」


「月曜日は……ちょっと待ってね」

叶恵がスマートフォンのカレンダーを開いて、 自身の予定を確認する。


「月曜日は毎週夕方からバイトだから……金曜日かな。 うん、 金曜日なら私も今日くらいの時間に帰って来れるし。 凛ちゃん、 金曜日においで」

「ちょっと待ってよ。 そんなの小桜が来たいときに好きに来てもらえばいいだろう? こっちの都合が悪かったら俺がそう伝えればいいんだし……」


「アホかっ!!!!」


自分の意見を一喝(いっかつ)され、 奏多はビクッと肩を震わせてたじろいだ。


「これは秘密なんだって言ったでしょうが! 凛ちゃんがうちに来る回数が増えるほど危険度も増すの。 発覚のリスクを減らそうと思ったら、 うちに来る頻度を減らすしかないんだよ! ちょっとは考えろ、 バカモノ! 」


アホとかバカとかそんなに責めなくても……とは思ったが、 叶恵の意見には一理あるので納得せざるを得ない。



紙とペンを持ってこい……と叶恵に命じられ、 奏多は勉強机からペンと未使用のノートを取ってきた。

来客用の小さな折り畳み式ちゃぶ台を床に置くと、 叶恵がそこにノートを広げ、 ペンで何かを書きつけた。



『Rルール』



Rルール……?

奏多と小桜が首を傾げていると、 それを見た叶恵が口元をニヤリとさせながら、


「ふふん、 コレはね…… ジャ〜〜ン! R(リン)ちゃんルール! ですっ」

ドラ◯もん的な声色で、 声高らかに宣言した。



「うわっ、 ダッ……」

ーーダサいネーミング……と言おうとしたが、 隣で正座している小桜に肘で小突かれ思いとどまった。


目の前で、 『私、 上手いこと言ったでしょ』的な笑みを満足気に浮かべている叶恵を見て、 何も言わなくて正解だったと冷や汗をかく。

小桜とお互い目を見合わせて苦笑した。



「それじゃあ、 まず、 ルールその1ね。 凛ちゃんが来るのは金曜日……と」


叶恵がノートに『漫画パレス訪問は金曜日』と書く。


「あと、 ここに来るのも今日みたいに別々がいいんだよな? 」

「うん。 別行動でお願い」

奏多が尋ねると小桜が頷いた。


「凛ちゃん、 今日はどうやって来たの? 」

「同じ電車の別の車両に乗って、 駅からは小桜に俺の後を離れてついてきてもらった」

小桜の代わりに奏多が答えると、 叶恵がちょっと考えて、


「それもまだ甘いな。 見る人が見たら不自然さに気付く」


現地集合だね……と呟きながら、 ノートに『現地集合』と書いた。

『現地集合』の文字の周りを黒い線でグルグルと囲み、 左手で頬杖をついて何ごとか考えている。


「合鍵が必要か……」

「プランターの下って教えれば? 」

「そうだね」



「凛ちゃんってスマホ持ってるの? 」

「いえ、 携帯電話です」

「うわっ、 ガラケーか。 それじゃテキストは無理だね」

「俺たちクラスで席が隣だから手紙でやり取り出来るよ」

「マジか。 そんなの落としたら即アウトじゃん。 もう禁止ね」



「凛ちゃん、 門限は? 厳しいの? 」

「特に決まってないですが、 塾の日は帰宅が夜9時を過ぎるので、母が車で送迎してくれてます。 他の日は自由ですが、 図書館で勉強した日でも夜7時には帰って、 家で母と夕食をとるようにしています」

「それじゃあ移動時間も考えると6時半だね。 奏多、 送って行けるでしょ? 」

「うん、 もちろん」



あとは独り言のように叶恵が呟いて、 それに横から奏多が意見を言う……というやり取りが続いて、 『Rルール』の基本方針が徐々に固まってきた。


凛も意見を求められれば質問に答えるような形で自分の考えを述べたが、 最終決定権は殆ど叶恵に(ゆだ)ねられた。



「まあ、 こんな感じかな」



ルール案が羅列(られつ)されたノートを両手で持ち、 叶恵がもう一度上から下まで見直した。


「あなた達はどう? これでOK? 」


ノートを差し出され、 奏多は隣の小桜と一緒に顔を近づけてじっくり目を通す。



ーー この(ひね)りのないネーミングセンスがNGなんですが……とは口が裂けても言えない。



------------------------


<<Rルール>>


1、 Rの宮殿訪問は金曜日の放課後。


2、 現地集合。 Rが先に到着した場合は裏庭のプランター下の合鍵を使用。


3、 Rが先に到着した場合、 誰かが玄関のチャイムを鳴らしても絶対に応答しないこと。 電話も同様。


4、 最初の1時間はリビングで勉強タイム。


5、 読書は漫画パレスのみ。 本を部屋から持ち出さない。 本を読みながら飲食しない。 飲食はリビングかダイニングで。


6、 押入れ右側の白いカラーboxがRの本棚。


7、 午後6時半には帰る。 帰りは奏多と叶恵が送っていく。


8、 連絡はメールで。 予定変更は迅速に報告のこと。


------------------------


「うん、 俺はこれでいいと思うけど、 小桜はどう? 」

「はい、 私もこれでいいと思います」

ノートを叶恵に返しながら2人とも頷いた。



帰りは奏多と叶恵の2人で送って行こうというのは叶恵が言い出した。

奏多と小桜の2人で歩くのは危険だし、 奏多が後ろからついて行くのも不審者みたいで怪しい。


奏多と叶恵、 小桜の3人ならば、 誰かに見られたとしても、

『奏多が姉といる時に偶然小桜に遭遇したのでクラスメイトとして紹介していた』

で通せるだろうとの考えだった。


これには小桜が遠慮して、 送ってもらわなくても大丈夫だと言い張ったが、 叶恵の説得で最後には了承した。



「それにしてもさ、 やっぱり勉強タイムって必要? ただでさえ滞在時間が短いのに」

「だから、 それはさっき言ったでしょ。 遊びたかったらやる事をきちんと済ませてからだって」


最初の1時間は勉強タイム……というのも叶恵の案である。

家で楽しく過ごすのは構わないが、 そのせいで勉強が(おろそ)かになってはいけない。

『働かざる者食うべからず』……というのが彼女の言い分だった。



「それだけじゃないのよ。 ほら、 今回の計画は凛ちゃんの親には内緒でしょ? だけど、 出来るだけ嘘はつきたくないのよ。 『金曜日は図書館で勉強してきます』って言って出てきたなら、 たとえ場所が我が家に変わったとしても、 せめて後半の『勉強してきます』だけは嘘にしたくないの」



隠し事をするにしても、 最低限の誠意は見せたいのだ……と、 叶恵は2人に向かって()んで含めるように言った。

それは、 小桜に『あなたは親を騙す事になるんだからね』と覚悟を求めているようでもあった。


自分よりも広い視野で深く考えている叶恵に、 奏多は我が姉ながら尊敬の念を(いだ)いた。



「それにさ、 ほら、 また私が帰るまでに漫画パレスに2人で(こも)ってイチャコラされたら(たま)らないしね」


「イチャコラしないから! 」

「イチャコラしませんっ! 」


尊敬の念、 消失。



「あーーーーっ、 今ので一つ思い出した。 これ重要! 」


急に叶恵が大声を出すものだから、 奏多も小桜も驚いて身体をビクリと震わせた。



「奏多と凛ちゃん、 どちらかに好きな人が出来たら、 その時点でこの関係は解消ね」



何故かと奏多が尋ねると、 それは好きな相手に対して不誠実だから……と叶恵が答えた。



(いわ)く、 少女漫画に()いて読者に一番嫌われるのが、 不誠実なヒーロー&ヒロインなのだと。


好きな人がいるのに他の子に優しくする、 本命以外に無駄に気のある素振りを見せる、 2人の間でフラフラする……そういう中途半端な行動はジレジレを通り越してイライラなのだ。 読者が離れてしまうのだと。



「ましてや彼女でもない子を家にホイホイ迎え入れるなどというのは、 絶対にあってはならない事なの!

そんなクズヒーロー、 私は描きたくない! いや、 描かない! 」



自分の大好きな漫画になぞらえて語っているうちに気持ちが(たか)ぶってきたのだろう。 最後は小さな卓袱台(ちゃぶだい)を両手でバンッ! と叩いて宣言した。



「……いや、 俺は別に漫画のヒーローでもないし……」


ポツリと小声で(つぶや)いただけなのに、 それを聞き逃さなかった叶恵がギロリと睨みつけた。



「それじゃあさ、 奏多、 あなたの彼女が他の男子の家に内緒で上がり込んでたらどう思うよ? 」

「…………嫌です」


「凛ちゃん、 あなたに彼氏が出来たとして、 彼氏が自分の家に他の女の子を連れ込んでたらどう思う? 2人っきりでウフフ、 キャッキャしてたらどう思う? 」

「…………嫌です」



「だよね」

そういう事だと言われて、 もう納得するほか無かった。


ーー 同じ理由で、 凛ちゃんは奏多の部屋にも入っちゃ駄目よ……。


そう言いながら、 叶恵がRルールに新しい項目を書き込む。



------------------------


9、 奏多の部屋は出入り禁止。


10、 どちらかに好きな人が出来た時点でこの関係は解消する。


P.S. ただし、 2人が恋人になった場合は上記の9と10は項目から削除する


------------------------



「そのP.S. ってなんだよ! フザケんな、 そんなのいらないだろっ! 」


奏多の抗議に、

「念のためだって。 一応、 イ、チ、オ、ウ、ね」

と言って叶恵はとり合わなかった。



そう言われて、 奏多は改めて自分と小桜の不思議な関係を考えてみる。


もう、 ただのクラスメイトではない。

友達……と呼ぶには深く関わり過ぎている。

だけど恋人でもない。



ーー 友達以上、 恋人未満……



この関係を何と名付ければ良いのか分からないまま、 初めての2人の金曜日が終わろうとしていた。



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