6、 乙女な彼氏とアッサリ彼女
「えっ、 持ち物検査記念日? ナニソレ」
一馬がお弁当を食べる箸を止めて尋ねると、 奏多が『よくぞ聞いてくれました』とばかりに満足気な笑みを浮かべて語り出した。
「だから、 凛と関わるきっかけになった運命の『持ち物検査の日』を記念して、 デートすることにしたんだよ。 平日は無理だから、 今度の日曜日に」
「いやいやいや、 そういう事じゃなくてさ、 お前たちって、 そんな風に事あるごとに記念日つくって祝ってるの? 」
「いや、 関わり出したのが去年の2学期からだったから、 記念日は今度のが初。 でも、 これからは怒涛の記念日ラッシュだよ」
9月10日が持ち物検査記念日。
9月の第2金曜日が漫画パレスの日。
漫画パレスの日は本当は9月14日なのだけど、 『金曜日』というのが重要なので、 日にちではなくて第2金曜日を記念日とする。
毎年4月12日が付き合い始めた日で、4月27日が海の日……もとい、 初デートで海に行った日。
そして最後に、 親に交際を許可された記念すべき日は、 花火大会に行った思い出の日でもあるので、 毎年『みなと花火大会』の開催日を『花火記念日』とする。
「へえ、 凛って『記念日は覚えてて』派なんだ。 もっとアッサリしてるかと思ったら、 案外乙女なのね」
奈々美がニヤニヤしながらそう言うと、 凛が首を横に振った。
「ううん、 これは奏多が考えてくれたの。 私はお付き合いの仕方とか一般常識に疎いから、 奏多にお任せしちゃった」
「「「 奏多が?! 」」」
奈々美のみでなく、 凛以外の全員が呆れた表情で奏多を見ると、 当の本人はニコニコしながら頷いている。
「うん、 記念日って大事だからさ。 本当は『隣の席になった記念日』とか『名前を呼んだ記念日』とかも考えたんだけど、 さすがにそれは多過ぎて収拾がつかなくなるだろ? だから最低限に絞り込んでみた」
楽しみだよ……とニコニコしていると、
「「「 絞り込んでそれかよっ! 」」」
と声を揃えて言われて、 奏多はビクッと上体を後ろに反らした。
始業式の日以来、 お昼は以前のように一馬や奈々美たちと一緒に6人で食べるようになっていた。
今日も楽しくお喋りしながら、 日曜日のデートの話をしたら、 なぜか一斉に怖い顔で突っ込みが入った。 意味が分からない。
「凛、 それって一般常識じゃないからね。 普通はそんなに記念日だらけにならないから」
「えっ、 そうなの? 」
「奏多、 お前たぶん今はアレだよ、 恋愛ハイ。 彼女が出来て浮かれてるんだ」
「おい、 お前らいい加減なこと言うなよ。 俺は浮かれて言ってるわけじゃないし、 これは常識の範囲内だ。 記念日は大事にしろって姉貴も言ってたぞ」
奏多が口を尖らせて必死に反論する。
「叶恵さんだってまさか、 ここまで詰め込んでくるとは思ってないだろうよ。 凛ちゃん、 ただでさえ忙しいんだからさ、 こんなのに無理して付き合わなくてもいいんだぜ」
「そうだな、 祝うのはせいぜい付き合い始めた日と誕生日で十分だ。 それでなくてもクリスマスにバレンタイン、 ホワイトデイって季節のイベントもあるんだからな」
陸斗がそう言ったのを受けて、 都子が素朴な疑問を口にした。
「そう言えばさ、 2人の誕生日ってどうしたの? 奏多はこの前だったけど、 去年の凛の誕生日にはまだ付き合ってなかったんだよね」
「ああ、 凛の誕生日には姉貴と一緒にマグカップをプレゼントしたんだ。 誕生日が木曜日だったから、 金曜日に家でケーキを食べて。 ねっ、 凛」
「…………。」
凛が急に黙り込んだので、 全員が何事かと注目していると、 凛が唇ををわななかせて固まっている。
「えっ、 ちょっと凛、 どうしたのよ! お弁当が喉に詰まった? お茶を飲む? 」
「……奈々美、 私、 知らない」
「えっと…… 何? 」
凛がガバッと顔を上げて、 涙目で言った。
「私、 奏多の誕生日を知らない! 聞いてない! 何もお祝いしてない! 」
「「「 えええっ?! 」」」
都子が奈々美の隣から身を乗り出して凛に尋ねる。
「ちょっと凛、 自分の彼氏の誕生日を知らないって、 どういうこと? 」
「私、 奏多と知り合うまで友達の誕生日を祝ったことが無くて……。家族も食事に行くくらいでアッサリしてて大々的にお祝いもしないし、 誕生日を聞くってことを忘れてた……。」
今度はみんなで奏多に注目すると、 一馬が奏多の肩にポンと手を置いて、憐れむような目で見つめてきた。
「お前…… あれだけ記念日って騒いでおきながら、 付き合って最初の自分の誕生日をスルーされるって…… 同情するわ」
「いや、 違うんだ。 俺があえて言わなかったの。 凛は悪くないよ」
「えっ、 どういうコト? 」
奏多はニコッと笑って、
「その頃はちょうど期末考査前で、 凛が1位を取るって凄く頑張ってたんだよ。 勉強の邪魔をしたくなかったし、 凛には集中してて欲しかったから、 姉貴にも絶対に言うなって頼んでたんだ」
「マジか…… 」
「うん。 でも、 お陰で凛が一位を取れたからいいんだ。 大好きな彼女が、 俺と付き合うために必死になってくれた。それが何より嬉しかったし一番のプレゼントだ。 だから俺の誕生日なんかどうでもいいんだよ」
「奏多…… お前、 菩薩かよっ、 健気すぎ! 男の俺でも惚れるぜ! 」
「奏多、 あんたはイイ男だ! っていうか、 一途な乙女だ! 世界一のオトメンだよっ! 」
一馬と都子が興奮して声をあげると、 6人の会話にさりげなく聞き耳を立てていたクラスメイトたちが、 奏多の言葉に感動して励ましのエールを送りだす。
「奏多! お前の忠犬ぶりに、 全米が涙したぞ! 」
「奏多、 めっちゃ優しいじゃん! 早く小桜さんにもそれくらい夢中になってもらいなよ! 」
「小桜さん、 クールなのもいいけど、 奏多のことをよろしく頼むよ! 」
自然に拍手が湧き起こった。
「いいじゃないか。 乙女な奏多にアッサリな小桜、 お前たちはお似合いのカップルだよ」
陸斗がいい感じでまとめに入ったところで、 凛が机に両手をついてガタッと立ち上がった。
「全然良くない…… 」
「「「 えっ? 」」」
「私の気持ちが伝わってない! そりゃあ誕生日を聞いてなかった私が悪いんだけど、 彼女なんだから教えて欲しかった。 一緒にお祝いしたかった……」
奏多をキッと睨みつけ、 真っ直ぐに顔を指差して宣言した。
「日曜日の記念日デートは奏多の誕生祝いも兼ねて私が企画する。 倍返しだぞっ! 」
クラスのみんなが凛のキャラ変に驚き、 そして『その決めゼリフ、 古っ! 』と心の中で突っ込んだ。
ーー 凛、 姉貴に影響受けすぎ。 そして使い方間違ってる……。
なんだか変な流れになってしまったが、 最初の記念日デートは凛プロデュース。
不安ながらも胸躍らせる、 やっぱり乙女な奏多なのであった。