2、 君がヒロインだ (前篇)
9月第1週の水曜日、2学期に入って最初の生徒会会合が、 放課後の生徒会室で行われていた。
議題は来月に開催される学園祭の運営についてで、 滝高初の一般公開に向けて、 チケット配布やポスター掲示の進行状況、 当日の運営の役割分担について話し合われていた。
滝山高校の学園祭は、 お祭りというよりは学習発表会の色合いが強く、 学年ごとにテーマを決めて調べたことをポスターにまとめたり、 文科系の部活が作品を展示したり、 演劇部や合唱部が講堂で発表をする…… というのが主な内容だった。
当日は生徒たちが見て回るのみの、 至って真面目で地味で、 生徒たちに大不評だったそれを、 今年からは大幅に変更して、 一般にも公開することになった。
もちろん企画立案は生徒会長の葉山樹で、 彼の巧みな話術と熱意で教師陣を説得し、 見事この計画にGOサインを出させたのだった。
もっとも、 一般と言っても呼べるのは身内のみで、 生徒1名につき5名までという制限付きだ。
これも、 いきなり無制限にするのは早急だと考えた樹の案だが、 彼としては、 これが何年か後の完全一般公開への布石だと位置付けている。
自分たちの在学中に出来るのはここまででも、 未来の滝高生徒のために、 今出来ることを全力でやる……。
そんな樹の熱い気持ちに引っ張られて、 生徒会のメンバーも運営委員も、 並々ならぬ熱意で準備に勤んでいるのである。
「それじゃあ、 チケットは各クラスの運営委員の手元にちゃんと渡ってるんだね? 」
「はい。 クラスごとに招待者リストを作って提出するよう言ってあります」
「オッケー。 夏休み前に美術部に依頼していたポスターは? 」
「はい。 そちらは既に完成済みだそうで、 このあと受け取りに行く予定です」
「ありがとう。 それじゃ、 明日の学園祭運営委員会もみんなよろしく」
1時間ほどで会合が終わり、 凛が手元のプリントをカバンに片付けていると、 隣に座っていた書記の根本弥生が話しかけてきた。
「小桜さん、 ちょっといい? 」
根本は樹と同じ演劇部所属の2年生で、 凛と同様に、 樹の指名で生徒会書記になった才女だ。
両側でゴムで結んだ髪は真ん中からキッチリ分けられていて、 赤いフレームの眼鏡は、 そのレンズの分厚さから、 かなり度が強いことが見てとれる。
そんな、 ザ. 真面目! という雰囲気の彼女が個人的に話しかけてくることは珍しかったので、 凛は少し驚きつつも、 顔をそちらに向けて、 話を聞く体勢を整えた。
「ねえ、 小桜さん、 演技に興味ない? 」
「えっ、 演技ですか? 」
「おいっ! 根本、 やめろよ! 」
ホワイトボードの文字を消していた樹が、 2人の会話に気付くとバッと振り返った。
「えっ、 いいじゃない。 ちょっと聞いてみるくらい。 あのね、 小桜さん…… 」
「やめろって言ってるだろ! 」
樹がツカツカと歩いてきて、 根本の目の前で長机にバン! と両手をついた。
「いい加減にしろよ。 その話はもう終わったんだ」
初めて見せた樹の険しい表情と低い声に凛が固まっていると、 それに気付いた樹がハッとして、 無理矢理ニコッと笑顔を作って見せる。
「小桜さん、 ごめんね、 怖がらせちゃって。 ちょっと演劇部の方でいろいろあってね。 小桜さんには関係ないから気にしないで」
「関係なくないでしょ! あのね、小桜さん…… 」
「おいっ、 根本! 」
「なんでよ! 葉山くんだって彼女で当て書きしてたくせに! 」
「だから、 それはもういいんだって! 」
「あの! 」
凛が発した声で2人の動きがピタッと止まった。
「よく分かりませんけど、 もしも私に関係あるのなら、 話してもらえませんか? 中途半端に隠されると余計に気になるので」
「…… ですってよ、 葉山くん」
根本が勝ち誇ったようにニカッと笑うと、 樹は額に片手を当ててクシャッと前髪を乱し、 諦めたように、!は〜っと大きな溜息をついた。
「分かったよ…… だけど無理強いはしないでくれ、 絶対に」
「分かってるわよ」
根本は赤いフレームのメガネを中指でクイッと押し上げると、 カバンの中から分厚い冊子を取り出した。
グイッと目の前に差し出しされたそれを、 凛が手に取ってパラパラとページをめくり、 最初の数ページを読んだところで顔を上げた。
「これは…… 『リア王』ですか? 」
「さすが滝高のクイーン! そう、 これは『リア王』を元に、 葉山くんが学園祭用に書き上げた脚本なの」
シェイクスピアの4大悲劇の一つとして有名な『リア王』。
美辞麗句に踊らされた人間の愚かさと浅ましさ、 人生の不条理を描いたこの作品を、 樹が末娘のコーディリアを主人公として、 オリジナルの要素を加えて書き上げたのだという。
「それでね、 小桜さん」
「はい」
「あなたにコーディリア役を演じて欲しいんだけど」
「はい? 」
「コーディリアとして、 あなたに学園祭の舞台に立って欲しいの」
根本がもう一度、 眼鏡のフレームを指で押し上げて、 ニッと笑った。