47、 責任と特権
ホットプレートの上で激しい肉の争奪戦を繰り広げ、 残るは小さな焦げかすだけになった頃、 一馬が素朴な疑問をぶつけてきた。
「ところでさ…… 公認ってことは、 今までとは付き合い方も変わるんだよな。 明日から一緒に登下校とかすんの? 」
そう言われて、 はたと気付いた。
そうだ、 明日からどうしよう。
「そう言えば、 今までバレないことに必死で、 バレた後のことって具体的に考えてなかったわ。 『堂々とした付き合い』の『堂々』って、 なんなんだろうな。 今日みたいに学校で手を繋いで歩く…… だけじゃないだろうし」
「そりゃあ昼間に人目を気にせず外デートでしょ」
間髪入れずに大和が答えた。 やっぱりモテ男は対女子のスキルが高いみたいだ。
「ペアリングをつけるとか? 」
「ああ、 いいよね〜。 あとはキスプリ撮ってスマホに貼るとか」
奈々美と都子がお互いの案に「いいよね〜」と同意したところで、 奏多がストップをかけてスマホのメモを開いた。
「おいおい、 いきなりハイレベル過ぎる会話だな……メモるんで順番によろしく! 」
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* 外デート
* ペアリング
* キスプリ
* お揃いのキーホルダーをカバンにつける
* 一緒にランチ
* 待ち合わせて登下校
* 体育祭の参加種目を一緒にする
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「まあ、 これくらいかな? 」
奏多がメモした内容を見ながら都子が呟くと、
「まだまだ君たちは青いね」
叶恵がフフンと勝ち誇ったような顔をした。
「付き合うっていうのはね、 そんな形だけのもんじゃないのよ」
「えっ、 どういう意味? 」
「公認カップルになったってことは、 堂々とヤキモチを妬けるってことなの」
「ヤキモチ! 堂々と?! 」
「そうよ、 今までは凛ちゃんに誰かがちょっかい掛けても奏多は黙って見てるしかなかった。 表向きは凛ちゃんがフリーだったからね。 だけど今日からは違うわよ。 奏多が彼氏なんだから、 『俺のオンナに手を出すな! 』って言っちゃっていいのよ」
「おおっ、 それは素晴らしい!…… けど、 俺にはハードルが高い気がする」
「バカね、 嫉妬するのにハードルとかヘタレ眼鏡とかは関係ないの。 自分の大切な人にちょっかいかけられたら全力で阻止するのが、 彼氏の役目であり特権よ! 明日から頑張りなさいよ」
ーー 彼氏の役目であり特権……。
その言葉に、 なんだか身が引き締まる思いがした。
凛に向かって『俺のモノ』なんて簡単に口にしていたけれど、 それは同時に、 彼女を守る責任と義務も生じるという事で……。
「俺さ…… 凛を好きな気持ちは誰にも負けないつもりだけど、 その気持ちに行動が伴ってなくて、 不安になるんだよね。 ほら、 なんだかんだでみんなに助けられてばかりだろ? 今日だって、 お前たちや樹先輩がいなかったら…… 」
比べたって仕方ないけれど、 樹先輩だったらいろんな問題をもっとスマートに切り抜けられるんだろうと考えてしまうのだ。
「それはさ、 ほら、 奏多のキャラクターが成せる技……って言うの? そこは素直に喜んどけばいいんじゃないの? 」
「そうだよ、人徳があるんだ。 誇れよ」
一馬や陸斗はそう言ってくれるけど……。
「馬っ鹿じゃないの?! 」
ーー へっ?
急にドスの効いた声がして隣を見れば、 そこには鋭い目つきで奏多を見ている凛の顔。
「奏多、 全然分かってないよ! 私、 前に言ったよね? 『私だって奏多を守る』って。 私が奏多のモノなら、 奏多だって私のモノでしょ? なんで私ばかりが守られる前提なの?! 」
普段は声を荒げない凛が、 珍しく大声を出し、 怒りを露わにしている。
綺麗な顔がマジギレすると凄みが半端ない。
「そんなコト言うならね、 私だって、 自分が奏多の彼女でいいのかって、 しょっちゅう思ってるよ! 都子みたいに明るくて天真爛漫な子がいいのかな……とか、 奈々美みたいに女の子らしい甘え上手な子がいいのかな……とか考えてるよ! 奏多が他の女の子に優しくするたびにヤキモチ妬いて、 でも素直に言えなくてモヤモヤしてるんだからね! 」
「えっ、 マジで? 」
「…… うん、 マジだよ」
「そっ…… そうか。 そんなに俺を……か」
「はい、 そんなに…… ですよ」
顔を赤らめてモジモジ見つめ合う2人に、 周囲からの冷たい視線が突き刺さる。
「カーーーーッ! バカらしい! 」
叶恵が呆れたように言い放ったのを合図に、 全方位から集中砲火が始まった。
「ウザっ! やっぱりこの2人、 馬鹿ップルだっ! こんなの絶対に樹先輩には言えねえ! 」
「お前らな、 悩むのかノロケるのかどちらかに方向性を定めろよ」
「うわっ、 なんだか全身が痒くなる! 早いうちに奏多から手を引いといて良かったね、 都子」
散々な言われようだが、 それも今の奏多にはシアワセの程よいスパイスだ。
「凛…… みんなもありがとう! 俺、 本当にシアワセものだよ! 」
「「「 ウルサイわっ! 」」」
テーブルの下で凛の手をそっと握ったら、 凛もギュッと握り返してきた。
黙って見つめ合って、 フフッと笑った。
***
凛を彼女のマンションまで送って行くと、
「ちょっとここで待っててね」
そのまま玄関で待たされた。
3分ほどして戻ってきた時には可愛いピンクの紙袋を手にしていて、 「はい、 どうぞ」と手渡されて中を見ると、 メロンパンが5個入っていた。
「これって…… 」
「奏多が前に言ってたでしょ? メロンパンが食べたかったって」
ーー 『メロンパン』と言うよりは、 『凛の手作りのもの』っていうところがポイントなんだけどな。
「それ、 私が焼いたの」
「えっ、 嘘! お店で売ってるヤツみたいじゃん! 」
「昨日、 お母さんに教えてもらって最初から最後まで1人で作ったんだよ。 家で軽くトーストしてから食べてね! 」
「うわっ、 感動! ありがとう! 」
凛は目を細めてニコッとすると、
「彼氏に手作りのプレゼントをあげるのは、 彼女の特権だよね」
奏多の耳元に口を寄せて囁いた。
ーー うわっ、 も〜〜っ!
「ちょっと凛、 来て! 」
「えっ? 」
奏多は凛の手を引くと、 もう一度靴を履かせて玄関の外に連れ出した。
ドアが閉まったと同時にガバッと抱きしめて、 う〜っと声にならない呻き声を出す。
「マンションに入ってからは凛に指一本も触れないように自粛してたのにさ、 凛がこんな嬉しいことしてくれるから…… もう抱きしめるしかないじゃん! 」
「ふふっ、 こんなとこ見られたら、 奏多の評価が下がっちゃうね」
「そうだよ…… 全くだよ……。 でも、 明日からまた頑張るから…… ごめん、 今はもうちょっとだけ…… 」
「うん……」
背中に回す手に力を込めたら、 ピンクの紙袋から、 ほんのりと甘い香りがした。