46、 倍返しだぞっ! (後編)
「電話って…… 正直、 俺はもう灯里に関わりたくないんだけど」
奏多は心底嫌そうに顔をしかめてみせた。
灯里のことを妹のように思っていたのは、 もう遠い昔のことだ。 彼女がしでかした事は、 奏多の許容範囲を大きく超えている。
あちこちに密告電話をして、 奏多と凛が別れる直前まで追いこんだ。
両方の親と叶恵だけでなく、 一馬や奈々美たちまで巻き込むことになった。
彼女は絶対にやってはいけない一線を超えた。
だから今回ばかりは絶対に許すことが出来ないのだ。
「そりゃあ、 一生会わないのは無理だけどさ…… しばらくは顔を見たくないし声も聞きたくないよ」
「あなたは何もしなくていいの。 私が勝手にやるだけだから。 ただ、 これは元々あなたと凛ちゃんの案件だし、 奏多の名前を出すから言っとこうと思っただけ」
「えっ、 俺の名前? 何すんだよ! 」
奏多の問いを無視して、 叶恵は中指でスマホのアドレス帳を開くと、 灯里の家の電話番号をタップした。
相手が応答するのを待ってから、 スピーカーモードにしてダイニングテーブルの真ん中にコトリと置く。
「あっ、 もしもし、 伯母さん? 叶恵です。 その節は奏多のことでお騒がせしました」
『本当よ〜! 灯里から聞いてビックリしたわよ、 女の子を連れ込んでたなんて! あなた達の母親はもう解決したって言ってたけど、 本当に大丈夫なの? 』
「ええ、 全く問題ありません。 おかげ様で奏多と彼女の仲も順調で、 あちらのご両親にも認めていただいて」
『あら、 そうなの? 灯里がガッカリするわね。 あの子、 奏多のこと大好きだから…… そうそう、 前に奏多に中間テストの勉強を教えてもらったでしょ? あの時の成績がとても良かったのよ! 良かったらまた教えてあげてくれない? 』
伯母は灯里から今回の事件の真相を何も聞かされていないらしい。
それはそうだろう、 自分が嫉妬に狂ってあちこちに密告電話を掛けまくったとは、 さすがに言えないのだろう。
「実はそのことで今日は電話したんですよ! 奏多がね、 灯里のおかげで彼女との仲が進展したんで、 御礼にまた勉強を教えてもいいって言ってるんです」
ーーはあ?! 灯里にまた勉強を教える? 俺が?!
「(ちょ…… ふざけんなよ! ) 」
スマホに手を伸ばして訂正しようとするのを、 叶恵が目で制した。
『あらっ、 そうなの? 灯里もきっと喜ぶわ。 灯里〜! 』
伯母は電話の向こうで灯里を呼んでいるようだ。
『(ハア?! カナちゃん? 電話なんかに出ないよ! 絶対に喋らないから!) 』
受話器の向こうで怒鳴っている声が小さく聞こえてくる。
『ごめんなさいね、 あの子、 なんだか機嫌が悪いみたいで…… 』
「いえいえ、 大丈夫ですよ。 でも、 良かったら灯里に聞いてみてもらえません? 奏多にまた勉強を教えてもらう気はあるかって」
電話の向こうで伯母が灯里に説明してるらしい。
2人が何やら話しているのが聞こえる。
『あっ、 もしもし? 灯里が奏多に教えて欲しいって。 家でも図書館でもいいって言ってるけど、 どう? 』
顔をしかめる奏多とは対照的に、 叶恵が口角を上げて、 なんとも嬉しそうにニヤニヤしている。
こういう顔をする時の叶恵は、 大抵とんでもない悪だくみをしていて……
「良かった〜! 実は、 このまえ灯里に勉強を教えたのは、 奏多じゃなくて奏多の彼女なんですよ。 だから今回も彼女に教えてもらっていいですか? 」
『あら、 そうなの? 知らなかったわ』
「あれっ? 灯里から聞いてないんですか?
奏多の彼女、 凛ちゃんって言うんですけど、 学年1位の才女なんです。 おまけにとても綺麗な子で、 滝高のマドンナって呼ばれてるんですよ〜」
『あらっ、 凄いわね。 奏多もなかなかやるじゃない! 』
「そうなんです〜。 私も姉として鼻が高くって〜。……で、 その凛ちゃんと奏多が一緒に勉強を教えるっていうのはどうですか? 学年1位と8位のコンビ、 最高でしょ? 」
『それは是非お願いしたいわ! ちょっと待ってね』
電話の向こうでまた伯母と灯里が会話している。
時おり聞こえてくる、 『ハア?! 』とか『嫌だよっ! 』という灯里のイラついた声。
そして最後に『(カナくんだけがいいってば! お母さんからそう言ってよ!) 』
と言っているのが聞こえて、 奏多は思わずテーブルからスマホを取り上げて耳に当てた。
「もしもし、 伯母さん? 」
『ああ、 奏多? ごめんなさいね、 あの子、 どうしても奏多だけがいいって言ってるんだけど…… 』
「そうなんですか、 それは残念だな。 僕の自慢の彼女を伯母さんにも見て欲しかったのに……僕の彼女、 全教科で満点を取っちゃうくらい優秀で、 僕にはもったいないくらいの最高の彼女なんです。 彼女と一緒だったら家にだって教えに行きますよ」
『あらっ、 そうなの? ちょっと待ってて! 』
伯母が必死に説得しているが、 灯里が頑なに拒否しているようだ。
電話の向こうで、『(いらない! カナくんにも教えてもらわなくていいからっ! いいってば! ) 』
と怒鳴っていたかと思うと、
『もう電話してくんな! じゃあ! 』
すぐ近くで声がして、 ガチャンと切れた。
「やった〜! ザマーミロ! 灯里のやつをギャフンと言わせてやったわ! 」
叶恵が勝ち誇ったように胸を張る。
「 叶恵さん、 なかなかエグいことを考えますね。 これぞ、 灯里ちゃんの一番嫌なことですもんね」
一馬が感心したように言うと、 陸斗が「それよりも…… 」と奏多の方を見て、
「…… 俺は奏多が電話でああいう事を言うとは思ってなかった。 お前、 人を陥れるとか傷付くことを言うとか、 そういうのが一番苦手だろ。 大丈夫か? 」
心配そうに声を掛けた。
「ああ。 灯里が全然反省してなかったから、 つい言いたくなったんだ。 灯里がああいう行動をしたのも、 元はといえば俺が変に甘やかし過ぎたからなんだよな」
あれだけの事をしておいて、まだ奏多に勉強を教えてもらえると思っていた。
謝りの言葉も一切なく、 聞こえてきたのは怒鳴り声ばかりで……。
「俺ならまた許してくれるって思ってたんだよ。 だから、 もう期待させちゃいけない、 俺がちゃんと突き放さなきゃって思ったんだ」
「まあ、 とにかく…… 」
しんみりした空気になったところで、 叶恵が胸の前でパンッと両手を合わせてニコッとして……。
「仕返し完了! 倍返しだぞっ! バーン! 」
右手の指でピストルの形を作って、 向かい側にいる一馬と陸斗と大和を撃ち抜く仕草をした。
「叶恵さん…… 要はこれが言いたかったんですね」
「リアル倍返しをしたかったんだな」
一馬と陸斗が顔を見合わせてから、 覚悟を決めたように、
「「 やられた〜! 」」
芝居掛かった動きでテーブルに倒れこんだ。
叶恵から、 『お前はやらないのか? 』的な視線で見られて、 大和も慌てて
「やられた〜! 」
テーブルにうつ伏せた。
満足げに頷いている叶恵を見て、 やっぱりこの人が最強だな…… と奏多は苦笑した。
ちなみに後日談だが、 灯里は翌年の滝山高校の受験に失敗して、 地元の女子校に通うことになった。
彼女の学力が足りなかったのか、 滝高入学へのモチベーションが下がったからなのかは分からない。