45、 倍返しだぞっ! (前編)
「倍返しだぞっ! バーン! 」
「うっ…… やられた…… バタン」
玄関で突然始まった寸劇に、 一馬と陸斗が呆然と立ち尽くした。
どうしたものかと見ていると、 廊下に突っ伏した状態の奏多が、 「倒れて、 倒れて! 」と必死に言うので、 2人とも言われるがまま、 目の前の床にうつ伏せた。
それを見た叶恵が「よっしゃ! 」と上機嫌でキッチンに戻って行ったのを見届けてから、 3人でムクリと体を起こした。
「何、 この茶番、 どういうこと? 」
一馬に聞かれた奏多が、 顔をしかめて答える。
「『半沢直子』だよ」
「「はあ? 半沢直子っ?! 」」
事の起こりは1週間前。 叶恵が『半沢直子』のDVDをレンタルしてきたところから始まる。
この夏の叶恵は、 何を思ったのか急に、
『夏休み中にDVD100本斬りをする』
という変なマイルールを自分に課し、 それを着実に実行に移してきた。
そして100本斬りの最後に選んだのが、 何年か前に流行ったドラマ、 『半沢直子』のDVDだった。
5年ほど前にテレビで放映されたその連続ドラマは、 主人公である銀行員の女性が上司からの理不尽な要求に耐えながら銀行内部の闇を暴いていく社会派痛快エンターテイメントで、 最終回では42パーセントの高視聴率を叩き出した人気作である。
友達がこの作品を『面白い』と言っていたことを叶恵が思い出して借りて来たのはいいのだが、 ヒロインの決めゼリフ『倍返しだぞっ! 』を妙に気に入ってしまい、 ここ1週間は隙あらば使おうとするので、 奏多も困り果てているのだった。
「そのドラマは知ってるけどさ、 最後にくっついてる『バーン!』は何か意味があるの? 」
「いや、 俺も良く分からないんだけどさ……たぶん、 その前に観てた西部劇のお気に入りシーンと勝手にくっつけたんだと思う」
「なんじゃ、 そりゃ?! 」
「『なんじゃ、 そりゃ?! 』…… だろ? 俺もそう思うんだけど、 さっきの一連の動きをしないと姉貴の機嫌が悪くなるから仕方ないんだよ。 お前らも諦めて付き合えよ」
一馬と奏多のやり取りを見ながら陸斗が大笑いしだす。
「ハハハッ、 まあ、 叶恵さんらしいな。 漫画の方が行き詰まったのかな」
「まあ、 行き詰まったんだろうな」
「 だったら仕方ないよな」
「そうなんだよ、 仕方ないんだよ」
この家では叶恵の決めたルールは絶対…… いや、 叶恵がこの家のルールと言っても過言ではないのだから。
今日は午後6時から百田家で焼肉パーティーの予定で、 一馬たちの他に、 凛や大和、 奈々美たちも招待している。
大和を通じて樹先輩にも声を掛けてもらったのだが、 『僕が行くと百田くんが楽しめないから遠慮しておくよ』と辞退された。
「本当は仲良くしてる2人を見たくなかったんじゃないかな……」
と大和が言ったけれど、 本当のところは分からない。
今日のパーティーは実質、 奏多と凛のために協力してくれた仲間への御礼の会なので、 ホストである奏多は始業式後に凛を家まで送り届けると、 そのままスーパーで大量の肉や野菜を買い込んで帰って来た。
そして部活を終えた一馬と陸斗が百田家に直行してきたところで、 冒頭の変な茶番に巻き込まれたのだった。
そのあと凛と大和、 そして奈々美と都子も合流して皆でホットプレートを囲み、 今日の騒動を振り返った。
「あら、 それじゃ樹先輩が一喝してみんなを黙らせたってわけ? 」
「叶恵さん、 そうなんですよ! さすが俺の憧れの樹先輩! って感じで、 俺はマジでこの人について行こう! って思いました」
大和が目をキラキラさせて語ると、 皆も今日の大講堂での樹を思い出して『うんうん』と頷く。
実際、 樹の演説のあとは周囲の反応が明らかに変わっていた。
奏多に対しても凛に対しても、 遠くでヒソヒソ話をしたり鋭い視線を向けては来るけれど、 面と向かって何かをして来ることは無い。
たぶん樹が言った、 『絶対に許さない! 』、『かっこ悪い真似だけはするな! 』のセリフが効いているのだろう。
そして、 1年生の生徒に対しては、 一馬や奈々美たちの尽力も大きかった。
始業式後、 一馬と陸斗がそれぞれの教室で、
「みんな、 良かったな! 滝高のマドンナが2年生に奪われずに済んだぞ! 我らが百田奏多が1年生代表としてマドンナをゲットだ! 大金星だぞ! 」
と1年生勝利宣言をぶち上げて盛り上げたため、
お祭り好きな連中がその波に乗って、 一気に祝福ムードに変わったのだ。
女子の方も奈々美と都子が『凛は最初から奏多一筋だった』、 『これで樹先輩はフリーだ』と触れて回り、 二股とか騒いでた連中を鎮めることに成功した。
樹と凛の熱狂的ファンの動向にはまだ注意が必要だが、 まずは一安心だ。
「ところで…… 私、 仕返しがしたいんだけど」
「「「 えっ? 」」」
叶恵の急な発言に、 全員の箸が止まった。
「私、 灯里だけは絶対に許せないの。 あの子をギャフンと言わせなきゃ悔しくて眠れやしない」
「仕返しって…… どうするの? 」
奏多の質問に叶恵がニヤリとした。
「ふふん…… 今から電話する」
「電話?! 」
「そう、 電話…… 倍返しだぞっ! 」