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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第4章 2人の試練編
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44、 反響


滝高の大講堂(だいこうどう)は、 1階席と2階席を合わせて1000名近くが収容出来る瀟洒(しょうしゃ)な造りの建物で、 入学式や卒業式などの大きな学校行事は、 全てこの場所で行われることになっている。



その大講堂に奏多と凛が手を繋いで現れると、 『うわっ』とも『おおっ』とも何とも形容しがたい低いざわめきが、 建物中にブワッと反響(はんきょう)した。



『ざわざわ……ざわざわ……』



講堂の入口から奏多たちが奥に進むたびに、 まるで波のようにざわめきが伝染していく。


6人で1階の席に並んで座ると、 あちこちから痛いほどの視線が突き刺さってきた。



「ハハッ……それにしても、 これだけジロジロ見られると、 なんだかテレビに出てる芸能人か動物園のパンダみたいだな」


一馬が冗談めかしてそう言ったが、 芸能人やパンダの方が、 笑顔を向けられるだけ数倍マシだ……と奏多は思った。



今の自分たちは、 パンダのような人気者でも芸能人のような(あこが)れの的でもない。


2人に向けられているのは、 好奇心と(さげす)み、 羨望(せんぼう)嫉妬(しっと)、 そして怒り……。


覚悟はしていたけれど、 予想以上のアウェイ感。 どうしたって萎縮(いしゅく)せずにはいられない。



その時、 2階席の方から「二股女! 」、 「ビッチ! 」 という声が聞こえてきた。


「誰だよっ! 」


奏多と一馬が同時に立ち上がって2階席を見上げると、 凛が奏多の(そで)を引っ張って座らせた。


「いちいち相手にしてたらキリがないよ。 私は大丈夫だから」



あちこちから聞こえるクスクス笑いや(ささや)き声。 『自業自得だよね』とか『調子に乗ってるから』という言葉も聞こえてくる。



「スゲえな、 女子。……焼き土下座でもしないと収まらない空気だな」

「一馬…… 焼き土下座してこの場が収まるのなら、 俺はとっくにやってるよ…… クソっ! 」



ふと右隣の凛を見ると、 彼女は表情を硬くしたまま背筋をピンと伸ばして、 じっと舞台の方を見つめていた。


その凛とした横顔が、まるで『私は負けない』と必死に訴えているようで……。



ーー 守るって言った俺が狼狽(うろた)えてどうするんだよ!



奏多が凛の手を上からグッと握ると、 彼女がこちらを向いた。


その強張(こわば)った顔に向かってニッコリと微笑みかけると、 彼女もようやく表情を柔らかくした。


一緒に『うん』と頷きあって正面を見たら、 周囲の雑音が少しだけ意識から遠のいた。




始業式は校長の長い挨拶から始まり、 次に生徒会長からの2学期の行事計画発表になった。



計画表を手に樹が登壇(とうだん)すると、 また周囲の視線が凛に集まったが、 樹の良く澄んだ声がマイクから聞こえると、 すぐに皆の意識はそちらに向いた。




「…… 以上で2学期の行事計画についての発表を終わります」


発表を終えた樹が、 プリントの(たば)を演壇の上でトントン…… と整えて、 会場を見渡す。



「……が、 ここで皆さんにお伝えしたいことがあります」


会場が微妙にざわつく。



「新学期早々に(みょう)な噂が出回って、 一部の生徒に対して誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)まがいのことが行われていると、 生徒会の方でも認識(にんしき)しています」


ザワめきが大きくなった。

生徒たちが凛と樹を交互に見てヒソヒソと話し始める。



「ご存知の方も多いでしょうが、 僕はこの春に小桜凛さんに告白をしました。 しかし、 その直後にきっぱりと振られています」


ザワめきが驚きに変わった。



「僕は自分にできる精一杯を小桜さんにぶつけた。 そして彼女は、 その気持ちを正面から受け止めて、 ハッキリ断ってくれた。 僕は全力でやりきった。 だから悔いはありません。 今は清々(すがすが)しい気持ちです」


「…… だけど、 その清々しい気持ちに泥を塗るようなことをする人がいる」



ここで樹が、 手に持っていたプリントの束を演壇にバシッと勢いよく叩きつけた。


会場中がシンとなる。



「僕の勝手な自惚(うぬぼ)れかもしれないが、 もしも誰かが僕のために小桜さんを攻撃しようと思っているのなら、 それは絶対にやめて欲しい。 そんな事をしたら、 僕が絶対に許さない! そして、 もしも誰かが個人的な嫉妬ややっかみで彼女やその周囲の人を傷つけようとしているのなら、 それは自分勝手な逆恨(さかうら)みだ。 好きなら正々堂々と当たって砕けろ! いいか、 かっこ悪い真似だけはするな! 」



そして、 急にニコッと笑顔になって、 冗談めかして言った。


「そして、 ここからは生徒会長としてのお願いです。 あまりみんながイジメて小桜さんに会計を辞められると困るので、 どうか彼女をそっとしておいてあげて下さい。 振られたうえに会計まで辞められたら、 僕も生徒会もダメージが大き過ぎるんだよね」


ドッと笑いが起きる。



「彼女が優秀な会計であることは中学時代から先生方も認めてます。 今、 彼女に会計を辞められたら、 今月末の体育祭も来月の文化祭も行えなくなります。 どうか、 どうか、 そっとしておいて下さい。 よろしくお願いします」


演壇に両手をついて頭を下げると、


「以上で生徒会からの発表を終わります」


そう言ってステージから下りていった。


後には微妙な空気とパラパラとした拍手。



ーー 泥を(かぶ)ってくれたんだ……。



樹先輩は、 自分が勝手に告白して振られたのだとアピールすることで、 凛に向いた悪意を()らそうとしてくれたのだ。


その上で 、 彼女に何かしたら許さないと釘を刺すことを忘れなかった。



先生からの心証(しんしょう)が悪くなることも恐れずに、 凛を守るために全校生徒の前でピエロになりきった気持ちの強さと優しさ……。



「やっぱりあの人は凄いな」


誰に言うでもなく奏多が呟くと、 両側で凛と一馬が「うん」と頷いた。



ーー やっぱり叶わないな…… カッコいいや。



***



始業式が終わり、 各々(おのおの)自分の教室に戻り始めた頃、 会場の(すみ)で義孝と立ち話していた樹の元に大和がやってきた。


「樹先輩、 お疲れ様でした。 演説カッコ良かったです」

「おいおい、 それって嫌味(いやみ)なの? 僕的にはダメージ大なんだけど」



「ダメージを覚悟でどうしてあんな事を言ったんですか? いいんですか? 敵に塩を送るような真似をして。 放っておけば百田先輩が弱って樹先輩にチャンスが来たかも知れないのに」



樹は苦笑しながら大和をジッと見た。


「そんなチャンスは欲しくないよ。 好きな子が困ってる時に助けないなんて男じゃないだろ」


「でも…… 百田先輩のことは嫌いじゃなかったんですか? 」


「もちろん嫌いだよ。 アイツがメガネを落としてうっかり踏ん付けて、 フレームが曲がってしまえばいいのに…… と思うくらいには大嫌いだね。 だけど…… 」


「だけど? 」


「やっぱり彼女には笑ってて欲しいからね」


「……なんか深いですね」


「ハハッ、 愛だよ、 愛! そのうち君にも分かるさ」


樹は大和の頭をクシャッと撫でて、 義孝と一緒に歩いて行った。



「……やっぱりカッコいいよ、 先輩」



大和は樹の姿がドアの外に消えるまで、 その背中をずっと見送っていた。


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