43、 呼び出し (後編)
ドアを開けて、 まず最初に顔を覗かせたのは陸斗だった。
彼が「失礼します」と言って中に足を踏み入れると、 一馬と奈々美、 都子の3人も後に続いて入ってきた。
「お前たち…… どうしたんだ」
担任の山本の問いには答えずに、 4人は横一列に整列して、 校長の方を見た。
「百田くんの家には僕たちも一緒に行っていました」
代表して話し出したのは陸斗だった。
「百田くんの家で、 みんなでテスト勉強をしていました。 小桜さんに勉強を教えてもらってたんです」
「私たちも一緒でした。 その場にいた女子は小桜さんだけじゃありません」
陸斗に奈々美も続く。
「お前たち…… 2人を庇ってるんじゃないだろうな」
「本間先生、 それは言い掛かりです。 僕たち全員、 小桜さんのおかげで期末の成績が上がったんですよ。 僕は3位から2位になれました」
「俺はベスト50には入ってないけど、 期末は赤点ゼロでした! 」
「私たちも点数上がりました! 」
「おっ…… 俺も10位から8位になりました! 」
最後に奏多も便乗すると、 本間は疑いの眼差しを向けつつも、 そのまま黙りこんだ。
そこに陸斗が追い打ちをかける。
「先生方は、 名乗りもしなかった相手と、 僕たちのどちらを信用するんですか? 匿名電話なんて、 どうせ小桜さんの優秀さを妬んでの嫌がらせですよ」
「それに、 もしも小桜さんが男の家になんて入り浸ってたら、 2連続1位、 しかも期末で全教科満点なんて取れるはず無いでしょう」
「小桜さんは滝高の星ですよ。 医学部に現役合格確実の優秀な生徒を、 こんな不確実な噂で潰しちゃったらどうするんですか? 我が校の大損失ですよ! 」
「先生方、 その時はどう『責任』を取ってくれるんですか? 」
『責任』を強調した最後の一言が決め手になった。
「……分かりました。 友達とみんなでテスト勉強ということなら問題ないでしょう。 だけど今後は、 誤解されるような行動は慎むように」
校長の言葉を合図に、 この糾弾会がようやく終わりを迎えた。
「ああ、 大野くん」
6人で退室しようとすると、 校長が陸斗を呼び止めた。
「君の御祖父様はお元気かな? 」
「はい、 今は家でのんびりと郷土史の研究をしています」
「大野先生が校長をしておられた時は、 私も彼の下でいろいろ学ばせていただいたんだよ」
「はい、 祖父も僕が中野校長先生のいる学校で学んでいると知って、『中野君なら安心だ』と喜んでいました」
「そうか、 よろしくお伝えください」
「はい。 失礼します」
6人は神妙な顔つきで校長室を後にし、 無言で廊下を歩いて行った。
そして階段の踊り場まで辿り着くと、 いきなり背中を丸めて笑い出した。
「ハハハッ、 やった! 陸斗、 おまえ最高だな! 」
一馬が陸斗とハイタッチし、 続いて全員とハイタッチしていく。
「ハハッ、 おまえ、 よくもあんなスラスラと嘘がつけるな。 絶対に敵に回したくないタイプだよ」
奏多が笑いながらそう言うと、 陸斗は階段の手すりにもたれながら当然と言う顔をする。
「何言ってんだよ。 俺が将来教師になったら、 先生を無理やりキレさせて動画を投稿してやろうとするヤンチャな生徒や、 教師は24時間体制で生徒の面倒を見て当たり前だと思ってるモンペと向き合ってかなきゃいけないんだぜ。 これくらいのハッタリかませなくてどうするんだよ」
「ほんとスゲ〜な、 お前。 尊敬するわ」
一馬の言葉に全員が同意する。
「大野くん、 みんなも…… 本当にありがとう。…… それにしても、 大野くんの御祖父様も教師だったんだね。 中野校長を知ってるなんて驚いちゃった。 校長も褒められて嬉しそうだったね」
「ああ、 小桜もさっきの話を信じたんだ」
「えっ? 」
「うちのジーサンが中野校長を知ってるのは本当だけど、 『安心だ』なんて一言も言ってないよ。 『中野は悪いヤツじゃないが、 事なかれ主義なのが欠点だな。 教師は時には生徒のために体を張るくらいの覚悟がなきゃダメだ! 』って言ってた」
「「「 ええっ?! 」」」
「陸斗…… なんて恐ろしい子っ! 俺、 ほんっとにお前が味方で良かったわ」
奏多の言葉にまたもや全員が深く頷いたのだった。
「さて……と、 そろそろHRが終わってみんな講堂に集合するぞ。 奏多、 覚悟はいいか? 」
陸斗が手すりから離れて腕時計を見た。
これから始まる始業式の場には、 滝中、 滝高の全校生徒が集合する。 奏多と凛は、 今この学校で一番ホットな話題の中心人物だ。 当然、 注目されるだろう。
「俺は何を言われても大丈夫だ。 ただ…… 凛のことが心配なんだ。 俺が全力で守るつもりではいるけれど、 体育の授業とか着替えなんかは別になるし、 ずっと一緒にはいられないだろ? だから…… 」
奏多は奈々美と都子に視線を向け、 それから全員の顔を見渡す。
「俺と一緒に凛を守って欲しい。 奈々美、 都子……一馬、 陸斗、 みんなに俺たちの味方になってもらいたいんだ! 」
お願いします…… と深く頭を下げた。
凛も一緒になって頭を下げる。
「何言ってるの? 私たちはもう凛と親友なんですけど。 ねっ、 都子」
「そうだよ。 奏多に頼まれなくたって友達と一緒にいるのは普通だし」
「そうだよ。 俺たちずっとお前たちの協力者で味方じゃん。 何を今さらアタマ下げてんだよ、 水くさい」
「俺たちがフォローするさ。 お前たちは悪いことをしてるわけじゃないんだ。 堂々としてろ」
ーー みんな……。
「…… 奏多、 私は大丈夫だから。 行こう! 」
「…… うん、 それじゃ本当に恋人宣言するか」
奏多が差し出した右手を凛が握り返す。
『うん』と頷きあって、 一緒に階段に足を掛ける。
いよいよ、 本当の恋人への第一歩を踏み出した。