41、 噂は光の速さで
校庭の木々からツクツクボウシの鳴き声が聞こえる、 まだまだ残暑厳しい9月の第1週、 月曜日。
今日は滝山中学と高校の2学期初日で、 始業式の日である。
「おい、 奏多! ちょっと付き合えよ」
奏多が校門から中に入った途端、 待ち構えていた一馬と陸斗に拉致られた。
校舎裏の非常階段の前で立ち止まると、 一馬が深刻な表情で切り出す。
「……お前たち、 あちこちで噂になってるぞ。 大丈夫なのか? 」
一馬に言われるまでもなく、 それは本人が一番感じている。
「ああ、 電車の中でも駅からの道でもあからさまだったよ。 遠くから眺めてコソコソ言ってるだけならまだしも、 追い抜きざまに舌打ちとかされたわ」
花火大会の後で噂が広まるだろうとは覚悟していたけれど、 この1週間で予想以上に速く拡散されたらしい。
「でも、 もう秘密にする必要は無いんだ。 誰にばれようが何と言われようが構わないよ」
「でもさ、 俺たちはさっきサッカー部の朝練で質問責めにあったんだけど……奏多へのやっかみは勿論だけど、 樹先輩ファンの反感も結構あるっぽくてさ…… その…… 女子の」
一馬が言いにくそうに言葉を濁す。
代わりに陸斗が前に進み出て、 奏多の肩に手を置き、 低い声で言った。
「奏多、 男子よりもな、 こういうのはむしろ女子の方が恐ろしいんだぞ」
「えっ…… 」
「小桜が滝高の王子と噂になっても無事だったのはな、 樹先輩がバックについてると思われてたからだ。 小桜に下手に手を出したら樹先輩に嫌われるだけだからな。 でも、 その樹先輩を振ってお前に乗り換えたとなれば話は別だ」
「ちょっ、 乗り換えたって、 そんな! 」
「周りから見たらそうなるんだよ。 事実なんてどうでもいいんだ、 樹先輩ファンの女子からしたら、 憎っくき小桜を糾弾する材料ができて万々歳なんだ」
「それって…… 凛がヤバイだろっ! 」
一馬と陸斗を置いて教室へダッシュする。
ーー バカだ、 俺…… 凛のことを守るって言ったのに。
一緒に登校すれば良かったと後悔したが、 もう遅い。
中庭を突っ切って、 玄関で乱暴に靴を脱ぎ捨てると、 靴下のままで2階へと階段を駆け上がった。
「凛っ! 」
額から汗を流し、 ゼイゼイいいながら教室に飛び込むと、 いつもの窓際の席に座っていた凛がこちらに顔を向けた。
「あっ、 奏多、 おはよう」
「奏多、 おはよう! 遅いじゃん」
「奏多、 なんか髪の毛が乱れてるよ、 寝坊したの? 」
「ハア…… 凛……と、 ハアハア…… 都子…… 奈々美…… 」
凛の席を囲むように都子と奈々美が立って、 3人で仲良く喋っている。
奏多は肩で息をしながらヨロヨロと歩み寄り、 凛の机に手を掛けてしゃがみこんだ。
「ハア〜ッ、 良かった〜! 」
「『良かった〜』じゃないよ、 奏多」
座ったばかりなのに、 奈々美にグイッと腕を引っ張り上げられて立たされる。
「ここじゃ、 なんだからさ、 こっち来なさいよ」
顎をクイッとしゃくって付いて来いと言われた。
ーー なんだよ、 今日は呼び出されてばっかだな……。
廊下に出ると、 奈々美は腕を組んで窓にもたれ掛かった。
「噂になってるよ。 花火大会で堂々と手を繋いで歩いてたって? 」
「ああ…… 悪いかよ」
「悪くはないけど、 一部で反感は買ってるわね」
「それって……やっぱり女子? 」
「当然男子も嘆いてるけど……私は樹先輩ファンの友達から電話が来て、 本当はどうなんだって聞かれた」
「すごいな、 女子の連絡網って」
噂なんて光の速さで伝わるのだと言われて、 背筋がゾクッとした。 女子の行動力を舐めてかかると痛い目にあいそうだ。
「今のところはみんな半信半疑で、 あちこちで情報収集中ってとこね。 小桜さんに直接問いただす子も出てきそうだから、 今日は奏多が来るまで私と都子でガードしといたけど」
「ありがとう…… 助かったよ」
その時、 急に校内放送のチャイムが鳴って、 生徒指導の本間先生の声が聞こえてきた。
『え〜っ、 1-A 百田奏多、 1-A 小桜凛、 2人とも今すぐ校長室に来てください。 繰り返します、 1-A 百田奏多…… 』
「えっ?! 」
奏多は奈々美と顔を見合わせた。
ーー 今日は本当に…… 呼び出されてばっかだ。
そしてこれはきっと、 悪い方の……。




