38、 花火 (3)
「次はどれにする? 」
「えっ、 もう充分だよ」
両手いっぱいに荷物を抱えている奏多を見て、 凛が遠慮がちに言った。
綿あめにリンゴ飴、 焼きそばに輪投げの景品のハニワのキーホルダー。
凛が興味を示したお店に片っ端から寄っていたら、 あっという間に戦利品が増えてしまった。
「まだまだだよ…… それじゃ一旦座って食べちゃってから、 また他の店を廻ろうよ」
「うん」
植え込みを囲むレンガに凛を座らせて、 奏多が飲み物を買いに走る。
両手にペットボトルのお茶を持って戻ってくると、 凛の前に2人組の男の人が立っているのが見えた。
「凛、 お待たせ!…… 彼女に何か用ですか? 」
凛の前に立ち塞がって睨み付けると、 2人組は「なんだ、 本当に彼氏連れなんだ」と言いながら去っていった。
「ハア〜〜ッ……」
ため息をつきながら凛の足元にしゃがみこむ。
「俺の彼女さん、 モテ過ぎなんですけど〜! 」
凛がナンパされるのは、 今日これで3回目だ。
1回目は奏多1人でトイレに行った時、 2回目は凛を待たせて焼きそばの列に並んだ時。
凛を10分以上1人にするのは危険だと気付いて、 今回は猛ダッシュで戻ってきたのに、 ほんの数分でも駄目だとは……。
「ごめんね、 彼氏を待ってるって言ったんだけど…… 」
「いいよ、 ああいうのは彼氏がいるって言ってもとりあえずダメ元で誘って来るんだから。 凛を1人にした俺が悪かった。 ごめんな、 もう絶対に離れないから」
「うん」
「あと、 もしも俺とはぐれたり緊急事態になったら、 電話かメールをちょうだい」
「うん…… あっ、 電話! 」
「えっ?! 」
凛の突然の大声でビクッとしていたら、 彼女が浴衣の袂から新品のスマートフォンを取り出した。
「ジャーン! 新しい電話です〜! 」
ゴールドのスマートフォンをかざして自慢げに胸を張る。
叶恵がよくやる『ドラ◯もん』の口調を真似ているのが、 無邪気でとても可愛らしい。
「電話って…… ハハッ、 それスマホな」
「えっ? スマホって電話でしょ」
「電話だけど、 小さいパソコンみたいなもので…… っていうか、 それに俺のアドレス入ってる? 」
「えっ、 お義父さんにもらってすぐに持ってきちゃったから…… 」
「それじゃデータは移せてないのかな? 」
凛が差し出したスマホを手に取って見る。
「ああ、 もう初期設定は済んでるみたいだな。 あとは6桁のパスワードを入れて、 顔認証をして…… 」
「電話は? 奏多の電話番号はどうやって入れるの? 」
「それは携帯からSDにバックアップして…… 」
「携帯? これ? 」
凛が袂から携帯電話を取り出したのを見て、 本当にドラ◯もんのポケットみたいだと苦笑いする。
凛が開いた携帯のアドレス帳には、 全部で12カ所の番号だけしか登録されていなかった。
家の番号、 愛、 愛の通う茶道教室と習字教室、 尊人と尊人の勤務先の病院、 祖母、 滝山高校、 凛の通う塾、 奏多、 叶恵、 そして大和。
最後の『原田大和』の名前を見つけた時に少しイラッとしたが、 それは口に出さずに飲み込んでおく。
「これで全部? 」
「うん」
「これなら…… 手作業で入力しちゃった方が早いかもね」
「そうなんだ」
ーー 本当に家族と勉強が全てだったんだな……。
あまりにも少ない凛の交友関係に、 切なさが込み上げて、 泣きたいような気持ちになった。
「奏多の電話番号を入れて」
「俺が一番でいいの? 」
「もちろん! 」
奏多が自分の家とスマホの電話番号、 それからメルアドと家の住所を登録して凛に手渡すと、 彼女は両手で受け取ったそれを満足げに見て、 すぐに人差し指で画面をタッチした。
その直後に奏多の電話が鳴る。
画面には見知らぬ電話番号。
「はい、 もしもし」
『もしもし、 凛です』
真横で喋っているのと全く同じ声が、 スマホのスピーカーから聞こえてくる。
不思議な感覚。
『おめでとうございます。 登録したのも電話を掛けたのも、 奏多が一番最初です』
「イエ〜イ、 やりっ! 」
『奏多、 今日はここに連れてきてくれてありがとう』
「うん、 俺こそ、 今日は会いに来てくれてありがとう。 本当に嬉しかった」
『夏休みの間もずっと待っててくれてありがとう』
「こちらこそ、 凛が頑張ってくれたから、 俺も頑張れた。 ありがとう」
「…… 家では照れ臭くてちゃんと言えなかったけど……凛の浴衣姿、 とても似合ってる。 今日は電車の中でもここに来てからも浴衣姿の人を沢山見てるけど、 凛ほど綺麗な人は他にいないと思った。 綺麗過ぎて他のヤツには見せたくないくらい」
『ふふっ…… 彼氏フィルターがひど過ぎるね』
奏多が思わずスマホを耳から離して普通に話しだす。
「フィルターが無くても普通に凛は綺麗だしっ! 本当だよ! 」
凛もスマホを下ろして喋り出す。
「馬鹿ップルだね。 お義父さんにも言われたし」
「ええ〜っ、 お義父さんも?! 俺の印象、 最悪じゃん! 」
「ふふふっ」
同時にスマホをオフにして見つめ合う。
「奏多のお陰で私の世界は広がったよ。 いろんな人と話すようになったし、 本音も言えるようになった。 きっとこれからは、 アドレス帳に載せる名前も増やしていけるような気がする」
「それはそれで複雑だけどなぁ」
「ふふっ」
奏多はレンガの囲いから立ち上がると、 右の手のひらを上にして、 ゆっくり凛に差し出した。
「俺がまだまだ凛の世界を広げるよ。 とりあえず、 ここにある屋台を制覇、 そしてクライマックスは花火だ」
「……うん」
凛がお姫様のように奏多の手のひらに指先を乗せると、 それを奏多が恭しく引き取って彼女を立ち上がらせた。
「それでは参りましょうか、 お姫様」
「……はい、 よろしくお願いします」
すぐに手を恋人つなぎに戻して、 寄り添いながら歩き出した。