11、 小桜凛のつくりかた
「ある日、 外出先から帰ってきた義父が、 母に『凛は中学校はどうするの? 』って聞いてきたんです」
隣の奏多からの視線を強く感じながら、 凛は話し続ける。
ーー 百田君はきっと怪訝な表情を浮かべているんだろうな。 それとも驚いているか……。
そう、 凛はこの話を奏多にはしていない。
凛だって、 当初はここまで話そうとは思っていなかったのである。
だけど、 叶恵のキッパリした物言いと、 中学生相手であっても甘やかしたり子供扱いしない毅然とした態度。 握手をした時に感じた暖かさと力強さに、 信頼に値するものを感じた。
そして何より、 奏多と同じ雰囲気を纏ったこの女性なら、 自分が何を言っても受け止めてくれるだろうという確信のようなものがあったのだ。
「義父には別れた奥さんと息子さんがいます。 義父は離婚した時の取り決めで、 年に何度か息子さんと会う事になっていて…… 」
凛の義父、 尊人には、別れた妻との間に凛より2歳年下の息子、 大和がいる。
離婚したとはいえ、 大和は尊人の息子である。
誕生日やクリスマスの前など年に数回だが、尊人は大和と一緒に食事や買い物に行って、 親子の時間を過ごす事になっていた。
その日はクリスマスの数日前で、 尊人は大和とレストランに行き、 少し早いクリスマスプレゼントを渡し、 2人で食事をしていた。
その後、 大和を迎えに来た元妻から、 大和を医学部の合格率が高い事で有名な、 私立の中高一貫校に入学させたい事、 そのために来年から学習塾に通わせる事を告げられたという。
『凛はまだ将来何になりたいかハッキリしてないだろうけど、 もしも中学受験をするなら、 3年生か、 遅くても4年生には塾に通わせた方がいいみたいだよ。 そう言えば僕も、 小学校3年生頃にはもう塾に通わされていたかな』
そう尊人に言われた翌日にはもう、 母親の愛は凛の入塾テストの申し込みを済ませていた。
『凛は頭がいいから、 お医者さんになるといいわ。 きっとお義父さんみたいな立派なお医者さんになれるわよ。 ママもお手伝いするから、 一緒に頑張ろうね』
本屋さんかケーキ屋さんで働きたい……と言ったら、 きっと母親は悲しむだろうな……と思った。
「私には、 小学3年生から親しくなった友達がいました。 とても気が合って、 私達はお互いの家をよく行き来していました」
杏奈という名前のその友達は母子家庭で、 母親が居酒屋を経営していた。
凛の母親は既に再婚していたが、 凛にも母子家庭の時代があったため、 お互いの境遇が似ていることもあってすぐに仲良くなり、 何でも話せる親友になった。
杏奈の家は、 1階が居酒屋、 2階が住居になっていた。
杏奈は漫画好きで、 彼女の部屋には漫画の単行本や定期購読の少女雑誌が何冊もあった。
凛は、学校が終わった後に彼女の部屋へ行き、 漫画を読んで過ごすのが楽しみだった。
小学4年生になって、 凛は週に2回、 中学受験対策の学習塾に通い始めた。
1月の入塾テストで合格出来たものの、 上位クラスには入る事が出来なかった。
凛の学校での成績は決して悪いものではなかったが、 塾の勉強においては、 3年生から通っている子達にスタートダッシュで遅れを取っていた。
凛は別に中学受験なんてしたくはなかったし、 出来ればこのまま杏奈と一緒の中学校に通いたいと思っていた。
だから母親に言われるまま塾には通っていたけれど、 必死になって受験勉強をしようとは思えなかった。
週に2回の塾通いはあったものの、 それ以外の時間は自由だったから、 凛は週に2〜3日は杏奈の家に遊びに行っていた。
漫画を読むだけでなく、 一緒に近くの公園に行く事もあったし、たまに杏奈の母親の居酒屋で開店準備を手伝って、 割り箸を揃えたり醤油差しに醤油を追加したりするのも楽しかった。
それを愛に話すと、『あら、面白そうね』などと言って楽しそうに聞いていた。
「それが大きく変わったのは、 小学校4年生の夏休みでした。 夏期講習前のクラス分けテストがあったんです」
塾で行われたクラス分けテストで、 またしても凛は上位クラスに入れなかった。
下位クラスという訳でもなかったので凛は気にしていなかったのだが、 愛が非常に落胆した。
『凛、 今回はもう仕方ないけれど、 次は上位クラスに入れるように頑張らないと良い学校に行けないわよ。 これからはもう少し勉強時間を増やしたほうがいいわ』
学校の宿題以外にも、 毎日2時間は絶対に勉強するよう言われた。
凛は何故そこまで必死にならなくてはいけないのかが分からなかった。
中学に行くのは自分だし、 その自分が公立でも構わないと思っているのだから、 とやかく言わなくてもいいではないか。
ーー 学校の友達の多くはもっと自由に遊んでいる。
私だって好きなようにしたい。
凛のそんな気持ちが態度にも現れていたのか、 愛が凛の行動に口出しする機会が徐々に増えていった。
特に、 愛は凛が学校から帰ってから遊びに出掛けるのを極端に嫌がった。
凛がランドセルを部屋に置いて出掛けようとすると、 廊下に出てきて呼び止める。
『宿題は? 』
『杏奈ちゃん家で一緒にやる』
『家で済ませなさい』
『どうして? 』
『友達と一緒じゃ集中できないわ。遊びたいのなら先に宿題を済ませて行きなさい』
そのくせ、 凛が宿題を終えると、
『明日は塾があるんだからちゃんと予習しないと』
とか、
『毎日2時間は勉強するっていう約束でしょ』
などと言って引き止められ、 結局遊びに行けないという日が多くなった。
ーー 毎日2時間勉強する約束なんかしてないし。
別に医者になれなくってもいいし。
お母さんが勝手に言ってるだけじゃん……。
不満ばかりが募っていった。
問題は、 夏休みに入ってすぐ、 2週間の夏期講習の中日に起こった。
文句を言いながらも真面目に夏季講習に通い、 1週間ほど経ったある日。
凛は塾へ向かう途中で偶然杏奈に会った。
『杏奈ちゃん、どこに行くの?』
『コンビニでアイスクリームを買おうと思って』
『いいな〜、私も行っていい? 』
『いいけど、凛ちゃんは暇なの? 』
『塾に行こうと思ったけど、行かなくても大丈夫』
本当に軽い気持ちだった。
凛は杏奈と一緒に買い物を済ませた後、 そのまま杏奈の家へ行き、 買ってきたおやつを食べ、 漫画を読んでいた。
『この雑誌、 最新号だよね? 私、これの先月号も読んでないみたい。 話が飛んでる』
『それじゃあ2冊とも貸してあげる』
『やったー!』
その時、杏奈の家の固定電話が鳴った。
なんとなく嫌な予感がした。
『凛ちゃん、お母さんから電話だよ』
応答に出た杏奈から呼ばれて、
『あっ、 マズイ! 』
と瞬間的に思った。
凛が電話口に出ると、 案の定、 愛にギャンギャンと金切り声で叱られた。
凛が講習に来ていないと、 塾から愛に連絡が行ったらしい。
数分後に車で迎えに来た愛は、 玄関先で杏奈に向かって笑顔で言った。
『杏奈ちゃん、 悪いんだけど、 もう凛のことを誘わないであげてね。 凛はいい学校に行くためにお勉強しなくちゃいけないの』
笑顔なのに、 凛は背中がゾクリとした。
能面のような表面だけの冷たい笑顔が、 余計に母親の怒りを感じさせた。
『お母さん、 違うの! 私がっ! 』
『ほら、凛、 行くわよ』
愛に強く腕を引かれながら振り向いて、
『杏奈ちゃん、 ごめんね。 またね』
と言った凛に、 杏奈の返事は無かった。
翌日、 塾から帰った凛が自分の部屋に入ると、 昨日杏奈から借りた漫画雑誌が2冊とも見当たらない。
慌てて1階に降り、 キッチンにいる愛に尋ねた。
『漫画なら杏奈ちゃん家に返したわよ。 あんなものばかり読んでるから成績が上がらないの。 遊んでばかりいないでもう少し集中しなさい』
当然のように告げられ愕然とした。
愛が呼び止めるのも聞かず、 凛は杏奈の家へ走った。
ドアのチャイムを押すと、 杏奈の母親が顔を出した。
『凛ちゃん、もうここには来ない方がいいよ。 凛ちゃんは私立の中学校に行くんでしょ? さっき凛ちゃんのお母さんが来てね、 凛ちゃんが勉強しなくなるから、 もうここには来させないでって言われたの。 お店のお手伝いもさせないでって。 凛ちゃんが来ると、おばちゃんが怒られちゃうの。ごめんね、もう来ないでね。 勉強頑張ってね』
申し訳なさそうに言われると、もう何も言えなかった。
そのままトボトボと来た道を戻った。
涙で景色が歪んで、 何度も袖で拭った。
杏奈母娘への申し訳ない気持ちと、 杏奈の家に本を突き返しに行った母の行動を恥ずかしいと思う気持ち、そんな母への怒り。
そして何より、そうなるキッカケを自分の軽率な行動が引き起こしたのだと思うと、 情けなくて悔しくて、 いたたまれない気持ちになった。
家に近づくにつれ、 足がどんどん重くなり、 玄関の前でピタッと止まった。
このまま帰らなければ、 勉強だ塾だと叱られなくて済む。
お母さんの顔も見たくない。
Uターンして何処かへ行ってしまおうか……。
だけど、 自分が帰らなければ、 母親が杏奈の家にまた電話を掛けるだろう。
あの優しいおばさんに迷惑は掛けたくない。
帰るしかない。
他に行く場所が無いのだから……。
***
「小桜…… 大丈夫? 」
不意に奏多に声を掛けられ、 凛は自分の頰を涙が伝っている事に気付いた。
「あっ…… 」
慌てて手の甲で涙を拭う。
叶恵が黙って立ち上がると、 凛の隣に移動して腰を下ろした。
そして凛の肩をそっと抱き、 ゆっくりゆっくり背中を撫でた。
「小桜さん…… 凛ちゃん……って呼んでいい?
凛ちゃん、 辛かったら無理に話さなくてもいいんだよ。ずっといろいろ我慢してきたんだよね。ここでは我慢しなくてもいいから、 とりあえず今は気の済むまで泣きなさい」
「……さっき、 百田君にも同じような事を言われました」
姉弟は慰め方まで似るものなのかと、 なんだか可笑しくなった。
思わず泣き笑いの顔になる。
「友達に母親が言った言葉も辛かったんですけど……もっとショックだったのは、 その事で義父と母が喧嘩になったことなんです」
あの日、 凛は杏奈の家から帰ると、 何も言わず2階に駆け上がり、 自分の部屋に閉じこもった。
愛が夕食だと呼びに来たが、 部屋の鍵を掛けたまま無視をした。
そのうちに玄関で音がして、 尊人が帰宅した気配があった。
愛が何か話したのだろう。 尊人が上がって来て、凛の部屋をノックした。
『凛、 出ておいで。 夕食も食べてないんだって? 』
『食べたくない! 』
『お母さんも待ってるよ』
『お母さんなんか大っ嫌い! 』
諦めたのか尊人は下に降りていったが、 しばらくすると、 階下から言い争うような声が聞こえて来た。
両親が喧嘩をするのは珍しい事だった。
不安になって部屋から顔を出すと、 やはり何か言い合いをしているようだ。
ーー もしかして、 私のせいで?
凛は足音を立てないようゆっくり階段を下り、 下から3段目で腰を下ろして耳をすませた。
声はダイニングルームの方から聞こえてくる。
『だって、 凛が杏奈ちゃんの家に入り浸って勉強しないから! 』
『だからって、 借りて来た本を突き返す事は無いだろう。 やり過ぎだよ』
『借りて来た本って、 漫画雑誌なのよ。 あの子達、 そんな本ばかり読んでるみたいなの』
『凛は学校の成績も悪くないんだろう? 息抜きだって必要だし、 友達とも遊びたいだろう』
『そりゃあ一緒に切磋琢磨できるような友達なら大歓迎よ。 だけど杏奈ちゃんはお受験しないから気楽なのよ。 あの子といると凛までサボり癖がついちゃって全然ダメ! それに杏奈ちゃん家って、 1階が居酒屋でお酒も出してるのよ。 そんな所にしょっちゅう通って、 親の目の届かない所で何をしてるか分からないじゃない!』
『塾をサボるのは良くないけど、 それは凛の問題であって杏奈ちゃんに非はないよ。 あの子には3年生の時から仲良くしてもらってるじゃないか。 失礼な事を言うもんじゃない!』
『それじゃあ、 どうすればいいの? 放っておけば凛はお受験失敗するわよ! 』
『凛は本当に私立に行きたがっているのか? 受験は高校からでも構わないんだぞ? 』
『だってあなたが中学受験を勧めるからっ! 』
『僕はただ、 中学受験をするなら塾に通った方がいいと言っただけだ! 凛が行きたくないのならそんなものは必要ない! 』
『あなただって凛に医者になって欲しいでしょ?! 』
『僕じゃなくて、 凛がどうしたいかだ! 』
『大和君が医者になるから凛はどうでもいいって事?! 』
そのうち愛のすすり泣くような声が聞こえてきた。
尊人が何か言っているようだったが、 そこからは声が小さくなって、 凛のいる場所まではハッキリ聞こえてこない。
凛はしばらくその場に佇んで、 どうしようかと迷ったが、 結局また足音を忍ばせて自分の部屋に戻ると、 布団を被って寝たフリをした。
翌朝、 凛がダイニングルームに行くと、 尊人はダイニングテーブルで新聞を読んでおり、 愛はカウンターの向こうで朝食の支度をしていた。
2人とも凛に気付くと、『おはよう』と何事も無かったかのように笑顔で言い、 凛も『おはよう』と返して席についた。
テーブルに用意されていたオレンジジュースを飲んでいると、 愛が凛の目の前にサラダと目玉焼きを運んできた。
『お母さん、 昨日はごめんなさい』
『ああ、お母さんもうるさく言い過ぎたわ。トーストは1枚? 2枚? 』
『1枚』
お互いに気まずくて視線は逸らしたままだった。
『お義父さんも、 昨日はごめんなさい。 せっかく呼びに来てくれたのに、ごはんを食べずに寝ちゃった』
『そうだな。 食事はちゃんと取らないと、 背が伸びないぞ』
『はい』
あの後2人がどのようは話をしたのかは分からないけれど、 とりあえず、 凛の前では普通にしようという事になっているらしい。
愛が凛の前にトーストを置いて、 そのまま自分も隣の席に座った。
凛はもう一度オレンジジュースを一口飲んで、 グラスをトンとテーブルに置くと、 そっと息を整えてから愛を見やった。
『お母さん、 私、 これからはもっと勉強頑張るね。 塾も休まないでちゃんと行く』
次いで尊人に向かい、
『お義父さん、 私、 いい中学に入れるように頑張るね』
出来る限りの笑顔を作って言った。
『凛、 本当に中学受験したいのか? 無理しなくてもいいんだよ』
『いいの。 私、 お義父さんみたいな立派なお医者様になりたいから。 お義父さん、 勉強教えてね』
昨日の夜、 頭から布団をかぶりながら一生懸命考えた台詞だった。
愛と尊人が驚いて顔を見合わせたが、 それはすぐに安堵の表情になった。
***
「とにかく、 自分のせいで親が喧嘩していたのがショックでした。 義父があんな風に怒鳴るのを初めて聞いたし、 母は泣いてたし、 私のせいで離婚しちゃったらどうしようって…… 」
「そりゃあショックだよね……。 小4でそこまでプレッシャーかけられちゃうとキツイわ。 だけど、 友達の家に漫画を突っ返しに行くお母さんもかなり強烈だよね。 そんなんされたら友達失うわ」
「姉貴、 言い方! 」
ストレートな物言いが、 逆に凛の気持ちを軽くした。
「いいんです。 実際それで、 友達を失いました」
「「 えっ?! 」」
「夏休みの事件から杏奈ちゃんに避けられるようになって、 2学期が始まった時にはもう彼女は他のグループの子と一緒にいました。 そのまま5年生ではクラスも変わっちゃって……」
「孤立したってこと? 」
叶恵の問いに、 凛は首を横に振った。
「5年生になってからは、 同じ塾に通っている子達と一緒にいる事が多くなりました。 学校と塾だけの付き合いだったから私も気が楽だったんです。 だけど…… 」
「「 だけど? 」」
「そのメンバーの1人が好きだった男の子が、 私に気がある……みたいな流れになって…… 」
「うわっ、 女子にありがち! それで今度こそ孤立の流れ? 」
「姉貴! いい加減にしろよ。 言葉を選べって! 」
「はい。 孤立って言うか、 私が離れました」
「「 えっ?! 」」
その頃には凛は塾で上位クラスに入っており、 付き合う友達も同じようなレベルの子ばかりになっていた。 その方が愛が安心したし、 実際に凛への干渉も緩くなった。
同じ学校から来ている上位メンバーで自然に男女混合のグループが出来、 塾の帰りには近くにある自動販売機で飲み物を買って、 しばらく立ち話をしてから解散するという流れが出来ていた。
その中で人気者だった男子が、 明らかに凛に好意を寄せていた。
凛は同じグループの女子の1人がその男子を好きだと知っていたから、 なるべく自分からは関わらないよう気を付けていた。
なのにその男子の方から何かと凛に話し掛けてくるし、 帰りも途中まで一緒に帰ろうと言う。
ある日の塾の授業後も、 その男子が凛に積極的に話し掛けてきた。 その様子を見ている他の女子の空気が明らかに悪くなっているのを感じて、 凛は1人で先に帰ることにした。
翌朝学校に行くと、 塾仲間の1人が凛に近付いてきてコソリと耳打ちした。
『昨日小桜さんが帰った後、 小桜さんのお母さんが愛人だったって言われてたよ』
ーー 『でも、 私が教えたっていうの内緒ね』
そう言って彼女は自分の席に戻って行った。
昨日、 凛が先に帰った後、 人気者の男子に片思いしている子が口火を切って、 凛の噂話になったという。
ーー ねえねえ、 私、 同じクラスの杏奈ちゃんから聞いたんだけど、 凛ちゃんのお母さんって不倫してたんだって。
彼女達は、 凛のことを妬ましく思ったのか、 単純に気に食わなかったのか……。
『もうメンドクサイ』
凛はその日から、 塾の友達とも付き合うのをやめた。
「だから、 中学校に入ってからも、 特定の友達を作らないよう心掛けてきました」
最低限の会話と最低限のお付き合い、 適度な愛想笑いで誤魔化した、 表面上の人間関係。
あとは親が望む道から外れないよう、 おとなしく真面目に過ごしていればいい……。
「そうか……そうやって、 優等生で親思いで『孤高の美少女』の小桜凛が出来上がったってわけだ」
叶恵が訳知り顔で1人頷いている。
「私の場合は、 親思いって言うよりは、 親に逆らうのが怖いとか面倒とか……そっちの気持ちの方が強いんだと思います」
「それは私もなんだか分かる。 自分の意志を貫いて周りとぶつかったり傷付いたりするよりは、 流れに逆らわずスーッと流されてる方が楽だったりするんだよね。 自分で考えなくていいから」
自分で何かを決断するのは恐ろしい。 その結果に責任が生じるから。
自己主張したり逆らったりすれば、 何処かで意見の衝突が起こり、 勝ち負けが生じる。 その結果、妬まれたり嫌われたりという負の感情に巻き込まれる。
だったら何も考えず、 周りに言われるまま、 周りが望むように動いていればいい。
そうすれば責任もないし衝突もない。
誰かと揉めるにせよ、 1人で我慢するにせよ、 どちらにしてもストレスにはなるのだ。
だったら自分は我慢する方を選んだ方がいい……。
凛はそう思うのだ。
ーー だけど……。
「私、 百田君のお陰で、 ちょっとだけ冒険しようって思えたんですよ」
「えっ、 俺?! 」
「えっ、 奏多?! 」
「はい。 百田君は覚えていないかも知れないけれど、 私は1学期の期末テストの最終日に百田君が話していたのを聞いて、 漫画を買いに行こうって決心したんです」
奏多と叶恵が両側からビックリ顔で凛を見つめた。