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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第4章 2人の試練編
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29、 父と息子 (1)


夏休みも終わりに差し掛かった8月第4週の土曜日、 尊人と大和は高層ビル42階のフレンチレストランで、 向かい合ってランチをとっていた。



「珍しいね、 大和から連絡してくるなんて…… というか、 初めてじゃないかな? 」

「…… 初めてですね」



大和は1万2千円コースのメインディッシュ、 イチボ肉にワサビを添えたクリスピーステーキにゆっくりナイフを入れながら、 無言で口に運んでいる。


その整った顔を正面に見ながら、 尊人は彼の真意が(つか)めず少々戸惑(とまど)っていた。




尊人が大和からのメールを読んだのは、 病棟回診を終えて『胸部外科部長』の札がかかった自分の部屋で白衣を脱いだ後だった。



土曜日は病院の外来が無いので基本的には休みのはずなのだが、 前日に手術をした患者の経過を()集中(I)(C)療室(U)に行ったついでに、 自分の患者の病室も(のぞ)くことにした。


一度病棟(びょうとう)に顔を出せば看護師(ナース)が待ってましたとばかりに患者の処置や指示を求めてきて、 なんだかんだとしているうちに、 あっという間に昼近くになってしまっていた。




『近いうちにお時間いただけますか』


大和からのショートメールは本当に一言だけの短いものだったが、 彼から連絡を取ってきたのが初めてだったので、 最初は他の誰か(あて)の文章を間違って送ってきたのかと思った。



ーーそれでも、もしも本当に自分に向けたものだったら……。



もしかしたら緊急事態が起こったのかもしれない。

先日の凛に関する密告電話が脳裏(のうり)に浮かんだ。


別れた元妻に電話してみるか……駄目だ、 内緒の相談なのかも知れない。



胸ポケットから黒い手帳を取り出してスケジュールを確認しようとして、 すぐに閉じた。


医師のスケジュールなんて、 あって無いようなものだ。

いや、 今この瞬間だって、 患者が急変して呼び出されたら、 このまま手術(オペ)室に直行しなくてはいけないかも知れないのだ。



ーー 今だ。



『今日これから一緒にランチでもどうかな』

『大丈夫です。 集合場所のアドレスを送って下さい』


返ってきたメールを読んで、 思わず顔が(ほころ)んだ。


ーー やっぱり間違いメールでは無かった!



尊人はすぐに自分の馴染(なじ)みの店に予約を入れると、 壁に掛けられた四角い鏡を(のぞ)いてネクタイを整えた。



***



「……ッ、 クシュン! 」



「大丈夫か? 風邪を引いてるんじゃないのかい? 」

「いえ、 大丈夫です。 きっとどこかの馬鹿(バカ)ップルが僕の(うわさ)話でもしてるんですよ」


「馬鹿ップル?…… というのは流行(はや)りの言葉なのかな? 」

「流行り…… というか、 若者は普通に使ってますね。 あなたの娘さんと百田先輩みたいなカップルを見た時に使うといいですよ」



ーー えっ?!



尊人は手にしていたナイフとフォークをガチャンと皿に置いて、 驚愕(きょうがく)の表情で大和を見つめた。



「ちょっと待ちなさい! 娘さんって…… 凛を知っているのかい? 百田…… 奏多くんも? 」

「はい。 学校が同じですし…… 会って話したこともあります」


「会って…… って、 どういうことなんだ? 」



大和が第一希望の受験に失敗して滝山中学に入学したことは知っている。

しかし凛とは会わせたことが無いからお互いの顔を知らないし、 どこかですれ違ったとしても交流を持つことは絶対に無いと思っていた。



大和は食事をする手を止めて、 今まで見たことの無いようなイタズラっぽい目で尊人を見た。



「娘さん…… 彼氏と会わせてあげないんですか? 」

「…… どうしてそれを? 」


「娘さん…… 凛さんと昨日、 塾で会ったんですよ。 すっごいムクれてましたよ」

「ムクれて…… って…… 」


「あの2人、 言いたいことを言ったら返り()ちにあったんですってね」



目の前でクスクス笑いながら、 心から楽しそうに、 饒舌(じょうぜつ)に語っている息子の姿が新鮮だった。



元妻と離婚してからも、 大和と年に数回会うことだけはずっと続けている。


彼がまだ小さい頃は「パパ」と呼んで(なつ)いてくれていたものの、 父親のしでかした事が分かる年齢になってくると徐々に口数が減り、 笑顔を見せなくなった。

尊人に対して敬語を使い出したのも、 この頃からだ。


思春期に差し掛かるとそれが顕著(けんちょ)になり、 尊人と会うのは『義務だから仕方がない』とでも言うように、 あからさまにメンドくさそうな顔をするようになった。



なのに、 今、 目の前で喋っている大和は、 普通の10代の少年で…… それはまるで初めて会う人のようで……。



ーー 大和がせっかく(しゃべ)ってくれているんだ、 邪魔(じゃま)しちゃいけない。



話の流れを絶対に止めないようにと細心の注意を払いながら、 尊人は目を細めて、 何度も何度も熱心に相槌(あいづち)を打っていた。



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