27、 それぞれの夏休み (前編)
『凛、 塾の勉強頑張ってますか? 今日は家に一馬と陸斗が泊まりに来ていて、 ゲームをしてたら姉貴にモデルをやらされたよ。 『一馬にメガネを取られて照れ顔しろ』って、 冗談じゃねえ! 』
『奏多、 私は今日は塾から帰ってから母と一緒にパンを焼きました。 パン生地を捏ねるのは結構な力仕事で手首が痛くなりました。 でもお陰で美味しいメロンパンが焼けたよ。 今度奏多にも食べさせてあげたいです。 モデルご苦労様でした。 『メガネを取られて照れ顔』、 見たかったです』
楽しいはずの夏休みが、 今年はなんだか気の抜けた炭酸のように味気ない。
何をしていても心から楽しむことが出来なくて、 気付けばカレンダーを見ては溜息をついている。
奏多と凛が会えなくなって、 はや5週間。
2人は律儀にも尊人との約束を守って、 学校以外では会わないようにしていた。
……とは言っても、 小桜家に行った翌日から夏休みに突入してしまったので、 実質あの日以来、 お互いの顔さえ見れないまま今日に至っている。
愛はあの日の会談で凛から聞いた本音がかなり応えたらしく、 表面上は普通に接しながらも、 どことなくぎこちない態度が続いている。
凛は尊人から『今はとにかく学生としてやるべき事をしなさい。 あとは君たち次第だ。 それと…… 僕でもお母さんでもいいから、 思ったことはなるべく話して欲しい』
と言われている。
だから、今はお互いやるべき事をしっかりやって、 2人なら大丈夫だと認めてもらえる日を待つしかない……。
***
ガコンッ!
凛が体を屈めて自動販売機から微糖コーヒーを取り出そうとしていると、 不意に後ろから声を掛けられた。
「小桜先輩、 休憩中ですか? 」
コーヒーを片手に振り向くと、 そこにはニッコリ笑った天使くんが立っていた。
「あれっ、 大和くん、 同じ塾だったんだ」
「そうみたいだね。 僕はこれからだけど」
「そっか、 夏期講習じゃないと時間が重ならないんだね」
大和は辺りをキョロキョロ見回して、 不思議そうな顔をしている。
「あれっ? 今日はあのメガネ先輩は一緒じゃないの? もう別れたの? 馬鹿ップル解消? 」
今の凛にとってシャレにならないセリフをサラッと言われて、 思わずムッとする。
「天使くんには関係ないでしょ」
キッと睨みつけてから自販機の横のベンチに座ったら、 当然のように大和も隣に座ってきた。
「どうして座ってくるのよ。 早く授業に行きなさい」
「へえ〜、 なんかイラついてるね。 ケンカでもした? この前の灯里って子に横取りされたとか? 」
ただでさえストレスが溜まってるところに、 一番聞きたくない名前をピンポイントで、 しかもニヤニヤしながら言ってくるとは……。
「別れてないし、 ケンカもしてません! ただちょっと、 冷却期間というか…… 親に認めてもらうための準備期間っていうか…… 」
「なに、 反対されてんの? 」
「反対というか…… しばらく会わないって親に約束したから。 その間はお互いに自分がすべきことをしっかりやろうって決めたの」
「ふ〜ん、 相変わらずクソ真面目だね。 そんなの内緒で会っちゃえばいいのに」
「そんな信用を裏切るようなことはしないよ! そう言えば、 ちゃんとお義父さんと連絡取ってるの? 息子なんだからマメに近況報告くらいしなさいよね」
「なんでだよ、 そんなのしねえよ」
「私はここ最近で、 自分の気持ちをちゃんと伝えることの大切さを学んだの。 だから先輩としてアドバイスしてるのよ」
「先輩ねえ…… 」
「お姉さんでもいいけど、 それは嫌なんでしょ? 」
「嫌に決まってるだろ! あんたは姉貴じゃねえし! 」
「本当の姉貴じゃなくても、 それに近い関係にはなれるじゃない。 私、 叶恵さんと奏多を見てるといつも羨ましくなるの。 いくらケンカして悪口を言い合ってても、 本音の部分では深い愛情で結ばれてるじゃない? 私は今までそういう人間関係を築いてこなかったから。 家族に対しても…… 」
それは大和も同じだった。 世の中を舐めてかかって、 周囲の人間を見下して……。
「それに、 私は自分の本当の父親の顔も殆ど覚えてないけれど、 あなたは会って話すことが出来るんだもの。 憎いとか嫌いとか、 言いたいことがあったら言っておいた方がいいわよ。 私と奏多は返り討ちにあったけどね」
「えっ、 マジで? 」
「うん、 マジで。 でも、 おかげで前よりは本音で話すようになった」
「…… まあ、 いいわ。 大和くんも遅刻する前に教室に入りなさいね。 勉強頑張るのよ、 分かった? じゃあね」
空き缶をリサイクルボックスに入れると、 そのまま午後からの授業に戻っていった。
「うわっ、 思いっきり姉貴風吹かせやがって…… 」
ーーでも、 学校のマドンナからこうやって説教されるのも悪くないな。
首の後ろを掻いて照れ笑いしながら、 凛とした後ろ姿を見送った。