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背中合わせのアフェクション 〜キミとオレとの関係性〜  作者: 田沢みん(沙和子)
第4章 2人の試練編
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26、 ペナルティー


奏多が想いの(たけ)を語り尽くして黙り込むと、 その場にいきなり静寂(せいじゃく)が訪れて、 不思議な空気で満たされた。



言いたいことが言えたという安堵感(あんどかん)、 言ってしまったという気まずさ、 知らなかったことへの後悔、 知ってしまったことへの驚きと戸惑い……。


いろんな感情がない交ぜになって、 お互い何も言えずに表情を(うかが)っている。




「…… そんな…… 凛がそんなに悩んでたなんて」


沈黙を破ったのは愛で、 彼女が誰に言うともなく(つぶや)いた途端、 止まっていた空気が流れだした。


「うん、 夫婦喧嘩(ふうふげんか)まで聞かれていたとはね……。 娘にここまで気を遣わせていたとは…… 情けないよ」


尊人が愛の肩に手を置くと、 彼女は泣きそうな顔で尊人にもたれかかった。


ショックを隠せずに伏せたその長い睫毛でさえも、 なんだか凛に似ているな…… と思いながら、 奏多はぼんやりと2人を眺めていた。



「凛…… 悪かったね。 話してくれてありがとう」


凛が腫れた目のままこっくり頷き、 それを待って叶恵が口を開いた。



「小桜さん、 私は凛さんと奏多の恋がゆっくり育っていくのを近くで見守ってきました。 2人の関係には決して恥ずべき事もいかがわしい事もありません。 どうか交際を認めていただけないでしょうか? 」


叶恵が立ち上がって頭を下げるのを見て、 奏多と凛も慌てて立ち、 深く頭を下げた。



「それはちょっと待ってくれないか」

「えっ? 」



「君たちの言っていることは良く分かったし、 私自身も反省すべきことが沢山ある。 だけどね、 親としては、 『はい、 そうですか』とは簡単に認められないんだよ」


「…… と言うと…… 」



「年頃の娘が、ご両親が留守の家に通っていて、 しかも1年近くも親を騙していたんだ。 私たちは図書館で勉強していると聞かされてたんだから、 そりゃあショックだし、 信用できないよ」


「凛さんにそうする理由があったと分かっても…… ですか」

「分かっても…… だ」



「このノートを見て、 君たちなりにルールを決めて凛を守ってくれていたことも分かった。 だけどその上で、 やはりきちんとしたケジメはつけるべきだと思う」



ノートをパタンと閉じてテーブルに置くと、 落胆した表情の凛と奏多を見ながら、 こう宣告した。



「しばらくの間、 2人で会うのを控えてもらう」



「えっ…… 」


「奏多くん、 私はもう君に凛と別れろとは言わないよ。 だけど、 プライベートで会うのはしばらくやめてもらいたい。 もちろん凛が君の家に行くのも禁止だ」

「お義父さんっ! 」



「凛、 これは別にイジワルで言ってるわけじゃないんだ。 奏多くんの近くには密告電話をするような子がいるんだ、 しばらくは用心した方がいい。 これは親として当然の気持ちだろう? それにね…… まだ高校生になったばかりの君たちが、 のぼせ上がって前のめりに進む事も危惧(きぐ)してるんだよ」


「そんなことっ!…… 」


「ないとは言い切れないだろう? 今はお互いのことしか見えてないからね。 だけど、 それは初めての恋で舞い上がっているだけかも知れない。 だから、どうだい? しばらく離れて、 自分のこと、 お互いのことをもう一度ゆっくり考えてみては」


黙ったままの2人を見て、


「絶対に会うななんて言わないよ。 同じ学校に通ってるんだから、 学校では自由に喋ればいいし休み時間も一緒に過ごせばいい。 ただし、 プライベートではダメだ。 親に隠れて会っていたぶん、 これからは自粛(じしゅく)して、 学校以外では会わない。 付き合いを認めて欲しいというのなら、 これを守って欲しい」



「期間は…… それは、 いつまでなんですか? これからずっと学校以外では会わせてもらえないんですか? 」


「それは君たち次第だ。 僕たちが2人を見てて信用できると思ったら、 この規則を撤廃(てっぱい)しよう」


「つまり、 今のところは無期限…… 」


「そういうことだ。 どうだ、 守れるかい? これはペナルティーなんだ。 無理だというなら今すぐ凛と別れてもらって構わない」


「お義父さん! 」



もしかしたら自然消滅を狙っているのかもしれない。

別れろとは言われないにせよ、 このままずっと会えなければ付き合っていないも同然じゃないか……。


だけど、 それを拒否したら今すぐ別れることになる。 苦渋(くじゅう)の決断。



「…… 分かりました。 学校以外では凛さんと会いません」

「奏多っ! 」



「だけど…… 信用できると思ったら、 凛さんとのお付き合いを認めてください。 認められるように頑張ります。 よろしくお願いします」



奏多がもう一度頭を下げると、 尊人が目を細めて満足げに頷いた。



「分かってくれて嬉しいよ。 見たところ君は賢そうだし、 それにとても誠実だ。 必ず約束を守ってくれると信じてるよ」


「…… はい」




尊人と愛、 そして凛の3人に玄関で見送られて、 叶恵と奏多は小桜家をあとにした。


帰り際に見た凛の表情は、 不安げで不満げで……。

何か安心させる言葉を言わなくてはと思ったのに、 出てきたのは「それじゃ、 また」だけだった。



『それじゃ、 また』



その『また』はいつ来るのだろう。

明日からはもう夏休み……。



「これじゃ、 勝ったのか負けたのか分からないわね」


駅へと歩きながら叶恵がため息まじりにそう言ったけれど、 引き分けと言うにはこちらの条件が悪過ぎるような気がする。


『付き合いを認める』という言葉は最後まで聞けなかったし、何より『学校以外では会えない』という大きな(くさび)を打ち込まれてしまったのだ。しかも無期限。


向こうは、 このまま2人を一生会わさずにいようと思えば、 そうすることも出来る。



「でも……別れることは回避(かいひ)して、 首の皮一枚でどうにか繋がったんだ、 諦めずに頑張るしかないよ」

「そうだね…… 」


「姉貴がプチッとキレた時はどうしようかと思ったけどね」

「はああ? キレてないし! 」


奏多が笑いながら言うと、 叶恵が心外という顔で反論した。



「でも…… 今日はありがとう。 助かったよ」

「…… うん、 疲れた。 帰ったら紅茶淹れて」

「うん…… 俺も疲れた。 ジンジャーとハチミツたっぷりにするよ」

「頼んだ」



ーー また凛と一緒に家で紅茶を飲める日は来るのだろうか……。



南東の夜空にぼんやり浮かぶ月を見上げながら、 凛も今、 同じ月を見ているのだろうか…… と思った。


奏多の複雑な想いとは裏腹に、 雲の切れ間から(のぞ)く星は、 キラキラと楽しげに(またた)いていた。



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