25、 総力戦 (後編)
その場の全員が固唾を飲んで見守るなか、 最初に話し始めたのは凛だった。
両親が再婚してからずっと気を遣っていたこと、 遠慮していたこと、 そして祖母の言葉……。
「 凛、 あなた、 本当のお父さんの事を聞いてたの?…… 」
そこまで聞いて驚いたのは母親の愛で、 手で口元を覆って目を見開いている。
「うん、 お祖母ちゃんから聞いて、 自分の父親がどんな人だったのか知った」
「どうして黙ってたの?! そんなこと、 一言も…… 」
「私たちには言い出せないような親子関係だった…… ということなんだろうな…… 」
「あなた! 」
「凛…… 叶恵さんも、 どうぞ続けてください」
それを聞いて、 凛が話を続ける。
安奈ちゃんのこと、 漫画デビューのこと、持ち物検査のこと、 百田家でのこと…… 凛が言葉に詰まると叶恵と奏多が補って、 ゆっくり、 またゆっくりと語っていった。
凛の話を聞きながら、 一緒に語りながら、 9月からの出来事が次々と奏多の脳裏に浮かんでくる。
夕方の図書館、 姿勢良く座っていた君、 長い睫毛…… 背中に滲む涙、 水たまりに落ちた傘、 背中合わせの告白……。
ーー 凛のお義父さん、 お母さん、 どうか彼女の言葉を受け止めてあげてください。
彼女が振り絞った勇気を無駄にしないであげてください。
今、 彼女が打ち明けているのは、 幼い頃からずっとずっと心に閉じ込めてきた本当の彼女の姿です。
幼いあの日に置き去りにしてきた本当の凛を、 どうか抱きしめてあげてください……。
気付いたら涙が頬を伝って、 視界がじんわり滲んでいた。
「ヤバイ、 恥ずかしい」 と思って凛を見たら、 彼女も泣きながら、 言葉を詰まらせながら、 それでも自分の気持ちを伝えようと話すことをやめなかった。
そして、 期末考査で1位を取ったところまで話した頃には、凛の顔は涙でグチャグチャで、 擦れた目が真っ赤に腫れていた。
その姿を、 泣き顔を見た途端、 それまで考えていた言葉が全て吹っ飛んで、 代わりに胸いっぱいの凛への想いだけが溢れ出て……。
「小桜さん! 」
突然の奏多の大声に一同が静まり返り、 全ての視線が一身に集まる。
奏多はゴクリを生唾を飲み込むと、 覚悟を決めて最初の一言を発した。
「小桜さんは…… お二人は、 今この時以外で凛さんが泣いたところを見たことがありますか? 」
「それは、 当然…… 」
「小さい頃じゃないですよ。 中学校、 高校…… 最近のことです」
「……。 」
「僕は、 凛さんと親しくなってからまだ10ヶ月ほどで、 付き合い始めてからで言えば、まだたった3ヶ月です。 だけど、 そのほんの1年弱の間で、 彼女の涙を沢山見てきました」
「彼女は、 親の期待に応えたい、 二度と母親を泣かせたくない、 そのためなら何でもすると、 僕に言いました。 そして実際に、 そのためにいろんな事を我慢して、 涙も隠して頑張ってきました」
「彼女は笑い上戸なんですよ。 一旦笑ったら止まらなくて大笑いしちゃって、 こっちまで釣られて笑っちゃうんです。 僕は彼女の笑顔を見てると幸せな気持ちになれて…… 彼女の可愛い笑顔を見たくて、 彼女が笑える場所を作ってあげたくて…… ただそのためだけに、 去年の9月から必死に秘密を守ってきました」
「だけど…… 本当は彼女は、 家でも本当の姿を見せたかったんじゃないかと思います。 そのままでいいんだよって言って欲しかったんだと思います。 僕はご両親にも、 彼女が思いっきり笑ってるところを…… それだけじゃなくて、 怒ったり拗ねたりする、 普通の高校生らしい素顔を全部見て欲しいです」
「本当に、 彼女の笑顔は素敵で可愛くて…… 」
「ちょっと待ってくれ…… 分かった」
「えっ? 」
突然ストップをかけた尊人に戸惑いながら、 奏多は口を半分開けたまま言葉を切った。
「君の言っていることは良く分かった。 凛が素顔を見せられる場所を作るのは、 本来なら親である私たちの役目なのに、 そういう場所を与えてあげることが出来なかった。 代わりに君とお姉さんが凛の逃げ場所になってくれてたんだね」
「それと…… 君が凛のことを心から好いていてくれるのは…… 嫌っていうほど分かったよ」
「えっ?! 好いてっ?! いや、 好いてますけどっ…… 」
「ハハハッ、 親の前であれだけ可愛いを連呼されると、 こちらの方が照れるんで勘弁して欲しいけどね」
「あっ、 その笑い方…… 」
「んっ、 何かな? 」
「お義父さんの笑い方…… 笑う時の仕草とか、 凛さんととても似てます。 やっぱり親子なんですね」
奏多にそう言われ、 尊人と凛が驚いたようにお互いの顔を見合わせる。
血の繋がりは無くとも、 10年近く一緒に暮らしてきた親子なのだ。
お互い遠慮しつつも、 ちゃんと親と子の絆は深いところで繋がっているのだろう……。
ーー 言いたかったことは…… 伝えたかったことは、 全部言えた……と思う。
あとは尊人と愛の審判を待つだけだ……。