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//事件から2日(金)//


19時のニュース。

被害者の実名報道が行われた。

遺族の親同士で話し合って決めたという。

愛川さんのお父さんが、カメラに向かって叫んでいた。

「私は広告マンを長くやっていますから、世の中というものをある程度知っています。 世の中は忙しいから、叫ばないと気付いてもらえない、足を止めてもらえない。 碧の怒りを、苦しみを、私が叫ばなければ、すぐに忘れられてしまう。なかったかのようにされてしまうんです」


//事件から3日(土)//


《できるだけ全員、出席するように》

そう言われていたが、お葬式はテレビで見ることになった。

「犯人、捕まっていないんですよね? 怖いです」

近隣住民の声として、若い女性の姿が映し出される。

続いて、高齢の女性。生前、向坂詩織さんと親交があったと紹介された後、

「ショックだわ。花を愛するいい子だったのに」

「詩織さんは花が好きだったんですか?」

「そうよ。ボランティアで公園の掃除をしているんだけど、詩織ちゃんはよく手伝いに来てくれてた。おばあちゃん達のつまらない長話を嫌な顔ひとつせず聞いてくれたし、とってもいい子よ。 花はね、特にアセビの木がお気に入りで、丁度この前も満開に咲いたアセビの木をみんなで観たの。犯人は許せない」


//事件から4日(日)//


19時のニュース。

「経済アナリストであり、向坂詩織さんのご遺族である、向坂早織さおりさんが、動画サイトに、犯人のプロファイリングについての動画をアップしました」

疲れた顔をした女性が画面に映し出された。

「今日……学校で臨時の保護者会がありました。 情報コントロールの一環らしくネットなどで内容を語ることは禁止されています。……ですから、感想だけでも言っておこうと思います。 正直、幻滅です。 皆さんもご存知の通り、1年前にも同様の事件がありました。 それなのに警察は1年も犯人を逃す無能っぷりで……防犯対策だけ上から語り……マスコミは野次馬根性でのぞきに来るし……学校は、再発防止とか……再発してるのに同じこと言ってるだけ……こんな状態で黙っていたら、本当に……事なかれ主義の無能どもの思うつぼのような気がするので……私はこうして発言することにしました。私は泣き寝入りしません。 私なりにプロファイリングをしてみました。 犯人は20代男性、無職。自分よりも弱い立場の人しか攻撃できないインポ野郎。ここでいうインポというのは肉体的な話ではなく精神的なインポということです。 つまり、肝心な時に行動を起こせず、勝手に挫折して引きこもるくそ野郎のことです……私は、オマエと刺し違える覚悟はできている。 どうせ、自分は悪くない、世の中が悪いとか、被害妄想ふくらませてんだろ。甘えてんじゃネーヨ! 言いたいことがあるなら本を書けッ。勝手に人様の大事な家族に八つ当たりしてんじゃねえよ!」


//事件から5日(月)//


休み時間を使っての臨時集団カウンセリングが開始された。

座り慣れたパイプ椅子の感触。

「こんな事件が起こるなんて……残念ね」

「先生も……お疲れ様です」

「あら、疲れて見える? しわが多いのはもとからよ?」ニコっと笑った。

「前から勧めているけど、旅行はできた?」

「いいえ」

「そう、旅行はお勧めよ」

どこに行っても、自分から逃げられるわけじゃない。

「不謹慎を承知で言うけれど……絶望に対しては、あなたの方がみんなより先輩よ。自信を持っていいわ」

「先輩と言われても……何をしたらいいのか」

こんな俺になにかできることがあるのか。……見当もつかない。

「そうね……同じ痛みを抱える人と、会って話をすることは……お互いの助けになるわ」

遺族に会え、ということだろうか。

葬式に出席しなかったことを先生は知っているのだろうか?

「西條さん、休んでるでしょ」

「はい」

「解離性健忘なんですって。事件のことを思い出せないって警察の方が相談に来られたのよ。……無理もないわよね。友達が目の前で殺されて、自分だけ助かるなんて……受けとめるのもつらいと思うわ」

「俺は、会いに行った方がいいんでしょうか」

「ごめんなさい、嫌な言い回しだったわね……でも、あなたなら、彼女の力になれるかもしれないわ」


帰りのホームルーム。

静かな教室。

どことなく、妹が亡くなった直後のクラスの雰囲気を思い出す。

けれど、灰色だった空気が黒く濁っただけで、もともと自分の世界は、あの時から色あせてしまっていた。

西條桜子の机を見る。

クラスメイトが殺されていく中、たった一人助かった少女。

今、彼女の世界の色は、何色なんだろう。

「誰か西條にプリントを届けてくれないか」

手をあげるべきだろうか。

「はい!」ハッキリとした返事が聞こえる。

クラスで《メガネちゃん》と呼ばれている女子生徒。

なんか、すごいな。


放課後。

プリントを届けるでもないのに、家の近くまで来てしまう。

中に入るわけにもいかず、近くの公園でゆっくりする。

「西條さんのお嬢さん、学校に行けないんですって」

立ち話の声が聞こえてくる。

「そりゃそうよ。 サバイバーズ・ギルトって言うんでしょ?」

「なにそれ?」

「ほら、この前の地震のとき話題になったでしょ? 被害者がね、自分だけ助かったことに罪悪感を覚えるんですって」

「生きていることに罪悪感を覚えるってこと?」

「そう、サバイバーズ・ギルトよ」

「そお……大変ねぇ」

《ごめん……ごめん……お兄ちゃんが、ひとりで行かせたから!》

だからと言って、死ぬわけにもいかない。

妹を失った悲しみを、父さんと母さんに押し付けてはいけない。

自分を責めているのは、俺だけじゃないんだ。

父さんも母さんも、ずっと苦しんでいる。

その上、俺まで死んだら……、

そんなことはあってはいけない。

絶対にあってはいけない。

「あれ? 高村君?」

顔をあげるとメガネちゃんがいた。

プリントを届けた帰りだろうか。

「西條さん、どうだった?」

「うん……思ってたより落ち着いてたかな」

「そっか……よかった」

けれど、一見落ち着いて見えても、実際には傷が深すぎて見えないということもある。あまりの悲しみに、すべての感情が押しつぶされている可能性もある。

「西條さんが気になるんだ……ミステリアスな雰囲気が男心をくすぐるのかな」

「?」

メガネちゃんはばつが悪そうに笑うと、西條さんとの話をしてくれた。


「自分を責めちゃダメだよ?」

「? どういうこと?」

「サバイバーズ・ギルトっていうんだって、……自分だけ生き残っちゃった罪悪感、みたいなもの……」

「物知りなのね……でも、大丈夫よ」

「そっか……なら、いいんだけど」

「そうね……強いて言うなら、罪悪感がないのが、罪悪感かもしれないわね」


「《罪悪感がないのが、罪悪感》?」

どういうことだ。

「彼女なりの強がりかもしれないよ」

「……そっか……」

メガネちゃんが言うなら、そうなのかもしれない。

少なくとも、俺はどうこう言えるほど、西條さんのことを知らない。


19時のニュース。

視聴率が良かったのだろうか? 昨日につづいて向坂早織さんの動画が取り上げられる。

「私のプロファイリングでは、犯人は自首しません。 自分が悪いことをしたと思っているなら、二度目の犯行はあり得ないからです。 犯人は自分が悪いことをしたとは思っていません。頭のおかしいインポ野郎です。ボクは悪くない、悪いのは世間だ。とかグチグチぶつぶつ独り言言って、世の中を謳歌しているカワイイ女子高生たちを、リア充を、うらやましいからって八つ当たりする単細胞野郎です。 だよな!? オマエだよオマエ! 犯人、見てんだろ!? さっさとかかってこいや!」


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