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ニャーチェイス

作者: セレソン28

 そのエサ場はマイケルの縄張なわばりではなかった。

 それどころか、近所のどの野良のらネコのものでもなかった。いわば聖域サンクチュアリとして、みんなのものであったのだ。

 そこが老人ホームと呼ばれる場所であることをマイケルは無論むろん知らなかったが、いつでもエサにありつけることはわかっていた。退屈している老人たちは気前よく食べ物をくれたし、風雨が激しい日には格好かっこうの避難場所になった。

 マイケルという名前も、そこの老人たちに付けられたものだ。薄い茶色の縞模様しまもようが、むかし流行はやったマンガの主人公に似ているのだという。

 ところが、数日前からその場所の周りに高いかこいが作られ、中に入れなくなってしまった。中からはバリバリという大きな音が響き、大勢の人間の話し声も聞こえてきた。

 しばらくはその近くを離れずにねばっていたマイケルの仲間たちも、次々にあきらめて去って行った。

 マイケルがそこに残ったのは、他に良いエサ場を持っていなかったからに過ぎない。

 空腹が限界に近づいたその日の朝、マイケルは囲いの中が静かになっていることに気付いた。人間の気配もしない。今なら忍び込めるかもしれないと、囲いの周りを回ってみた。

 すると、ちょうどかどつなぎ目に十センチほどの隙間すきまを見つけ、体をくねらせて中に入った。

 中の様子を見て、マイケルは唖然あぜんとした。

 老人ホームがあったはずの場所は、まったくの更地さらちになっていたのだ。建物がなくなると、やけに広々としている。むき出しになった地面には、無数のキャタピラーのあとが残っていた。

 風向きが変わり、マイケルの鼻がピクッと動いた。食べ物のニオイがするのだ。

 見回すと、敷地しきちの一角に細いロープで囲まれた場所があり、白木しらきで作られた台の上に季節の野菜とたい尾頭付おかしらつきがっていた。

 誰かが地鎮祭じちんさいの準備をしている途中らしいが、そんな事情はマイケルの知ったことではない。幸い、今は誰もいないようだ。

 マイケルは目を細め、姿勢しせいを低くした。匍匐ほふく前進しながら慎重に少しずつ台に近づいて行く。

 と、その時、物陰ものかげから黒い影がサッと飛び出して来た。クロネコだ。マイケルと同じように老人ホームに出入りしていたノワールというネコであった。

 ノワールは躊躇ちゅうちょなく鯛の尾頭付き目がけてジャンプし、鯛をガッチリくわえると、白木の台の向こう側に走り去った。

 突然の出来事にかたまっていたマイケルは、事態が飲み込めるやいなや、いかりに全身の毛を逆立さかだてた。

「フーッ!」と威嚇いかくの声を上げ、ノワールを追いかけた。

 台の向こうには囲いの出入口があり、少し開いていた。ノワールがそこから逃げたことは間違いない。

 マイケルが通り抜けると、後ろから「このドロボーネコめ!」という人間の声がした。とんだぎぬである。

 この近所は住宅が建て込んでいるが、イヌをっている家が多いため、敷地内に入らないのがネコたちの暗黙あんもくのルールになっていた。

 ノワールが角をどちらに曲がったのか一瞬まよったが、マイケルは右へ走った。

 果たして、その先のY字路の方に逃げて行くノワールのシッポが見えた。

 マイケルは「ニャーッ!」と雄叫おたけびを上げ、猛然もうぜんとダッシュした。

 追ってくるマイケルの気配に、ノワールはギクリとしたように立ち止まってこちらを見た。が、すぐに全速力で向こうに走り出した。

 ノワールは、Y字路を左の細い方に入って行く。お互い長距離を走れないことはわかっているから、どこか身をかくす場所を探しているようだ。

 追いつ追われつしているマイケルたちの気配けはいに気付いたのか、近所の飼いイヌたちが一斉いっせいえ始めた。

 Y字路の左の道は少し坂になっている。ノワールはその坂道をずんずん登って行った。

 坂の上にある児童公園か、その横の二階建ての家を目指しているようだ。そこはこの近所では珍しくイヌを飼っていない家なのだ。

 あんじょう、ノワールはその家の門をくぐり抜けた。

 細長いアプローチを駆け抜け、玄関の横の大きなポリバケツに飛び乗り、雨樋あまどいつたって玄関の上のひさしに登った。

 だが、その横に突き出ている二階のベランダまでジャンプするのはさすがに距離があり過ぎるため、ノワールはそこで止まって下を見た。

 マイケルはようやく追いついたものの、玄関の下で動けなくなった。空腹のあまり駆け上がる力が出ないのだ。

 庇の上のノワールを見上げ、「ニャア」とうらめしそうに鳴いた。

 ところが、それにつられたのか、勝利を確信して油断したのか、ノワールも「ニャア」と鳴き返してしまったのだ。

 上から落ちて来た鯛の尾頭付きを、マイケルは見事にキャッチし、後も見ずに走り去った。

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