第三話 世界最強
「じゃあ、ハヤトはここで待ってて欲しいんだけど……」
中に入ると、二階の交流酒場と同じような光景が広がっていた。二階より閑散としているが、何が「S級」なんだろうか。
「あ、あの子とちょっと話してて」
マリンがフロアの隅、窓際の席にいる一人の男の子を指さした。窓の外の光景が気になるが、全ての窓はカーテンが掛かっている。
男の子は六歳前後だろうか。俺には九歳の弟がいる。というか俺は一回死んだんだから、「いた」が正しいのだが、それより年下に見える。
「喋らない子なんだけど、私の友達だから、一緒に来たって言えば大丈夫だよ」
喋らない子……? 口数が少ないのは若干不安だが、マリンが言うなら大丈夫なんだろう。
「わかった」
「あ、酒場って名前だけど、別に注文しないといけないってわけじゃないから」
よかった。こういうところで何を頼めばいいのかなんて全くわからない。ミルクを頼むと「坊やは帰ってママのおっぱいでも飲んでな!」って言われるのは知ってる。
「じゃあ、またあとでね。少ししたら迎えに来るから」
「ああ、待ってる」
マリンは軽く手を振ってさらに階段を上って行った。
思えば、五階まで階段で上ると少しは疲れそうなものだが、全く疲れなかった。この世界に来たばかりに脚力を強化してもらったからそのお陰かもしれない。マリンは言わずもがな、身体強化か。
言われた通り、男の子の方へ向かう。ただでさえ人の少ないこの酒場だが、たまたまか、男の子の周りは誰も座っていなかった。
「はじめまして。俺は、ハヤト。マリンと一緒に来たんだけど、君と話しててって言われて……、相席いいかな?」
男の子はコクリ、と頷いた。本当に口数が少ないんだな。この子の許可は貰ったので、向かいの席に座らせてもらった。レストランにありそうな四人席だ。男の子は壁沿いで、いわゆるソファー席に座っていた。
「ええっと、名前は?」
いくら無口って言っても名前ぐらいは答えられるだろう。そう思って答えるのを待っていると、その子が机上に置いた両手の間が光り出した。この光は見覚えがある。魔武器だ。光が収まるとそこには白い板があった。
『ボクはシュレイ』
「え?」
思わず声がでた。板に文字が浮かび上がっている。『ボクはシュレイ』と。
筆談、みたいなものだと理解した。マリンの言っていた「喋らない」とは本当に一切喋らないことだったらしい。
「よろしくね、シュレイ」
きっと声が出ない障害か何かだ。驚いたままじゃ悪いだろうと、普通に返しておいた。
『よろしく』
文字が消え、新たに違う文字が浮かび上がった。
「ええっと……」
マリンには話しててと言われたが、何を話せばいいんだ。異世界から来たとは言えないし……。
『話すことがない』
相手も同じだったらしい。それとも俺の心中を察したのか。
「マリンの友達? なんだよね」
『そう、幼馴染』
小さい頃から一緒らしい。マリンから見れば、弟みたいなものなんだろう。
何か他に話すことはないかと相手を観察する。黒い髪と黒い目に黒いローブを羽織っている。白いのは肌だけだ。ローブはフード付きのようだが被ってはいない。裾や襟の部分には金色の刺繍が縫われていた。見た目の質感からも、マリンや俺の身に着けているものより良いものだ。
「良い、ローブだね」
とりあえず、身に着けているものは褒める。これで問題はないはず。
『好きで着てるわけじゃない』
「あ、ごめん……」
思わず謝ってしまった。お父さんやお母さんに着せられたんだろう。
「今日は、お父さんとかお母さんと来たの?」
そうだ。この位の歳の子が一人では来ないはずだ。
『両親は死んだ』
「ほんとごめん……」
完全に聞いてはいけないことを聞いてしまった。どんなことを聞いても無表情なのが救いだ。いや、一番は子供らしく笑って欲しいんだけど。
『よく言われる』
彼としてはよくあることらしい。
クソ、何だこの気まずい空間。早く来てくれ、マリン。
「お、シュレイ、そいつは誰だ?」
声がした方を向くと、フロアの入り口から一人の青年が歩いてきた。
ありがとう。今、この状況においては神様に見える。本物の神様は老人だったけど。
彼は遠慮なく、俺の隣の席に座った。
『マリンの客人』
シュレイがこう言ったってことはマリンの知り合いか。
「ふーん、その歳で魔力開放してないのか」
青年はまじまじとこちらを見る。出身はどこだとか聞かれたらどうしようか。答える言葉がない。
「まあ見た感じ、色々訳アリって感じだな」
助かった。どうやら深くは詮索しないらしい。
「ここは戦士ギルド。強さこそ全てだ。関係ないことは聞かねえ。聞くとしてもここに連れてきたマリンに聞く」
「ありがとうございます」
「その代わり、俺も要らないことは話さない。お互いさまってわけだ」
少しガタイのいい体つきをしているが、怖い人ではないようだ。顔だけ見れば、黄色の髪に薄紫の瞳をした好青年だが。
「俺、ハヤトって言います」
「ラース・アルダーだ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
手を差し出されたので握手しておく。こちらは名前のみだったのに、何故フルネームで返したのかは謎だが。
「なるほどな」
「え?」
ラースさんの言葉に戸惑う。何が「なるほど」なのか。
「いやこれから色々あるだろうから、いいことを教えてやる」
「なんですか?」
「俺は何も聞かねえって言ったが、世の中態度でわかることは一杯ある」
その言葉と、今までのラースさんの行動、それらから一つの結論に達する。
「もしかして、有名人なんですか?」
「お、中々頭が回るようだな」
正解だった。普通の人だったら、フルネームを教えられた時点で、驚くか何かするんだろう。
「すみません、あの、お察しの通り常識っていうのがあまりよくわかってなくて……」
「別に有名っちゃあ有名だが、偉くはねえ。そんなにかしこまんなよ。どっちかってえとシュレイの方が有名だしな」
「はあ……」
どう見てもただの男の子だ。
「シュレイ、こう見えても十五だしな」
「え!?」
改めてまじまじと見るが、とてもそうには見えない。
『十六になった』
「お! そうだったか」
年上!? 驚きで言葉が出ない。最近十六になったってことは、一応同い年になるだろうが。
「ま、そういうわけだ」
トントンと背中を叩かれるが、それどころではない。頭の整理が追い付かない。一つ、可能性があるとしたら。
「病気、とかですか?」
「うーん、まあそういう種族っていうわけでもないし、そうなんだろうな。簡単に言えば原因不明だ」
そうか、病気なのに驚いちゃったのは失礼だよな。
「ごめん、驚いちゃって」
『よく言われる』
さっきも同じこと言ってたな。子ども扱いされるのも慣れてるから、自分から年齢を言わなかったのか。
「さて、ハヤト、俺はまたお前がどれだけ世間知らずか知ってしまった」
「はあ」
なんかこの人、この状況を楽しんでないか?
『チェリッサ先輩のマネ?』
「シュレイ、それは言うな」
「ああ、そのチェリッサていう人に同じようなことをされたことがあるんですね」
「お前ほんと頭は回るんだな。それにあの人も知らないのか……」
この誘導尋問のようなやり取り、チェリッサという人の得意技らしい。そしてその人も有名なようだ。
「えー……、何から話せばいいんだ?」
『ボロが出てきてる』
「まだセーフ、まだセーフだ」
ラースさんは頭を抱えながら必死に考えている。どうやら実はちょっと残念な人らしい。ついにはブツブツと何やら言い出した。
「大丈夫。俺は今のところ普通の素敵な先輩だ。うん。うん? そもそもハヤトっていくつだ?」
「一五です」
「そうか、じゃあ、二個下、か。いや、もう一個下か?」
「二個下です」
「ああ、今の言葉で俺の歳を計算したのか。やっぱ回転速いな。じゃあなんでこんな無知なんだ? そんなにヤバいとこにいたのか?」
自問自答っぽい呟きに答えてみたが、逆効果だったらしい。ここは何か話題を変えてみるか。
「ギルドの仕組みについて教えてください、ラース先輩」
その言葉にラースさん、改めラース先輩はガバっと顔をあげた。
「先輩! 久しぶりに先輩って呼ばれた!」
「ダメでしたか?」
「ダメじゃない! 大歓迎だ!」
普段先輩と呼ばれないって、実はこの人残念な方向で有名なんじゃないか?
「この戦士ギルドは簡単に言えば強いやつを決めるギルドだ」
「ふんふん」
適当に空気を読んで相槌を打っておこう。マリンは「ギルドの基本は仕事の斡旋」って言ってたような気がするが、認識の違いだろう。
「だから、このギルドに集まる仕事は魔物の討伐依頼しかない。それ以外の仕事は他のギルドだ」
「なるほど」
「そして、このギルドにはランクが存在する。ランクを上げることによって高難度の依頼を受けられるようになる」
「おー」
「ランクを上げる方法は、指定の依頼をこなすこと。それと色々規定はあるが、自分より高ランクの相手を倒すことだ」
「へー」
「ランクはFから始まり、E,D,C,B,A,S,SS,SSSの順に高くなる。SS以上はギルドから二つ名が贈られるが、大体定着しない! 自然発生した異名の方が流行る」
「ラース先輩にも二つ名はあるんですか?」
「一応『迅雷の剣士』という二つ名を貰っている」
「ワースゴイカッコイイナー」
二つ名……、完全に地球だとイタい人だ。そして何気にこの人がSSランク以上であり、強いことがわかった。
「といっても、誰もそんな二つ名で呼ばない。大抵らい……、この話はやめておこう。……さて、強ければ上がるランクだが、SSSランクだけは違う。それぞれの属性で最強に『王』という称号が与えられる。その『王』に与えられるランクがSSSだ」
「おー」
まるで心から尊敬しているからのように話に耳を傾けるふりをしていると、視界の隅に誰かがこちらに向かってくるのが見えた。ラース先輩は気づいていないのか、話を続ける。
「だからSSSランクより強いSSランクも存在する」
こちらに向かってきていた人が、俺たちのテーブルの横に立った。緑色の長い髪と瞳をした少女だ。彼女の纏う雰囲気は掴みどころがなくふわふわしていて、まるで雲のような人に感じた。その人は俺の方を見ているが、何故か視線が合わない。少し上の方を見ている。
声を掛けたいが、まだラース先輩の話は続く。
「例えば、さっき話に出たチェリッサ先輩だな。それから、『依頼討伐』の『天馬』ナターリア」
「呼んだ?」
「えあぁ!?」
いきなり少女が声をあげたので、ラース先輩は変な声で驚いた。
「お前、いつからそこに」
「さっきからー」
ラース先輩と話しながらも、ナターリアさんは目線を俺の頭の上から外さない。何かついてるんじゃないかと頭を触ってみるが何もない。
「リンはどうした」
「もうちょっとで来るよー」
ナターリアさんがそう言うと、階段の方からドタドタと少女が走ってくる。おそらくこの人がラース先輩の言うリンさんだ。
「ナターシャ! また妖精を追っかけて!」
「今日は違うよー、精霊さんだよー」
「どっちだって一緒でしょ」
精霊? 妖精はマリンに教えて貰ったが精霊は知らない。いや、魔武器の話の時「武器のセイレイ」がどうのと言っていたか。
ただ、妖精は見えないと聞いた。これは確かだ。それを追っかける? どういうことだろうか。
困惑していると、ラース先輩が助け舟を出してくれた。
「ハヤト、まあ話の流れでわかったと思うが、こっちの緑髪のがナターリア、金髪のがリン。歳は俺の一個下、お前の一個上だな」
「ハヤトです。よろしくお願いします」
「よろしくねー」
「どうも」
ナターリアさんは相変わらず俺の上を見ているし、リンさんの態度は素っ気なかった。
「この通り、ナターリアは妖精が見える体質でな。まあコイツの場合は見ようとすれば見えるだけだから、不自由はないが。リンは身内以外全く興味ないからな。こんな態度だが、許してやってくれ」
そういえば、極稀に妖精が見える人がいるとマリンが言っていた。魔法に必要ということは妖精はそこら中にいっぱいるようだし、常に見えると生活に支障をきたしそうだ。
「いえ、別に気にしてません」
とりあえず、当たり障りのない言葉を返しておいたが、リンさんにはギロリと睨まれてしまった。見た目は金髪碧眼の綺麗な人なのだが……。綺麗なバラにはトゲがあるとはこの事か。
「リン、あまり睨まないでやってくれ。ハヤトはマリンの客人だ」
「そう、この子が」
どうやらリンさんもマリンの知り合いのようだが、相変わらずこちらに向ける目は冷めたままだった。
そういえばと、シュレイに目を向けると、無表情でこちらを見ていた。長いこと黙っていたが口に出せない以前に無口なのかもしれない。
微妙な空気が流れる中、また一人やってきた。
「ナターシャ、リン。勝手に行ってはダメだろう?」
現れたのは両刃の斧槍を右手に持った黒髪黒眼の青年。
この人、魔武器を持っていないのか? それとも常に魔武器を召喚しているのか。どちらにせよ、武器を持ち歩く人は珍しい。辺りの客にもそんな人はいない。
「レぇぇぇイぃぃぃ」
甘ったるい女性の声が響いた。声をした方を見ると、リンさんが青年の腕に自身の腕を絡めていた。もちろん斧槍を持っていない方だ。
ああ、リンさんが出した声だったのか。先ほどの不機嫌なものとは全く違う。
「うちのリンとナターリアがご迷惑を」
そう言って青年はラース先輩に軽く頭を下げた。先程ラース先輩を「好青年」としたが、この人の方がよっぽど「好青年」だった。
高身長イケメン。さらに誰が見てもこの人モテるんだろうなと思わせるようなオーラを感じる。
「別に俺にとっちゃあ、いつものことだからいいけどよ。手綱はちゃんと握っとけ」
「いやあ、手綱を握られてるのは俺の方なので」
「どうだか」
「それで、お隣りの彼は?」
「ああ、マリンが連れてきたハヤトって言うんだ。歳はマリンと同じ」
「ハヤトです。よろしくお願いします」
ラース先輩の紹介にあずかり挨拶をする。
「俺はレイエム。まあ皆レイと呼ぶから、そう呼んでもらえると嬉しいかな」
「わかりました、レイさん」
くっ、言葉の節々にイケメンオーラを感じる。
「多分リンが失礼をしただろうから謝っておくよ。ごめんね」
「レイ、あなたが謝るようなこと、私してないわ」
「リン、それを決めるのは君じゃないよ」
レイさんは割と常識的らしい。ただ、リンさんはそれでも食い下がった。
「でも、こんなどこの馬の骨かわからない人にやさしくして……」
「リン、何か問題があるのか?」
「レイに惚れたらどうするの!?」
ん?
「ソッチの気はないです!」
慌てて否定する。酷い勘違いだ。
「ふーん、そう」
リンさんは言葉ではそう言ったが、納得してなさそうな顔をしている。
文化の違いか? この世界はそういう人が多いのかもしれない。
「色々迷惑かけて申し訳ないね。ほら、ナターシャ、妖精と話すのをやめてもう行くよ」
「妖精さんさんじゃなくて精霊さんだよー」
ずっと俺の上の方を見ていたナターリアさんを、レイさんがずっと引き離してくれるらしい。ありがたい限りだ。
「そうか、それは珍しいな。だがここで突っ立っていても迷惑だろ? 付いて来てもらうことはできるか?」
「うーん、ダメだって」
「じゃあ、お別れして」
「わかったー」
この様子を見るに、レイさんはこういったことに慣れているらしい。
「では、失礼しますね」
レイさんは右手に斧槍を持ち、左手にリンさんをくっ付けながら、軽く一礼した。
「おう、あんまり仕事を取りすぎないでくれよな」
ラース先輩はそう言って軽く手をあげた。俺も軽く礼をしておく。リンさんはフンと小さく鼻を鳴らしただけだった。
「じゃあね」
ナターリアさんは、初めてこちらに視線を向けて手を振った。
『またね』
チラッとシュレイを見ると、それだけ板に書かれていた。
座ったまま階段の方へ向かう三人を見送ると、ラース先輩が口を開いた。
「騒がしい奴らだっただろう」
「えぇ……」
騒がしいというか個性的というか。見る限り、レイさんだけまともそうだ。
「あーっと、何の話をしてたんだったか。ランクの話か」
「そうですね」
「まあ、個人のランクの話はさっきので十分だろう」
「個人以外のランクもあるんですか?」
「ああ、パーティランクってのがある。集団用のランクだ。個人とは違ってSまでだな」
そういえば、さっきの三人はいつも一緒に行動しているようだった。
「あの三人もパーティですか?」
「そうだ。えー、あいつらの正式なパーティ名は何だったか」
『飛翔せし刃』
「あー、それそれ。ありがとな、シュレイ。一応パーティ登録するときに名前を付けるんだが、これも二つ名と同じで定着しなくてな。基本的に皆『討伐依頼』って呼ぶ」
確か、ナターリアさんが来たとき、『依頼討伐』の『天馬』と言っていた。
「どういう由来なんですか?」
「普通のパーティは多くても一日に一つの依頼しかこなせない。ただ、『依頼討伐』は一日に十は依頼をこなす」
「え!? どうやって!?」
「依頼をこなすにあたって最も時間がかかるのは、移動時間だ。アイツらはそれがとてつもなく短い。だから他の奴らの分まで仕事をやりつくしてしまう。それで付いた異名が、魔物の討伐依頼と引っ掛けて『依頼討伐』だ。
移動時間を短くしてるのが、ナターリアの魔武器なんだが……、アレはなんて言えばいいか。『空飛ぶ箱』だな」
空飛ぶ箱? ヘリコプター的なものか? とういかそれは魔『武器』なんだろうか。
「見た目は馬車の客車なのに、どういうわけか空を飛ぶんだ。それでナターリアに付いた異名が『天馬』ってわけだ」
「その魔武器の仕組みはわからないんですか?」
「魔武器の能力は他人に話さないのが普通だからな。……他所で聞くのはやめとけよ」
「すみません、ありがとうございます」
魔武器の能力は秘密なのが常識らしい。そもそも、魔武器に能力があるということすら知らなかったが、ラース先輩の口ぶりからしてそういうもののようだ。
今のところ、常識のないことを言ってもあまり気にされないのが救いだが、将来的にはどこかでこの世界について勉強しなくてはならない。その場合、マリンを頼るしかないだろう。
そういえば、マリン遅いな。
「パーティについてはこんなもんだな。何かここまで質問あるか?」
「リンさんとレイさんにも異名とかあるんですか?」
「リンは『番犬』、レイは『槍』だな」
『番犬』、確かにリンさんはレイさんを守る番犬だ。
「レイさんの名前、適当すぎません?」
斧槍を持ち歩いてるからにしても雑すぎるだろう。
「もちろん、得物も由来の一つなんだが、男一人だからってのもある」
ああ、下ネタか。
「レイさん、唯一まともな人なのに……」
「レイがまとも? まあ、そう見えるよな」
「え? あの人も何かあるんですか?」
実は闘いになると人が変わるとか?
「何かあるも何も、あんな奴らを平気な顔で連れ歩いてる奴が一番ヤバいだろ」
「そういうもんですか」
「そういうもんだ」
特に裏があるというわけではないが、ラース先輩基準だとヤバいやつということか。
「一応確認しときますが、レイさんとリンさんって付き合ってるんですよね」
「そうだ」
「じゃあ、ナターリアさんは?」
「リンの幼馴染だ」
「なるほど、だから一緒に」
普通カップルと一緒に行動なんて気まずくてできないだろうが、ナターリアさんはそういうことは気にしなさそうだ。
「あいつらのことはもういいだろう。他に質問は? なんでも聞いてくれ!」
何でもって言われてもなあ。あんまり無知を晒してボロを出すのも嫌だ。
何故かラース先輩がニコニコしているので、何か聞いて欲しいことでもあるんだろう。
今までの話で気になったこと、うーん……。目を瞑り、腕を組んで会話を最初から思い出す。
ん、そういえば……。
「楽しそうだな、ラース」
俺が一つの結論に達したとき、不意に一人の男の声がした。
「父さん!?」
え!?
今、ラース先輩は間違いなくこの男を「父さん」と呼んだ。ただ、その顔つき、風貌ははどう見たって20代半ばといったところだ。
確かに所々ラース先輩と似た面影を感じるが、言っても兄弟だろう。
「そっちは……、まあいい」
その人は俺を一瞥すると、シュレイの方を見た。ラース先輩が少し険しい顔つきをしているが、さしずめあまり自身の父親をよく思っていないといったところか。
顔で驚いてしまって他のところを見ていなかったが、彼は薄黄色のローブを羽織っている。その素材や刺繍はシュレイのものとよく似ている。
ここで、さっき俺がラース先輩聞こうと思ったことに戻ろう。「シュレイは何者なのか」、それが俺が出した「ラース先輩が聞いて欲しい質問」の結論だった。
この状況から察するに、シュレイは……。
「シュレイ、仕事の時間だ。内容については聞いているな?」
『問題ない』
「それとラース、こんな所で時間を無駄にしている暇があれば魔法の訓練でもしたらどうだ?」
「……わかってます、それぐらい」
「やはり無手こそ――」
『話が長い』
「ああ、すまない。今日中には向こうに着く必要があるんだったな。急ぐとするか」
ラース先輩のお父さんがそう言ったのを皮切りに、シュレイが足のついていなかった椅子からピョンと立ち上がった。こうして見る分にはただの子供なんだがな。
『じゃあね』
シュレイがそう言い残すと、二人は下へと降りて行った。
「それで、結局シュレイは……」
もう大体わかっていたことを聞いた、つもりだったが返ってきたのは予想以上の言葉だった。
「ああ、あいつは闇王。世界最強だ」