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第一話 出会い

 体が何かの管を通るように落ちていく。視界は真っ暗で風もない。三半規管がそう感じるだけだ。真っすぐ落ちているのではなく、少し曲がっていたりもする。

 あるときピタっと止まった。足だけ風を感じる。頭に向かって重力を感じる。もしかして、逆さまに埋まってる?


「キャアアアアアアア!」


 足の方からくぐもった悲鳴が聞こえる。そりゃあ、人が刺さってたらビックリするよな。

 不思議なことに上半身に土の感覚はない。息も苦しくないし、このまま喋っても問題なさそうだ。


「あのー、助けてもらえますか?」

「喋ったああああああああああああああ」


 このままじゃ頭に血が上って死ぬ。とりあえず足を動かしてみる。


「動いたああああああああああああああ」

「あのー、叫んでないで助けてくれませんかー?」


 うまく足が動かない。地面に足がつけばどうにかなりそうなんだが……。まさか、もう特権を使う時が来たのか? これからも役に立つことなら望んでも問題ないしな。

 とりあえず、心の中で叫んでみるか。


『この状況を打破する脚力と柔軟性が欲しい!』

『その願い、聞き届けた』


 神様の声が頭の中に響いた。


「光ったあああああああああああああ」


 どうやら、強化された部分は光るらしい。足がさっきと違い、よく動く。かかとの方に足を曲げると、やっと地に足がついた。そのまま足を支点として、体を引っこ抜く。


「やっと出られたああああああああ」


 視界が眩しい。叫ぶ癖がうつってしまったようだ。頭が少しくらくらする。三半規管も強化して貰えばよかった。


『その願い、聞き届けた』


 ええ、今のも入るの? 今度から気を付けないと。耳の辺り白く発光したのが視界の端に見える。

 段々感覚もはっきりしてきて、辺りを見まわした。


「もしかして、さっきから叫んでた人?」


 怪しい人を見るように、白く長い髪に青い瞳のを持つ少女が森の中に立っていた。いや、たしかに怪しい人なんだけど。


「そ、そうだよ……」


 この髪と目の色、いかにも異世界と言った感じがする。さらに、丈夫そうな淡い水色のローブに身を包んでいる。地球では中々ローブなんか見ない。


「あの、別に怪しいものでは」

「絶対嘘でしょ!」


 まあ、普通そうだよなあ。


「あれ?」


 少女は俺の体をまじまじと見つめる。


「その制服、見たことない。カストラの人じゃないの?」


 今の俺は夏服の制服のままだ。この世界にも学校の制服っていうのはあるらしい。カストラっていうのは国か地域かの名前だろう。

 しかし、どうする? どこから来たかなんて答えられるわけない。異世界から来ましたなんて一層怪しくなるだけだ。


「あ! もしかして、違う世界の人?」


 うん……?


「まさか、この世界じゃ異世界人が常識とか?」

「全然!」

「じゃあなんで」

「実はね、私は異世界の女の子とお話しできるの!」


 ああ、電波少女なのか。


「ねえ、今『こいつ頭おかしい』って思ったでしょ」


 当たり前だろ。


「じゃあ、こうしよ? 私はあなたが異世界から来たって信じる。あなたは私が異世界の子と話せるって信じる。これでどう?」

「どうって言われても……」


 確かにこの提案には筋が通っている。お互い信じてもらい難い主張。それをそれぞれが信じることで折り合いをつける。俺としても事情を知っている人がいれば行動しやすい。


「わかった。信じる」

「じゃあ、これからよろしくね」


 そう言って彼女は俺に笑いかけた。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は、マリン・リド・メアル。マリンって呼んで。あなたは?」

「俺は小林隼人。ハヤト・コバヤシって言った方が――」

「ハヤト! あなた日本人なんだ!」

「そ、そうですけど」

「あのね! 私とお話しできる子も日本人なんだよ!」


 今「日本」って言葉が出てきたってことは、本当に異世界の人と話せるのか? ただの妄想で国名まで当てるのは無理があるだろう。


「ねえねえ! ハヤトは何歳なの?」

「十五で――」

「じゃあ同い年だね!」


 このハイテンションに激しいデジャヴを感じる。うちの幼馴染 (メス)にそっくりだ。

 同い年なら敬語は、いいか。


「私今、高等部の一年生なの! 今は夏季休暇中!」


 季節は向こうと同じか。森の中だからか、地球より少し涼しく感じる。


「よかったね! 今なら季節が一緒だよ!」

「え、季節が違うことがあるってこと?」

「この世界と地球じゃ、時間の流れが違うんだよ」

「どれくらい?」

「三倍ぐらい!」


 さ、三倍……!


「どっちが速い?」

「地球の方が三倍速いよ」

「じゃあ、話すときに三倍速で聞こえてこないか?」

「ううん、お話しするとき地球はいつも夜なの。地球が昼の間はこの世界が眠ってるみたい。だから正確には時間が速いって言わないかも」


 地球での夜の八時間だけこの世界が動いてるってことか。ややこしいな、この世界。地球含めて。

 ただ、この発言で一層マリンの話に信憑性が出てきた。ここまでの設定を妄想として考えるとは思えない。 一方で、これを世界を管理する側から考えたとき、


『世界の時間の進みを変えたい』

『同時に動くと管理が大変』

『時間の流れは一緒で適宜止めることで調整しよう』


 こういった思考の流れになることはあり得る。神様もよく考えたもんだな。


「ちなみに今日は何日?」

「今日は七月七日だよ」


 俺が死んだのが七月十七日。本当に季節が同じなのはたまたまで、日付は違うようだ。


「そういえば、マリンはなんでこんな森の中に?」

「ちょっと魔物を倒しに来たんだ」


 魔物……、ファンタジーなんかでありがちなアレか。


「それにしても丸腰じゃないか?」


 マリンは武器らしきものをまるで身に着けていない。そんな少女が魔物を倒せると思わなかった。


「ああ私の得物はね、これなんだ」


 その言葉とともにマリンの右手が光り、それが収まると、肩の高さほどの杖が現れた。柄の部分は丁度手に収まるぐらいの太さの木、それが上部にいくと細く枝分かれし、透明で丸い水晶のようなものを包み込んでいる。


「それは……?」

「私の魔武器だよ」

「魔武器っていうのは?」

「魔鉱石を介することで武器の聖霊から贈られる武器。それを魔武器っていうんだ。こうして好きな時に呼び出せるの」


 杖、魔武器、聖霊。つまりこの世界には魔法があるのか。


「で、元に戻すこともできるの」


 杖は光の粒子となり、やがて消える。どういう仕組みなんだか。


「マリンは魔法を使って戦うってこと?」

「そうだよ。ハヤトだってそうでしょ?」

「え?」

「さっき使ってたでしょ。なんか光ってたじゃない」


 アレか! 神様に望みを叶えてもらった時の! 確かに勘違いされても仕方がない。


「いや、あれは違うんだ」

「どういうこと?」


 一から異世界に来た理由を説明しないといけないか。


「実は……」






「なるほどー! 今来たばっかりなんだね!」


 マリンにここまでの経緯を話した。死んでしまったこと。神様に出会ったこと。特権をもらったこと。そして、異世界に着いたら地面から生えていたこと。


「よければ、この世界について教えて欲しいんだけど」

「わかった! それなら任せてよ!」


 マリンはそう言って胸を張る。決して小さいわけではない、むしろかなりデカい。強調しているように見えるがおそらく天然だ。


「ありがとう、助かるよ」


 色んな意味で。


「とりあえず、移動しながらでいいかな?」


 そうか、マリンは魔物を倒しに来たんだった。そこに着いていけば、自ずと魔法が見られる。


「もちろん」


 マリンに連れられ森の奥へ入っていくことにした。






 マリンはこの世界について詳しく教えてくれた。一度その、会話できる異世界人に、話したことがあるんだろう。慣れた様子であった。


 この世界『地平』の殆どは一つの大陸でできている。しかしながらその大陸がどれほど大きいのか人にはわからない。

 北にはだだっ広い雪原、南には果ての見えない砂漠。大陸の南北の端は人類未踏の地。そのせいか、地図は東を上に書かれることが普通だ。東西には海が続く。

 長年、大陸以外の陸は小島しかないと思われていたが、五十年ほど前、西に新大陸が見つかる。元々の大陸ほど大きくはないが、島というほど小さくはない。新大陸の開発のため、世界は休戦状態にある。


 この世界に存在する国は主に二つ。長い戦争によって、最終的に二つに落ち着いた。北を治める『アドラング王国』、南を治める『ザント連邦』。


 しかし、どちらにも属さない地域が存在する。さきほども言った『新大陸』。そして、大陸西海岸から大陸中央に存在する『カストラ商業区』。今俺たちがいる場所だ。

 大商社である『大洋商社』が統治しており、他二国に対しても中立を保っている。


 中立に保てる理由は二つある。

 一つ目、大洋商社のトップは代々『五英傑』の一人の末裔カスティ家であるから。

 五英傑とは、約3000年前勇者とともに魔神を封印した五人のことである。この世界の人々はその勇者を信仰している。何かあれば勇者に祈るし、勇者の加護を求める。五英傑も同じような扱いであるし、その末裔もまた、信仰の対象なのだ。


 二つ目、強大な軍事力を誇っているから。

 大洋商社は『魔道具』の開発が進んでいる。魔道具とは、大雑把に言えば汎用魔法道具だ。魔法の腕がなくても、魔力さえあれば魔法が使える。魔法に関する説明は今は置いておこう。要は強い武器を持っているのだ。

 さらに、中立であったためにそれをさらに補強する存在ができた。『戦士ギルド』である。単に「ギルド」とだけ呼ばれることもある。それだけこのギルドが世界に名を馳せているのだ。ギルドの基本は組合員への仕事の斡旋だが、戦闘力によってランクを付ける、ということもしている。そのランクを上げることで、人々は自分の名前に箔を付けるのだ。

 ギルドには名声を求めて猛者が集まる。つまり、カストラには強者が多く存在するのだ。


 そもそもこの世界の魔法とは何なのか。端的に言ってしまえば、己の魔力を使い妖精の力を借りて起こす幻想だ。

 この世界の人々は生まれながらにして魔力を持っている。ただし、魔力を外に放出するためには「魔力開放」が必要だ。体の中に蓋のされた壺があるようなものらしい。その蓋を開けることで初めて人は魔法を使えるようになる。

 妖精は目には見えない。時折見える人もいるらしいが、極稀だ。さらに、妖精は人間と違う言語を持つ。その言語を古代語と言う。

 元々人間は古代語を話していたが、とある原因で妖精と仲違いし、全く違う言語になってしまったと言い伝えられている。原因は諸説あり、未だ謎に包まれている。

 人間は古代語で妖精に呼びかけ、妖精のエサである魔力を与え、妖精の力で魔法を使う。しかし、どんなイメージの魔法を使うのか妖精に伝えなければ、全く違う魔法になってしまうかもしれない。

 そこで人々は、呼びかける前に『詠唱』を行う。

 詠唱によってしっかりとイメージをして、魔力にそのイメージを乗せ、古代語の呼びかけ『呪文』によって妖精と通じて魔力を与える。

 基本的にこのプロセスで魔法を使う。ただし、熟練した魔法使いは詠唱や呼びかけをせずに魔法を使う。これには、想像力や魔力による妖精との対話能力が必要だそうだ。

 そもそも古代語とはどんな言語なのか。それは、地球で言う英語と同じ言語。何とも都合のいい話だが、そういうものらしい。


 人、魔法、魔力、妖精。これらには属性という種類がある。人は、自分が持っている属性の魔法しか使えない。

 火、水、雷、風、土。

この五つを基本属性と呼ぶ。

 光、闇。

この二つを特殊属性と呼ぶ。

 多くの人はこれらの属性の魔力を持つ。それに対し、世界に数人ほどしか持たない属性を希少属性と呼ぶ。

 二つ以上の属性の魔力を持つ者も少なくない。マリンもそんな一人だ。水と光の魔力を持っている。


 魔法は、基本的に呪文によって分類され、さらに難易度によって、『初級、中級、上級、極級、王級、神級』にまとめられる。といっても、これら分類は便宜上のもので、呪文が異なっても同じ魔法が発動することもあるし、初級がすべて使えなくても中級の一つが使えたりすることもある。




「あと、何か質問あるかな?」


 大体説明が終わったらしい。マリンはそう言って、こちらの様子をうかがった。


「やっぱり、属性っていうのは多い方がいいものなのか?」

「ううん、一概にそうとは言えないんだ。もちろん魔法の幅は広がるんだけど、魔法を使うために必要な魔力が増えるんだ」

「つまり、放出する魔力に必要のない属性の魔力が混じるってことか?」

「そう! そういうことだよ!」


 説明にはなかったが、人の持つ魔力には限界があるんだろう。だから、消費魔力が少ない方が沢山の魔法が使えると。

 一応確認しておくか。


「魔力っていうのは人によって持てる量が違うのか?」

「あ、説明しそびれちゃってたね。さっき人の持つ魔力を壺で例えたけど、その壺にもそれぞれ大きさがあるって感じなの。使った分は少しずつ回復するんだけど、その壺より多くは持てないんだ」

「なるほど。じゃあ、魔力は持てる量が多いほうがいいんだ」

「そうなるね」


 となれば、することはただ一つ。


『持てる魔力を無限に』

『その願い、聞き届けた』


 胸のあたりがパァっと光った。この神様の声、毎回同じだ。どうやら録音して使い回してるようだ。


「もう願いを使っちゃったの!?」


 マリンが驚いた。


「だって、この世界では魔力は必要不可欠なんだろ? いくらあっても困らない」

「ちなみにどの位魔力貰ったの?」


 そうか、マリンにはなんて願ったかわからないもんな。


「無限」

「え?」

「だから無限だっ――」

「ちょっと待ってよ!」


 何かまずかったのかもしれない。


「え? え!? 魔力が無限ってことは、自然放出魔力は?それも無限? いや、それはおかしいし」


 マリンは自問自答を始める。


「自然放出魔力ってな――」

「自然放出魔力っていうのはね、魔力開放した人は常にほんの少しずつ魔力を放出してて、それは持っている魔力が多いほど多くなるんだけど」

「無限に持ってたら無限に出てくると?」


 頭に浮かぶのは「lim」この三文字である。無限は何を引いても掛けても無限だ。

 …………、必死に勉強した数学の知識も、もう使わないのかもしれないと思うと寂しいな。


「一応、訓練すれば減らせるけど、その訓練は魔力開放しないとできないし」


 どうやらやっちまったらしい。願いを抑えるためには願いしかないだろう。自然放出魔力に関して願えばいい。ただ、これも慎重に決めないと失敗を繰り返す。


「自然放出魔力について願うならどんなのがいいと思う?」

「願いには願いをってことだね」


 マリンはうーんと唸って考え始める。こういう場合は詳しい人に任せるべき。今のでそう学んだ。


「『自然放出魔力を自分で調整できるように』とか」


 ただ、返ってきたのは普通の考えだった。


「まあ、それが無難か」


『自然放出魔力を自分で調整できるように』

『その願い、聞き届けた』


 心の中で祈ると、体全体がぽおっと光った。こんなに願いを叶えているが残りどれくらい叶えられるんだろうか。


『残りの願いは約八十パーセントじゃな』


 頭に響く、神様の声。どうやら聞けば教えてくれるらしい。それにしても約八割とは結構残っている。魔力が無限なんてかなり使いそうだが。


「じゃあ、いこっか」


 また、俺たちは森の奥へ奥へ進んでいく。


「次から気を付けるよ」


 背中に向かって声を掛ける。


「慣れない世界だもん、失敗はあるよ」


 振り向かずにそう返ってきた。その姿は、なんとも頼もしかった。

世界の説明について一部間違っている部分があります。

「一般的にはそう言われているけど本当は……」ってやつです。

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