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はじめに

 一生勝てない相手がいる。世の中、そういった人々が殆どだろう。

 今、俺の前には全国模試の結果がある。


『総合二位』


 全国の高校一年生、といっても受験した人間の中だが、その中で二位ということだ。

 一生勝てない相手がいる。俺はいつも二位止まりだ。そして、一位はいつもすぐそばにいる。


「ワーイ! 元気してる?」


 大声で一間のアパートの扉が開いた。


「これが元気そうに見えるか?」


 入ってきたのは一人の少女。俺の幼馴染であり、


「あー、今日帰ってきた模試の結果ね。私世界史で一問間違えちゃってさあ。ちょっと勘違いしてたみたい。それさえあってれば満点だったのになあ」


 俺の一生勝てない相手である。


「なんだよ。嫌味言いに来たのかよ」

「違うよー。遊びに来ただけ。隼斗はどこ間違えたの?」

「そもそも世界史選択してないし」

「嘘!? 直前まで勉強してたじゃん」

「あれフェイク」

「なんで!? なんでそんなことするの!?」


 教科が被れば負ける。そう思ったからに決まっている。


「俺だってたまには一位が取りたいんだよ」

「私とほとんど変わんないじゃん」


 確かに点数としては微々たる差だが、そこは問題じゃない。コイツは負けたことがないからわからないんだ。相対的優位にどれだけ価値があるのか。


「……ちょっと出かけてくる」


 今コイツといても、いいことは何もない。


「どこいくの?」

「本屋」


 適当にそう言って、アパートを出た。何も言わなくても、そのうち鍵を閉めて出ていくはずだ。

 外の蒸し暑さが体を包み込む。照り付ける太陽が体を焼く。早くどこかで冷房の恩恵を受けたい。アパートの目の前の信号が変わるのを今か今かと待つ。


「おー、お前部活サボって何やってんの?」


 横から話しかけられそちらを向くと、立っていたのは一人の少年。幼馴染二号である。


「特に何も。出かけるだけ」

「そうか」


 しばしの静寂。さっさと部屋に帰ればいいのにずっと横に立っている。俺も幼馴染二人も、このアパートに一人暮らしだ。


「なんか用?」

「いやー、なんていうかさあ。今日って何日だっけ?」

「え、七月十七日だけど?」

「やっぱり。やっぱり今日だよなあ」


 言っている意味がよくわからない。


「なんか予定でもあんの?」

「お前、今日変わったことは?」

「特にはないけど」


 質問を質問で返すとか、コミュニケーション下手か?


「そうか。ならよかった」

「さっきからどういう意味だよ」

「なんでもねえよ」


 なんでもないヤツがこんな不自然な会話をするとは思えない。すぅ、はぁ、とこれまた不自然な深呼吸が聞こえてくる。


「またな」


 そう言ってやっと帰って行った。


「ああ、また後でな」


 やっと帰ったか。信号もそろそろ変わるだろう。


「あ」


 横断歩道の向こう側、俺は見つけてしまった。三毛猫を一匹。


「かわいい」


 超かわいい。俺は無類のネコ好きである。ネコから目を離せない。ジーっと見ていると、ネコがとてとてとこちらに歩いてくる。

 おお、もしかして気に入られたか?

 その時だった。左から大きなエンジン音が聞こえてきた。


「危ない!」


 気づいたら走り出していた。ネコは横から来たトラックに驚いき、立ち止まってしまう。俺はネコを両手で掴み、向こうの歩道に放り投げた。

 今まで受けたこともない強い衝撃と浮遊感。大きなクラクションの音。視界が真っ赤に染まり、意識は飛んだ。






「……あれ、ここは?」


 気が付くと真っ白な空間に立っていた。体を確認すると、綺麗な制服姿のままだった。さっきまでのは夢だったのか?いや、この空間の方が夢っぽい。


「天国……?」


 ありがとう。母さん父さん。迷惑息子な上に早死にしてごめん。妹と弟、後は頼んだ。


「半分正解で半分不正解といったところかのう」


 後ろから急に老人の声がした。


「誰だ」


 振り返ると、それはもう仙人のような見た目の老人がいた。


「神じゃ」


 なるほど、やっぱり死んでしまったのか。


「その神様が何か用ですか」


 さっさと天国でも地獄でも送ってくれればいいのに。


「うむ、実はのう、ワシとしても君のような人間が死んでしまうのは惜しいと思ってな」

「はあ」


 つまり、そこそこ神様としては高評価ってことか。


「どうにか君の運命を変えようと思ったんじゃが、無理じゃった」

「無理だった? 神様なのに?」

「ワシより上位の存在によるものじゃからのう。君が二〇一〇年七月十七日に死ぬ。これだけはどうしようもなかった」


 神様より上位の存在。神と言っても一人、一柱ではないとかなのか。


「神様はどういう神様なんですか?」

「世界を管理する神じゃ」


 えー? 一番偉そう。


「それより上位な存在とは一体何なのでしょうか」

「うむ、世界を管理するシステムを作った神、かのう」

「わかりました。そんなに俺を殺したかった神がいるんですね」

「そういうことではない。運命を変えられないだけじゃ。何も君に限ったことではない」


 なるほど。神や世界というのはかなり複雑らしい。世の中の宗教観は大抵間違いだったのか。


「そろそろ本題をいいかのう」

「はい、どうぞ」

「君が死ぬのは大変惜しい。ということで、ワシは考えた。君に新たな運命を与えよう」

「つまり、生き返ることができると!?」

「いや、それはできない」


 いま新たな運命って言ったのに。


「ワシは三つの世界を管理しておる。人間の魂が、連続で同じ世界で生まれることはできないのじゃ」

「では、他の世界で生まれ変わるということですか?」

「ただ普通に生まれる変わるわけではない。普通の人間は死んだ後、記憶は無くなり体も変わる。しかし、君は記憶や体はそのままじゃ」


 つまり、このまま異世界へ行く?


「でも体がそのままでは、他の世界では対応できない可能性があるのでは?」

「そこでじゃ! 君の体を少しいじっておいた。転生先の世界の人々と同じようにな。そして、君に一つ特権を与えることにした」

「特権?」

「君の望みをワシが叶えよう。勿論可能な範囲で複数でも構わない、上限もあるがな」

「その望みは今でなければなりませんか?」

「いや、転生後でも構わないし、少しずつでもいい」


 転生、そうか。一度死んだんだしそうなるな。とりあえず、生まれ変わってみないとわからない。どんな世界なのか、どんなものが必要なのか。


「さあ、他に質問はあるかね」

「いえ、もうありません」

「転生する世界について聞く必要はないと?」

「楽しみが減っちゃいますから」

「なるほど、よい心がけじゃ」


 何も、心残りはない。だって、きっと、俺がいなくたって、アイツらは幸せさ。


「あ、そういうえば」

「なんじゃ?」

「あのネコ、無事でしたか?」

「ああ、君のおかげで助かった」


 よかった。それが分かれば十分だ。


「では、そろそろお別れじゃ。せいぜい二度目の人生を……」


 急にストンと、体が落ちた。


「――――」


 神様が、最後に何か言った気がした。

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