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何でもするって言ったよね?

 あいつなら触手プレイに協力してくれるかもしれない。そう思って当人を探しに行こうとすると、


「おっ!?」


 何の偶然かタイミングよくその件の女性が扉の前を通り過ぎるのが見えたので、俺は急いで相談室から出ると、今にも廊下の角に消えてしまいそうだったスーツ姿の背中に声をかける。


「佐倉! ちょっと待った!」

「わっ!? び、びっくりした」


 余程びっくりしたのか、俺が声をかけた女性、佐倉は激しく脈打つ動悸を押させるように控えめな胸に手を当てて大きく深呼吸をすると、小動物を思わせる可愛らしい目を三白眼にしながら話しかけてくる。


「もう、旭君。いきなり大声で話しかけないでよ。私だったから良かったけど、他の方、特に高齢の方とかだったら、救急車を呼ぶ事態になっていたかもしれないよ?」

「ああ、悪かったよ。でも、よかった。調度、佐倉が通りかかってくれてさ」

「…………何だか嫌な予感がするわね」


 そう言うと佐倉は、警戒するように自分を抱く。

 この女性は佐倉真琴。俺と同じ大学出身の同級生で、大学時代には俺と同じサークル『モンスター愛好同好会』に所属していた。何の因果か同じ職場に就職してしまい、今でこそ所属している部署は違うが、彼女も相当なモンスターフリークだったりする。


「まあまあ、そんな悪い話ではないさ……」


 そんな佐倉に、俺は警戒を解くように手を広げ、微笑を浮かべてからとっておきの魔法の言葉を投げかける。


「なあ、佐倉。今、モンスターから相談を受けているんだけど、その解決に協力してくれないか?」

「えっ?」


 すると、予想通り佐倉の顔がぱぁっ、と華やぐ。


「今って確かローパーが相談に来ているんだよね? するする。協力でも何でもするよ」

「そうか、助かるよ」

「いいよ、いいよ気にしないで。それに、なんてったって、我等が愛してやまないモンスターのためだからね。デュフフフ……」

「その笑い方はミリアムを彷彿させて不安だけど……まあいいや。とにかく助かるよ」


 佐倉の言葉を聞いて、俺は思わずほくそ笑んでしまうのを抑えることができなかった。

 ん? 今、何でもするって言ったよね?



 それから佐倉には動きやすい服装、帰りがけに寄るジムで着るという青色のジャージに着替えてもらい、改めてアンディを紹介した。


「それで、一体何をすればいいのかな?」


 アンディとの邂逅を果たしてご満悦な表情になっている佐倉に、俺は真顔で本題を切り出す。


「実はだな……」

「うん」

「お前に触手プレイの被験体になってもらいたいんだ」

「………………………………………………は?」


 俺に言われたことが理解できなかったのか、目を見開いて驚愕の表情を浮かべる佐倉に、俺は有無を言わせないように一気に捲し立てる。


「具体的には、この同人誌と同様の状態を再現したいと思っている。こっちは準備を進めておくから今の内に目を通しておいてくれ」

「ええっ!? っていうか同人誌って……えっ、えええええええええええええっ!?」

「佐倉、さっき何でもやるって言ったよな? まあ、お前ならモンスターの頼みなら断らないだろうから、とりあえずそれを読んで予習をしておいてくれ」

「あ、あうあう……」


 同人誌を手にした佐倉は、瞬間湯沸かし機のように顔を真っ赤にさせながらも、多少は興味があったのか「無理無理……」と呟きながらも熱心にページをめくりはじめる。

 それを見て、俺は部屋の中央にある応接セットへと回ると、ミリアムに声をかけ、実際に触手プレイをする場を作る為に応接セットの移動を始める。


 同人誌がよく薄い本と称されるように、今、佐倉が読んでいる同人誌も二十ページにも満たないものなので、あっという間に読み終えてしまうだろう……そう思っていたが、かなり熟読しているのか、佐倉は紙面に視線を落としたままこちらに一瞥もくれない。


「フフフ……」


 すると、佐倉の様子を伺っていたミリアムが朗らかな笑みを浮かべながら話しかけてくる。


「なんだかんだ言って佐倉さん、毎度毎度私たちの無茶に付き合ってくれますよね」

「ああ……まあ、そうだな。あいつはかなりのモンスターフリークだからな」

「そういう先輩も佐倉さんに負けず劣らず中々のものですよ」

「……ほっとけ」

「フフフ、照れちゃって可愛いんですから。あっ、こうして二人で一つの共同作業をしていると、まるで私たち夫婦のようじゃないですかね?」

「…………いや、それはないから。それよりとっとと運んじまうぞ」


 俺はきっぱりと否定の言葉を口にすると、黙々と作業へと戻る。

 だが、言葉とは裏腹に、俺の心中は穏やかでなかった。

 正直に言うと、今のミリアムのしぐさと態度にはグッとくるものがあった。

 おそらくサキュバスの耐性が無い者であれば、今のでミリアムは俺に気があるのでは? と盛大に勘違いしたことだろう。

 だが、これはサキュバス特有の異性に気に入られるために行う演技なのである。それがわかっているから、俺はミリアムのあらゆる誘惑を跳ね除けることができる。

 人によってはここまで誘惑されているのだから、据え膳食わぬは男の恥だ。と言う人もいるだろうが、それでも俺はこの状況に抗い続ける必要があった。

 その理由についてはいくつかあるが、一番大きな理由は俺がこの職場からいられなくなるだろうということだ。

 だろう……という言葉を使っていることからこれは推察に過ぎないが、俺の悪い予感は十中八九当たるので、おとなしく直感に従うことにしている。

 そんな俺をヘタレ野郎だの、いくじなしだの、ホモ野郎だのと罵りたいのなら罵るがいいさ。ヘタレ野郎上等さ。それで職を失うよりは万倍もマシな称号だ。

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