できる?できない?
すると、そんな不毛なやり取りを呆然と見ていたアンディが、
「……いいなぁ」
と思わず耳を疑うようなことを言い始めた。
その言葉に心の中で「マジか」呟きながらその真意を聞いてみる。
すると、アンディは哀愁漂う雰囲気を醸し出しながら静かに話す。
「残念ながらローパーには性的な興奮や、絶頂といった感覚がないのです。ですから、お二人が話しているような体験をしたくてもできないのです」
「……えっ?」
意外な真実を告げられ、俺は再びアンディに向き直る。
「…………ローパーには性的興奮や快感といった感覚はないのですか?」
「はい、僕たちローパーは雌雄同体なので、異性に興奮するということはないんです」
「ほぅ、それはそれは……で、では、ローパーは一体どうやって個体を増やしているのですか? まさか、卵ですか?」
「いいえ、個体を増やすには、体の一部を切り取って置いておくだけでいいんです。すると、切り取られた部分が細胞分裂で徐々に大きくなり、やがて自我を持つのです」
「へ~、そうなんですか……」
切り取るだけで数が増えるなんて……先程ヒトデと似ていると言ったが、似ているなんてものじゃなくまるっきりヒトデそのものだった。ローパーの生態は謎に包まれた部分が多いと聞くが、これは思わぬ収穫だった。
まだ世間一般では知られていないモンスターたちの生態を誰よりも早く聞くことができるのは、異種族間相談所で働く者の特権だろう。
そんな意外な新事実に感銘を受けていると、同人誌をまじまじと見ていたアンディがとんでもないことを言い出す。
「あの……そういうわけで、話を聞いただけでは上手くできるかどうかわからないので、この場で触手プレイを実践させてもらえませんか?」
「えっ、い、いやいや、それは流石に無理でしょう」
アンディのとんでも提案に、流石の俺も全力で拒否する。
そもそも今回の相談自体が市役所の職務として倫理的にグレーゾーンなのに、ほぼ性行為と同意の触手プレイを実践させるとなると完全にアウトである。こんなことが俺の上司、もしくは市長の耳に入ろうものなら、俺の未来は言うまでもなく真っ暗だろう。
俺は「私なら喜んでやりますよ」と満面の笑みを浮かべているミリアムの頭を押さえ込んで黙らせると、改めてアンディに断りを入れる。
「もう流石に察しがついていると思いますが、触手プレイとは疑似的な生殖行為です。人間社会で生きているアンディさんならその行為の意味がわからないはずがないでしょう。ここは公の場ですので、そういったことをするわけには……」
「ああ、すみません。そういうつもりではないのです」
アンディは「流石に僕もそこまでは要求できませんよ」と苦笑しながら再び同人誌を手にすると、その中のワンシーンを指差しながら話す。
「果たしてここに描いてあることは、現実にできることなのでしょうか?」
「…………えっ?」
「改めてじっくりと見させていただいたのですが、人間の女性はこんな格好をすることができるのでしょうか?」
「えっ、どう……でしょう?」
そう言われた俺は、アンディが指差しているシーンを改めて見てみる。
それは、四肢を触手によって無理矢理広げられた姿勢で拘束され、体の恥部を全て曝け出している女性が触手に激しく責められているシーンだった。
最初は嫌悪感を露わにしていた女性だったが、触手によって執拗に責められると徐々に抵抗が弱くなり、最終的には快楽の虜になってしまうというおそらくこの手の話ではスタンダードなストーリーを改めて読み終えた俺は自分の感想を話す。
「……そうですね。俺としては申し訳ないですが、わからないです。人間の可動域からすると、できなくもないような気もしますが、アンディさんの力では無理ですか?」
俺の質問に、アンディは自分の触手を掲げる。
「う~ん、そもそも僕の触手は、多少は伸びますが、こんなに縦横無尽に……特に女性の四肢をこんな風に拘束して吊るす真似をするのは容易ではないと思います」
「そう……ですね」
正直な話「どうでもいい」としか言いようがなかったが、アンディが言うことも一理ある。
ミリアムが用意した同人誌も一匹の触手モンスターに襲われる話だが、演出だから仕方ないとしても、現実的に考えたら不自然に思える箇所も度々ある。
それは、実際に触手を持つアンディからしたら俺とは比べものにならないレベルで違和感を覚えていることだろう。
「しかし、だからといって振りとはいえ実際に触手プレイをするわけにはいかないしな……」
ミリアムは喜んで志願するかもしれないが、痛みや苦しみを悦びとして昇華してしまう彼女では何の参考にならない。
もっとこう……なんて言うか、こっちの言うことを聞いてくれて、それでいてセクハラで訴えられる心配もない。性癖がノーマルの都合の良い女性なんて……、
「あっ……」
そこまで考えたところで、俺の脳裏に一人の女性の姿が思い浮かんだ。