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何ターX、ミリアム

「ん、んんっ! お待たせしました。どうやらこれが触手プレイというやつだそうです」


 俺は対面でおとなしく待っていたアンディに同人誌を開いて見せる。


 果たして十八禁の本をローパーに見せていいものかと一瞬迷ったが、普通に社会人として働いているのだから、アンディも立派な大人であると認識することにする。というか、モンスターに人間の倫理観を当てはめるのも何だか間違っているように思えるしね。


「ははぁ……これが触手プレイというやつですか」


 同人誌を受け取ったアンディは淡々とページをめくり、時に「ほう」とか「なるほど」などと呟く。

 そのまま熟読すること数分、最後のページまで読み終えたアンディは、


「ありがとうございます」


 と丁寧に礼を言いながら同人誌を差し出してくる。


「参考になりましたか?」

「ええ、触手プレイというものが、どういうものかは理解できました。ですが……」


 そう言うと、アンディは触手を胸の前で腕を組むように交差させると、神妙な面持ちで質問する。


「これらの行為に一体何の意味があるのでしょうか?」

「えっ? それはどういう……」


 言いたいことがわからず俺が逆に質問で返すと、アンディは律儀に同人誌を開き、とあるシーンを指差して詳しく説明してくれる。


「そうですね。例えばこのシーンで触手が女性の股間から胎内に入っていき、激しく蠢いた後、女性が『らめえええぇぇっ、いっちゃうううううぅぅっ!!』と言っていますが、果たして何処に行くのでしょうか?」


「えっ? そ、それは……絶頂……かな?」

「絶頂とは何処にあるのですか? 僕にも行けるのですか?」

「う、うう~ん、どうでしょう? そもそも絶頂とはですね…………」


 俺は決して詳しくない知識を総動員しながら、女性のオーガズムについて説明する。

 その説明をしている間、俺は自分がどれだけ赤面し、しどろもどろになりながら説明しているかを、アンディの後ろに立つミリアムの表情から察したが、これも仕事と割り切ってどうにか説明し切った。


 …………とりあえず、この仕事が終わったら、ミリアムのことは一回、キチンとシメておこうと思った。


 俺からの説明を聞いたアンディは、感心したように大きく何度も頷く。


「……なるほど、人間というのは面白い生き物ですね」


 俺からしたら、ローパーの方がよっぽど面白い生き物だよと思ったが、そうとは口に出さずにアンディに確認する。


「どうです? 少しは役に立ちましたか?」

「はい、助かりました。これで次に同じことを頼まれても、困ることはなさそうです」

「それはよかったです。それじゃあ……」

「ですが……」


 早々にお帰り願おうと思ったが、それより早くアンディが更なる悩みを打ち明けてくる。


「はい、本日見せていただいた資料ですが、ご覧の通り非常に薄い本なので、パターンが少ないように思えるのです。果たしてこれだけで女性を満足させることができるのでしょうか?」

「…………はい?」


 これだけって……お前は何を言っているんだ。と思わず言いたくなったが、何だか嫌な予感がするので言いたいことをグッと堪え、とりあえず適当に答えてお帰り願うことにする。


 だがしかし、


「そうですね。これだけじゃあきらかに物足りないですね」


 俺が答えるより早く、アンディの疑問に答える声があった。

 その自信に満ちたハキハキとした声に俺は一抹の不安を覚えながらも、念のためと声の主に聞いてみる。


「一応聞いてやるが、ミリアムは何が物足りないんだ?」

「それはですね……ここです!」


 そう言うと、ミリアムは同人誌を広げ、両手両足を拘束され、あられもない格好をさせられている女性の首を指差す。


「見て下さい。この女性の首に触手が絡まっていないじゃないですか。これでは、普通に呼吸ができてしまいます」

「…………はぁっ?」

「ですから、触手によって首が絞められていないから呼吸が普通にできて、ちっとも苦しくないって言っているんです」

「…………」


 この淫乱モンスターは何を言っているの? 快楽を与える方法を教えてくれと聞いているのに、その答えが首を絞めろとか……ドMの人って苦しみの中からしか快感を得る術を知らないの?

 身の危険を感じた俺は、とりあえずミリアムから距離を取るために一歩離れる。


「ち、違いますよ。先輩、いいから私の話を聞いて下さい!」


 ドン引きした俺の表情が余程酷かったのか、ミリアムは慌てたように近寄ってくると、俺が逃げないように袖を引っ張りながら捲し立てる。


「いいですか? 生物、特に野生動物にとって生殖行為というのは、常に危険が伴うものなのです。人間みたいにムード作りからなんてやってたら、子孫繁栄なんて夢の夢です。それ故に野性動物は、人間よりシンプルかつ素早く生殖行為が行えるようになっています。知ってしますか? キリンなんてほんと一瞬……パッとぶつかってドンで終わりなんですよ?」

「お、おう……それで、それと首絞めの因果関係は?」

「ですから、生物は命の危機に瀕した時の方がより強く快感を得られるってことです。勿論それは人間にも言えることです。よかったら私がお手伝いしますから先輩も試してみませんか? ちょっとした臨死体験と共に最高のエクスタシーをお約束しますよ?」

「嫌だよ! 少なくとも俺はそんなことで快感が得られるとは思わないし、そもそも万が一のことが起きてしまったらどうしてくれんだよ」


 戦慄の表情で俺が要求を拒否すると、ミリアムは顔の前でチッチッと指を振りながら得意げに話す。


「それについては心配無用です。私、失敗しないので」

「……失敗しないって、どこの何ターXだよ」


 ドヤ顔を決めて言い切るミリアムを見て酷く頭痛がしてきた俺は、溜まらず額を抑えながら深く嘆息する。

 ミリアムが話した動物云々の話、危機に瀕すると子孫を残そうとする力が強まるという話は聞いたことがある。だからといって、ミリアムに失敗しないと豪語されたところで、そんなあるかどうかもわからない一時の快楽のために、自分の命を賭けるなんてあり得ない。人を殺す一歩手前のエクスタシーに連れていくとかもはやドクターXというよりマーダーXである……あっ、ドクターって言っちゃった。


 その後もミリアムは「先っちょだけ。先っちょだけだから」としつこく食い下がって来るのを俺が断り続けるという、男女が逆転しているだろとツッコミを入れたくなるようなやり取りを続けた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

柏木サトシです。

昨日で短い冬休みも終わり、今日から仕事が始まりますので、明日からの更新予定時間はこれくらいの時間になると思いますので、何卒よろしくお願いいたします。

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