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 どうにか佐倉に納得してもらった俺は、一息ついているアンディたちへと今日の感想を聞くために近付く。


「あっ、旭さん」


 俺の顔を見たアンディは、深々と頭を下げて礼を言う。


「本日はありがとうございました。お蔭で触手プレイのなんたるかを知ることができました」

「そうですか。それはよかったです。それで、どうでしたか。実際にやってみて。今後の対応とかの参考になりましたか?」

「はい、今そのことで仲間たちと話し合いをした結果……」


 アンディはそこで間を置くと、


「正直、疲労感だけが残って、ちっとも楽しくなかったです」


 全く予想もしなかった返答をした。


「女性一人にあれこれするのに、これだけの仲間が揃わなければままならず、しかも力をセーブしながら行なわければならないので、とっても疲れるんです」

「あ……ああ、そう……ですか」


 俺はそう返すのが精一杯だった。


 六匹ものローパーが一堂に揃い、現実では不可能と思われた触手プレイを完璧に再現してみせたことにすっかり舞い上がり、肝心の相談者であるアンディたちの気持ちを蔑ろにしていた自分の傲慢さを思い知り、冷水を頭から思いっきりぶっかけられた気分だった。

 そんな自分勝手で、相談員としては完全に失格者である俺に、


「旭さん、今後、同じような依頼をされた場合、我々はどのように受け答えするのが一番なんでしょうか?」


 アンディは非難の言葉を浴びせることもせず、まだ頼ってくれるようだった。


「そうですね……」


 この期待に応えなければならない。そう思った俺は一度大きく息を吸うと、膝をついてアンディと目線を合わせて真剣な表情を作り、どうするべきかを伝える。


 今日の結論――嫌なことを頼まれたら、ハッキリ嫌と相手に伝えましょう


「それでは、今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました。また何かありましたら気軽にお尋ねください」

「はい、その時はよろしくお願いします」

「あっ、皆さん。既に閉館時間を過ぎていますので、従業員口に案内しますのでこちらへどうぞ」

「はい、それでは、本当にありがとうございました」


 丁寧に頭を下げ、佐倉の案内でわらわらと去っていくローパーたちを見送った俺は「ふぅ」とため息を吐く。


「先輩、お疲れ様でした」


 入り口の扉を閉めると、ミリアムが湯呑に入った熱いお茶と共に出迎えてくれる。


「ああ、ありがとう」


 ミリアムからお茶を受け取った俺は、マナー的に悪いと思いつつも、ズズッと音を立てて熱々のお茶を啜る。


「…………ふぅ」


 ほのかに苦味を残しながらも、茶葉の旨味を十分に引き出せているお茶に、俺は安堵の溜息と共に、体に溜まった疲れが薄れていくのを感じた。

 見事な点前に、俺はミリアムに心からの賞賛を送る。


「ミリアム、お茶を淹れるのが本当に上手くなったな」

「えへへ、先輩のためにいっぱい練習しましたからね。お礼は、先輩に沢山可愛がってもらうだけでいいですよ。勿論、性的な意味で」

「……後はそれさえなければなあ」


 俺は再びやって来た疲労感に、肩をがっくりと落とすが、これもいつものやり取りの一環なので、そういつまでも落ち込んではいられない。

 俺は腕時計にちらと目を落とすと、一気にお茶を飲み干す。


「さて、本当なら報告書をまとめなきゃいけないんだが、今日はもう終わりの時間だ。報告書は明日にしてとっとと帰ろうぜ」

「は~い、やった。先輩ならそう言ってくれると思ってました」


 そう言うと、ミリアムは俺から湯呑を奪うようにひったくると、手早く後片付けをした後、自分の鞄を肩へと引っ掛ける。


「それじゃあ、先輩。お先に失礼しますね」

「あ、ああ……なんだ。今日はいつになく早く帰るんだな」

「はい、今日はちょっとこれから用事があるので……それじゃあ失礼しますね」


 挨拶もそこそこに、ミリアムは風の如く退出していった。


 なんだろう。いつもならこの後、食事に行こうとかその後、ホテルに行こうとかしつこいくらい誘ってくるのに、あっさりといなくなってしまうと、それはそれで寂しいと思ってしまうのは贅沢なんだろうか。


「……まあ、いいや。俺も帰ろう」


 今日は色々あり過ぎて疲れた。

 家に帰っても自炊する気も起きないので、帰る時に駅ビルのフードコートでカレーと焼き鳥、近所のスーパーで発泡酒を買って一人で酒盛りをした後、風呂に入ってとっとと寝ることにした。

 俺は最後に部屋の戸締りを確認して市役所を後にすると、ネオン煌めく夜の柏駅へと向かう。

 今宵も、明日のスターを目指して時には陽気に、時には涙ながら訴えるように演奏を耳にしながら俺は家路へとついた。

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