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世界デビュー(不発)

「うう……骨の髄まで辱められた。もうお嫁にいけない」


 触手によってあんなポーズやこんなポーズを無理矢理させられ、さらにはその様子をたっぷりと写真に収められた佐倉は、触手から解放されると同時にぐったりとその場に項垂れる。それはもう、ちょうどorzといった具合だった。


「まあまあ、貴重な経験だったろ? それに、写真を掲載する時は、佐倉に事前チェックをしてもらって許可を得られた奴だけにするからさ」

「絶対だからね! 万が一にも私だってバレないように全力で加工してよね! それと、不要な写真は全て廃棄すること、いいわね?」

「はいはい、わかってるって」


 俺は適当に相槌を打ちながら撮りまくった写真を見返す。

 既に百枚以上撮影をしたが、どの写真も一切のCG加工をしていないと言ったら、果たしてどれだけの人が信じるだろうか。おそらくだが、千人見て十人も信じないだろう。それだけここに移っている写真は、現実離れしていた。

 ローパーが一か所に六匹も集まって、一人の女性に寄ってたかった触手プレイを仕掛ける。しかも、エロゲーやエロ同人で繰り広げられているようなシチュエーションを完全に再現してみせたのだ。

 これはもはや世界初の偉業と言っても過言ではないだろう。

 この功績をインターネットを使って世界に配信……それこそ今話題のインなんちゃらに投稿したら、一体どれほどの真の『いいね』がもらえるだろうか。

 昨今の『いいね』といえば、テレビや雑誌で紹介され、店や施設が用意したものを他人と同じ構図で撮影する馴れ合いの『いいね』所謂どうてもいいね! もしくは、フリックする時に間違えて『いいね』ボタン押しちゃったけど、こいつにお金が入るわけではないから別にいいね! 略してFBIのどちらかが大半を占めるが、この写真は、誰にも真似するができない奇跡の一枚として、かつてないほどの高評価を受け、それを羨ましがった愚民が少しでも俺の真似をしようと不出来な駄作を並べて、俺からの失笑を買うことは間違いないだろう。


「うわぁ……先輩、心の闇が深過ぎですよ」

「…………えっ?」

「皆が気軽に楽しんでいるものに対して、そこまでひねくれた思考をもってるなんて、過去に一体何があったんですか? 先輩がそこまで世間のリア充に偏見を持っているとは知らなかっですけど、女の子の前でそんな考え披露すると、確実に嫌われちゃいますよ? まあ、そうなっても、私のココは空いてますからいつでもどうぞ」


 声に反応して顔を上げると、心底呆れたように苦笑するミリアムが俺を見ていた……というかミリアム、女の子が自分の股を指差しながらいつでもどうぞとか言うんじゃありません!

 というより、今のミリアムの反応からすると、


「……もしかして今の、声に出てた?」

「はい、もうバッチリ」

「――っ!?」


 その答えを聞いた俺は、自分の顔がかぁっ、と羞恥で赤くなるのを自覚し、その場で頭を抱えて蹲る。

 ま、またやってしまった……完全に舞い上がっていたとはいえ、普段は決して人前に出さない自分の闇の部分を見られることは、相当気恥ずかしかった。

 例えるなら、一人でいたしている時にそれを誰かに……しかも異性にバッチリ見られてしまうような恥ずかしさだといえばわかってくれるだろうか?


「まあまあ、そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ」


 項垂れる俺に、ミリアムが優しい声で話しかけてくる。


「先輩の意外な一面には多少驚きましたけど、誰だってそういう一面は持っているものです。私だって、先輩と出会うまで自分の素の姿を誰にも晒したことがなかったのですから」

「ミリアム……」


 お前の場合は、晒してこなかったというより、自分で気づいていなかっただけだろう。というツッコミが頭をよぎったが、生憎と今の俺の口から出るほど俺の神経は豪胆ではない。


「フフ、でも意外でした」

「……何がだ?」

「先輩がそういうSNSをやっていたことです。ああいうのって、知らない人と間接的に繋がれるのがとっても楽しいですよね。インスタは私もやっているんですけど、ちょっとえっちぃ衣装を着て見せたりすると、とんでもない数の『いいね』がつくんですよ」

「なん……だと!?」


 ミリアムの告白に、驚いた俺は思わず顔を上げる。

 ちょっと待て、ミリアムがそんなことやっているなんて俺、知らないぞ。

 ミリアムに知らせていないが、俺の業務内容には人間界におけるミリアムの監視、指導というのもある。 見た目は殆ど人間と変わらないが、それでもミリアムはモンスターなのだ。彼女が何か問題を起こすと当然ながら俺の監督責任になるので、結構の彼女の一挙手一投足には気を使っていたりするのだが……今、こいつ。聞き捨てならないことを言ったな。


「おい、ミリアム。お前、SNSなんかやってるのか? しかも、えっちぃ服をアップしてるとか……その、大丈夫なのか?」

「えっ、何がですか?」

「何がってその……そういう衣装で写真を上げたら、見たこともない男たちが言い寄ったりしてくるだろう? それで嫌な思いとかしたりしないのか?」

「ああ、そうですね。この前、お風呂上りにTシャツ一枚の写真を『暑くなっちゃったから……』ってタイトルでアップしたら、もっと暑くなったら脱ぐと思われたのか、その手の煽りコメントが大量についたんですけどね……」

「けど?」

「実は、その八割が一人の人が複数のアカウントを使って自作自演で盛り上げていたんです。最初、沢山のいけに……じゃなくて、沢山の友達ができると思って喜んだんですけどほんの数人、しかも一人の中年のオッサンの執念によって仕立て上げられていたとわかってショックでしたよ」

「おい、ちょっと待て。今さっき言いかけた言葉とか色々言いたいことがあるが……どうしてそれが一人の自作自演だとわかったんだ? まさか、直接会ったのか?」

「それこそまさか、ですよ。私、ネットの向こう側にいる顔も見たことの無い人にホイホイ会いに行っちゃうような尻軽じゃありません」


 ミリアムは心外だと言わんばかりに形の良い眉を吊り上げる。


「そ、そうか。すまなかった」


 精気を吸うためには、見ず知らずの男の寝込みを平気で襲うサキュバスの言葉とは思えなかったが、どうやらミリアムなりに最低限のネットリテラシーはあるようだ。


「じゃあどうしてそれが僅か数人の仕業だと気付いたんだ?」

「簡単な話です。書き込みされた文章から相手の思考をトレースしたんです。相手の好みを読み取って淫夢をみせるサキュバスなら、たとえ相手がネットの向こうにいたとしてこれくらい余裕なんですが……その結果、書き込みしてくれたのは僅か数人、そのうちの一人が物凄い勢いで書き込みしていることを知っちゃったんです」

「そうか……そいつは残念だったな」

「本当ですよ! しかも、その書き込みしていた人たち、どんな人だったと思います? なんと全員、いい年した中年のオッサンだったんです。下は十代の高校生から、上は三十代のコンサルティング社長だとか平気で嘘吐いていたんです。全員が非モテの癖に、リア充ぶって私を脱がせようとしたんですよ。いくら恋愛に大らかなサキュバスの私でも、こんな自分を偽るような連中の前では絶対に生まれたままの姿なんか見せませんけどね! それにどうせ、この人たち全員ど……」

「もういい! もういいからそれ以上は言わないでくれ!」


 俺は手を伸ばして、ミリアムの口を塞いで黙らせる。

 もう、これ以上は聞いていられなかった。

 だってそうだろう? 女性の裸を見るためならば男って生き物は、普段なら絶対にしないような馬鹿な行動を取ってしまうものだ。例えそれがミリアムの好みとは外れた非モテの人たちだったとしても、常に女を侍らせているイケメンだったとしても取る行動は同じはずだ。故に俺は書き込みをしていた人たちを責めることはできない。


「わかってくれとは言わない。だけど、男って生き物は、時にはどうしようもなくなってしまうものなんだ。だから、ここは俺に免じて彼等のことは許してほしい」

「えっ、あっ……はい。先輩がそう言うのでしたら」


 頭に沢山の疑問符が浮かんでいたが、ミリアムは俺の言葉に素直に従ってくれる。

 よかった。これで名も知らない彼等の尊厳は守れたはずだ……

 だが、それはそれとして、


「おい、ミリアム。後でお前がやってるSNSについて、こっちでチェックさせてもらうからな」

「え~、なんですかそれ。それってプライバシーの侵害ってやつですよ」

「うるさい! こっちだって好きでやるんじゃないんだよ。お前は放っておくと公序良俗に反した行動を取るから、しっかり見張っておけって上から言われているんだよ」

「えっ、そうですか? エヘヘ、照れるな……」

「褒めてねぇからな! 頼むからこれ以上、俺の仕事を増やさないでくれよな」

「わかってますって。あっ、そうだ。先輩もインスタやってるなら相互フォローしませんか?」

「ん、俺か? ああ、実は俺は……」

「旭君……」


 すると、俺の話を遮って後ろから肩をトントンと叩く者が現れる。


 と言っても、俺を旭君と呼ぶ人間は限られるので、必然的に声の主は佐倉であるとわかる。

 どうやらorz状態から復活したようだ。

 俺は今日のヒーロー……いや、佐倉の場合はヒロインか。を労うべく、口角を上げて彼女へと向き直る。


「佐倉、お疲れ。お蔭でいい写真…………が…………」


 だが、その労いの言葉が途中で止まる。

 振り返って目に飛び込んできた佐倉の表情は、先程まで見せていた羞恥の表情でも、一仕事やり終えた達成感に満ちた表情でもなく……一切の光彩を失った。今ここにナイフの一振りでもあったなら、確実に俺の頸動脈を断ちに来るであろう無機質な佐倉の顔がそこにはあった。

 何処までも沈んでしまいそうな深淵の瞳をした佐倉は、俺の目を見据えたままボソボソと何やら話しかけてくる。


「…………から」

「えっ?」

「…………して…………から」

「…………えっ?」


 一回目とは違う意味で、俺は思わず聞き返す。

 今、佐倉は何と言った? 俺の聞き間違いでなければ「して」と「から」と言っていた。「して」とは何かをして欲しいということだろうか。しかし、そうなると「から」へと続く言葉がわからない。というか、そもそも佐倉からこんな顔で睨まれる理由がわからない。


 このままでは埒が明かない。そう思った俺は、勇気を振り絞って佐倉に言葉の続きを訪ねる。


「なあ、佐倉。もう少し大きな声で話してくれないか? 声が小さくてよく聞き取れなかったからさ。

「…………」


 暫しの沈黙の後、佐倉は小さく頷いて先程よりやや大きな声で話す。


「もし、さっき撮った写真をインスタに上げたら私、あなたを殺して死ぬから」

「……えっ?」

「もし、さっき撮った写真をインスタに上げたら私、あなたを殺して死ぬから」


 三度の問いかけに、佐倉は寸分違わぬ言葉で返してくる。


「もし、さっき撮った写真をインスタに上げたら私、あなたを殺して死ぬから」

「わ、わかった。わかったからちょっと待て……」


 佐倉から向けられる殺意に、俺は全身に冷や汗が浮かぶのを自覚する。


「そ、その……インスタ云々の話は冗談だって。そもそも俺はだな……」


 それから三十分かけて、俺は佐倉に自分がインスタをはじめとするSNSを一切やっていないことを懇切丁寧に説明し、今日撮った写真は、報告書を作成した後に全て削除して佐倉に確認を取らせることを誓った。

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