趣味の価値は?
「うう、姐さん……酷いですよ」
声のした方に目を向けると、真っ二つになったテンガロンハットを恨めしそうに眺めながら、明らかに落胆した様子のアンディがいた。
「増やすのは構わないのですが、せめて先にひとこと言ってほしかったです」
アンディの手には、無残にも真っ二つになったテンガロンハットが握られ、綺麗な刺繍が入ったポンチョは床に落ちていた。
どうやら体と一緒にアンディの服も切られてしまったようだ。
表情は見えないが、しおしおとしな垂れ、元気のないアンディを見ていると、ふつふつと罪悪感が沸き上がって来る。
だが、
「あら、別にあんたにそんなことを言う必要なんてないでしょ? 第一、ローパーごときがこの私に意見するつもり?」
加害者であるミリアムにとっては、自分より格下であるアンディに対する罪悪感は微塵もないようだった。
「服が切れたぐらいでグチグチと……また買えばいいだけでしょ?」
「そう……なんですが、これ、高かったんです」
「だったらまたお金を貯めて買えばいいでしょ。ほら、くだらないことをグチグチ言っていないでさっさと所定の位置に立ちなさい」
「はい……」
アンディにとって上位のモンスターにあたるミリアムの言葉は絶対なのか、渋々ながら頷いて指定された位置へと移動を開始する。
「……旭君」
「ああ、わかってる」
アンディを気遣う表情を見せる佐倉に俺は頷くと、小さく震えているアンディへと話しかける。
「あの、アンディさん」
「はい……なんでしょう?」
「もしよろしければ、今回破損してしまった服、こちらで弁償させていただけませんか?」
「えっ?」
俺の提案に、アンディは弾けたように顔を上げる。
「えっ、で、でも……そんな、悪いですよ」
「気にしないでください。皆さんに快く生活してもらうのが市役職員としての責務ですから。それに、アンディさんの悩みに協力することで、我々にもそれなりのメリットがありますから、これはそのお礼と思って下さい」
「………………本当に、いいんですか?」
「はい、ですからそう落ち込まずに、元気な姿を見せて下さい」
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ、それじゃあ、後日アンディさんの自宅に送らせていただきますので、服を何処で買ったか教えてもらえますか?」
何度も頭を下げて礼を言うアンディに、俺はそれぞれの服を何処で購入したかを問い、用意したメモに買った店とおおまかな値段を書いてもらう。
サラサラと思ったより達筆で書かれたメモを見た俺は、
「うっ……」
嘘だろ? と、思わず出かかった言葉を俺はどうにか飲み込む。
アンディが着ていたテンガロンハットと西部劇風のポンチョ、この二つでだけで俺の一か月の食費と同じぐらいの値段だった。
こういった特殊な趣味の用品は、需要が少ない分、単品の値段が高くなることはままあることだが、正直甘く見ていた。
だが、普段は服を着ないローパーの癖に趣味の装いにどれだけ金をかけているんだ。とは言えなかった。
俺だってソーシャルゲームに今までどれだけ課金したかを問われたら、人によっては軽蔑の眼差しを向けてくるかもしれないぐらいの金額は投資していたりするし、そんなに詳しいわけでもないのに、たまにやたらと高いワインを買ってしまったりする。
だから、アンディの服も、周りの人から見ればくだらない買い物かもしれないが、本人にとってはかけがえのないとっても思い入れのある買い物なのだろう…………が、それでも、今さっき自分が言ったことを早速後悔している自分がいることも確かだ。
こりゃ、今月はあの店に行くのは諦めるしかないな。
…………言っておくが、あの店とは、いかがわしい店ではなく、ただのマッサージ店だからな。
「…………あの、やっぱりいいですよ」
すると、そんな俺の顔を見て雰囲気を察したのか、アンディが気遣うように話しかけてくる。
「旭さんのお気持ちは嬉しいですが、今日、初めて会った人にこんなお願いを聞いてもらうわけには……」
「い、いえ、いいんです。気にしないでください。心配しなくても、これぐらいなら経費で落ちますから……ハハハ」
そんな高額が経費で落ちるなんてことは勿論ないのだが、アンディに余計な気遣いをされないためにも、無理にでも強気にいくしかない。
それに、これでアンディからいい噂が広がり、新たなモンスターがここを訪れてくれるようになれば先行投資としては悪くはない……はずだ。と自分に言い聞かせる
「というわけです。ですからお金のことは気にしないでください」
「……わかりました。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
アンディは丁寧に礼を述べると、分裂して増えたローパーたちにこれから何をするのかを説明し始める。
これで触手プレイに必要なローパーは揃った。後は実行するだけなのだが、
「…………」
俺はローパーたちに触手プレイについて熱く語っているミリアムに後ろからそっと近づくと、今月の極貧生活の原因を作った恨みを少しでも晴らそうと手を上げ……、
……いや、やめよう。
かぶりを振ると、振り上げていた手をゆっくりと降ろす。
もう言うまでもないかもしれないが、ここで俺がミリアムに折檻したところで彼女を喜ばせるだけで、今後も俺に叱ってもらうためにあれこれ余計なし続けるだろう。それに、佐倉の目もある以上、そう何度も手を上げ続けていたら、俺がパワハラをしていると上に報告されかねない。
だからここはグッと耐えて、ミリアムにこんなことを続けても望む結果は得られないということを伝える。ついでに俺が普段、ミリアムに注意しても喜ばれてしまうことで、どれだけやきもきしているかを思い知ってもらおうなどと思っていたら、
「……やるとみせかけてやらない。高度な調教ですね。わかります……ジュル」
どういうわけか、溢れそうになる涎を啜りながら、いつも以上に喜んでいるミリアムがいた。
もう、やだ。誰かこのドMをギャフンと言わせる方法を教えて下さい。




