ローパーは一匹、二匹と数えます
「あ、あの……」
度重なる失敗に、かなり気落ちした様子のアンディが話しかけてくる。
「今度は何が問題だったのでしょう? やっぱり、僕たちのやり方に問題が?」
「いえ、そうではないです」
俺はアンディたちを安心させるように静かな声で話す。
「今回の失敗に関しては、完全にこちら側のミスです……というより、現実と空想の決定的な差を考慮していなかったことの判断ミス、と言った方がいいかもしれませんね」
「????」
俺の伝えたいことがわからないのか、表情は読めないがアンディはかなり混乱してしまったようだ。
「えっと、つまりですね……」
そう言って俺は今回の失敗について説明する。
今回、俺が触手プレイをするにあたって完全に失念していたこと。それは重力の存在だった。
同人誌内で触手によって襲われながらも「いやああぁぁ」とジタバタと暴れたり「らめえええぇぇ」と背中を仰け反らせたりする女の子の体勢、実際にやってみようとすると、重力があるので常に腹筋や背筋に全力で力を入れていないと、絵で描かれているような体勢にするのは無理なのである。
実は絵では描かれていないが、触手に襲われる女の子は全員腹筋と背筋がバッキバキに割れている超体育会系女子なのでした。と言われたら納得するかもしれないが、それだと萌えないという人は多いかもしれない。
ちなみに言っておくと、俺は腹筋バッキバキの女の子でも全然イケるくちだったりするが、あくまでも一般論として需要が少ないと思われる。
「そう……ですか」
俺の説明を聞き終えたアンディは、目に見えて落ち込んだように体をくの字に折り曲げる。
「じゃあ、現実世界で触手プレイをするのは無理なんですね」
「無理……とは言いません。ただ、全く同じ格好をするのは女の子の負担が大きすぎるので、再現するならば床の上などになりますから、迫力……というか臨場感はかなり減衰してしまいますね」
それではもはや触手プレイの真似事以外の何物でもない。果たしてそれで対象となる女性が満足してくれるかどうかというと、正直なところ微妙なとこだろう。
ならば水中ならばいいのではないか? という意見もあるかもしれないが、水中ではローパーの触手は陸とは比べものにならないほど自由が利かず、物を掴むことにすら苦戦するとのこと。
「後は、さらに仲間を呼んで、その一人に女性の腰を支えてもらう役をやってもらうとかですかね? まあ、これならば一応ローパーに襲われているというシチュエーションになるので、及第点ぐらいはいただけるかもしれません」
「その意見はありがたいのですが……生憎と他の仲間を呼ぶのは難しいようです……ですから、我々四匹でどうにもならないんじゃ、諦めるしかないようです」
「そう……ですよね」
密かにローパーの数え方は匹でいいんだと思う俺だったが、考えてみれば、今ここに四匹ものローパーが揃っていることがとんでもなくレアケースなのだ。
この仕事をしていても滅多に……いや、まずお目にかかれないような、もっと言えば、人類でこれだけのローパーを見るのは、俺が初めてかもしれないという事実に得も言われぬ優越感を覚える。
すると、そんな俺の気持ちが表情に出ていたのか、
「……先輩、鼻の下伸びてますよ」
だらしない顔をミリアムに指摘されてしまった。
ミリアムは口を尖らせると、俺の脇腹をツンツン突ついてくる。
「私にはそんな表情見せてくれたことないのに……っていうか、私だってこの世界にやって来たモンスターの中では、唯一の貴族の称号持ちというレアモンスターなんですけどね?」
「えっ? あっ……こ、これはその……き、気のせいだ」
俺は慌てたように取り繕い、話題を本題に戻すために「コホン」と一つ咳払いをして三白眼で睨んでくるミリアムに問いかける。
「そ、それよりローパーがこれ以上いないとなると、どうしたものかな? いっそのこと、さらに他のモンスターに協力を仰ぐとか? この世界にやって来た唯一の貴族の称号持ちという立場のミリアムさん、何かいい方法はないかね?」
「…………ふぅ」
余りに強引過ぎると思ったが、ミリアムは諦めたように小さく嘆息し「貸しですからね」と前置きして話し始める。
「そうですね。そもそもの問題は、ローパーが思ったより器用でないから数でどうにかしようとしたのに、その数が足りないということです。でしたら、足りない数は増やせばいいんですよ」
「増やせばいいって、聞いていただろう? これ以上、仲間を呼ぶのは難しいって……」
「ええ、ですからこうしてですね……」
そう言うと、ミリアムは両手を顔の前でクロスさせ、サキュバスの武器ともいえる爪を『シャキーン』という効果音と共に伸ばす。
「お、おい……」
突然何を……俺がそう聞くより早く、ミリアムは自身の爪を閃かせる。
「――っ!?」
俺は自分の体が真っ二つにされてしまうと思い、反射的に目を閉じて身を強張らせる。
サキュバスの爪はそん所そこらの刃物より鋭く、車のボディぐらいなら紙を切るように容易く細切れにしてしまうほどの威力を秘めている。正に必殺ともいえる強烈無比な凶器を前にただの市職員である俺に何かできることがあるだろうか。いや、ない(反語)
憐れ、ただの人間である俺は、モンスターの中では唯一の貴族の称号持ちというレアモンスター、サキュバスのミリアムによって無残な姿に……
………………ん?
体を切り刻まれたなら、既に俺の意識はこの世界にないはずなのに、まだ余計な思考が堂々と巡っているということは、俺はまだ死んではいない?
その事実の気付いた俺がおそるおそる目を開けると、
「ん〰〰〰〰〰」
目を閉じ、頬を赤らめて接近してくるミリアムの整った顔が近づいてきていることに気付く。
すんでのところでミリアムからの熱いベーゼに気付いた俺は、豊満な肢体の割にとても小さな顔を親指と中指を使ってむんずと掴む。
「…………何をしている」
「んきゅ!? ひょひょ、ひゅひひゃはへはっはほへふひぃ……」
がっちりと顔をホールドされた姿勢のままのミリアムが、身振り手振りを加えながら言い訳をしているが、生憎と何を言っているかわからない。
大方人が目を閉じていることをいいことに、好き勝手しようとしたのだろう。
一瞬でもミリアムに殺されてしまうのでは? などと思ってしまった自分に呆れながら、俺はミリアムを開放していやる。
「はぁ……結局、お前は何がしたいんだ」
「何って、ちょっとローパーを増やそうとしただけですよ。ほら?」
そう言ってミリアムが俺に手を伸ばし、振り向かせようとする。
「増やすってそう簡単に言うけど……どぉぅわっ!?」
仕方なくゆっくりと振り向いた俺の目にとんでもないものが飛び込んできた。




