君の名は。
さて、どうやってアンディが仲間を呼ぶか興味もあるが、現代社会に生きている以上、彼等にも携帯電話などの通信手段はあるだろうから、この場にいても面白いものが見られることはないだろう。
とりあえずアンディの仲間たちが来る前に、彼等の分のお茶菓子でも用意しておこう。確か、柏サンドの買い置きが給湯室にあったはずだ。
千葉県名産の落花生をふんだんに使ってサブレで挟んだ柏サンドの美味しさは、銘菓に美味いものなしと言った言葉を真っ向から全否定する抜群の魅力がある。これを交渉の席に用意しておけば、大概の商談を上手くいくと言っても過言ではないので、柏市に訪れた際には、ぜひとも購入することをオススメする。
まあ、郷土愛アピールはここまでにしておいて、お茶を淹れるためにお湯を沸かしに行かねば。そう思い、俺は席を立つと、ミリアムへと話しかける。
「ちょっと出てくる」
「あっ、お茶ですか? でしたら私が……」
「大丈夫。ミリアムは佐倉の治療を続けておいてくれ」
そう言って俺が部屋の扉を開けようとすると、
「すみません、失礼します」
それより早く、扉が開いて何者かが部屋に入って来た。
「…………えっ?」
ぞろぞろ、うねうねと雁首揃えて入って来た者たちを見て、俺は驚きの声を上げる。
「アンディに呼ばれて来たのですが、こちらでよろしかったでしょうか?」
「おいおい。早く入ってくれよ。後がつかえちまってるだろ」
「ふみゅう…………眠い」
それは、アンディとよく似た容姿のモンスター……しかも三匹。そう、アンディと同種族であるローパーたちだった。
確かに仲間を呼んでいいとは言ったが、いくら何でも早過ぎるだろう。しかも、彼等はアンディに呼ばれたと言った。しかし俺が見た限り、アンディは特に何かをした様子はなかった。あえて言えば、やたらとうねうねとうねっていただけだ。
ダメだ。一人で考えたところで結論なんてでるはずがない。俺は、その余りの早い到着の理由をアンディに尋ねてみることにする。
「アンディさん、いつの間に仲間の方と連絡を取ったのですか? もしかして、一緒にいらしてたのですか?」
「いいえ、ここには僕一人で着ました。彼等は僕の仲間の中で今日がオフの仲間たちなんで、僕の要請に応えてくれたんです」
「要請って……えっ、でも、彼等は市役所に来ていたわけじゃないんですよね? だったら、どうして……」
「先輩、そこは難しく考えない方がいいですよ」
アンディの話を聞いて益々混乱する俺に、ミリアムが苦笑を浮かべながら説明してくれる。
「ほら、RPGとかでモンスターが仲間を呼ぶと何処からともなく追加のモンスターが現れるじゃないですか? あれですよ、あれ」
「あれって……いや、言いたいことはわかるがそれじゃ……」
「いいんです。これはそういうものなんです。モンスター界ではよくあることなんで、理屈なんて考えちゃダメですよ」
つまり、アンディが仲間に呼びかけてそれに応えられる者がいれば、時間や場所に関係なく呼ばれた者のところへ来られるということらしい。モンスター界ではよくあることらしいが……、
「納得いかねえ……」
「ハハハ、先輩は真面目ですね。そんなんじゃ、モンスターとの付き合いは苦労の連続ですよ」
「……それについては、既に実感しているよ」
俺は諦観したように大袈裟に溜息を吐いて見せる。
まだ、あれこれ言いたい気分だが、現実にこうしてアンディの仲間が現れたのだ。せっかく来てもらったのだから、早速彼等に協力を要請しよう。
俺はうねうねとアンディと談笑している三匹と合わせて四匹となったローパーの前に立つと、改めて自己紹介をする。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。私は、異種族間相談所室長の旭英雄と言います。よろしかったら皆さんのお名前を教えてくれませんか?」
「ああ、これは失礼いたしました」
俺の質問に、一貫して丁寧な口調で対応してくれていたローパーが手を挙げて自己紹介をする。
「お初にお目にかかります。わたくしの名前は、ビンディ・ローパーと言います。どうかビンディと気安く読んでください」
「ビンディさん……ですか? アンディさんと名前が似ているんですね」
「ええ、それはもう。僕は順番で言ったら二番目ですから」
「……二番目?」
「はい。よくあるじゃないですか? 同じモンスターが複数現れた時に左からA、Bって振られているじゃないですか。あれです」
「……つまり、アンディさんは、一番左担当、ローパーAだから?」
「そういうことです。流石ですね。人間さんはこの手の話の理解が早くて助かります」
「はあ……」
そりゃあ、日本を代表する二大RPGゲームの一つ、ドラ〇エにおけるモンスターの呼称仕方だからな。
それにしても、ローパーAだからアンディで、ローパーBだからビンディって安直な名前に付け方だな。
ということは、次は……
「それじゃあ次は俺っちの番だな。俺っち名前はシ……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
次のローパー、見た目は同じだが少しやんちゃな印象を受けるローパーが名乗る前に俺は慌てて待ったをかける。
「おそらくですが、皆さん、同じ感じで名前をつけたんですよね?」
「おっ、わかっちゃった? そうそう、人間と暮らしていくうえで名前が必要って言われたから仕方なくつけたってわけ。そんな俺っちの名前は……」
「あ~! あ~!! いいです。もうわかりましたから!」
尚も名乗ろうとするローパーCを俺は全力で止める。
なんとなくだが、彼には名乗らせてはいけないような気がするのだ。
何故だかわからないが、グラミー賞とかエミー賞とかが頭を掠める中、俺は残った二匹のローパーに提案する。
「まあ、個人の名前を聞いても、僕には判別できないので、申し訳ありませんが、お二人はまとめてCDローパーズとさせていただいてもよろしいですか?」
「えっ? いやいや、そんなセンスの欠片もないような変な名前嫌だぜ」
「えっ……とですね」
聞いてないけどあんたの名前と殆ど誤はないはずないだろう。という言葉を慌てて飲み込む俺だったが、ローパーCは構わず話を続ける。
「それに俺っち、これでも愛犬と共にギター一本で人間社会を生きてるロックなローパーなんだぜ。将来は気の合う仲間とロックバンドを結成して、著名な賞を総なめする予定の俺っちの名前、聞いておいても損はないと思うぜ」
「いや、そのですね……」
……何だかますますこのローパーの名前を聞いてはいけないような気がしてきた俺は、どうにか言葉を紡ぎながらローパーCが納得してくれるような文句を探す。
「その……ですね。あっ! そうそう、ロックな生き方をしているなら、こんな小さなことに気にするのはロックじゃないと思うんですよね!」
「えっ、そうかな?」
「そうですよ。ここはロックに、ロックな俺の名前なんざ好きに呼んでくれよ。むしろ俺こそがロックだとか言うと、ロックな感じになってロックだと思いますよ」
「そうか……そうだな」
もはやロックと言い過ぎてロックがゲシュタルト崩壊しそうな勢いだったが、ローパーCは納得してくれたようで大きく頷く。
「……まあ、いいさ。ロックな俺っちはあんたの意見を採用してやるよ」
「あ、ありがとうございます。それじゃあ……」
「ん……僕は呼び方なんてなんでもいいよ。それより早く呼んだ理由を教えてよ」
俺が話を振る前に、眠たそうにゆらゆらと揺れているローパーDが俺の提案を了承してくれた。
「それじゃあ、お二人合わせてそういうことで」
思ったよりあっさりと引き下がってくれたことに俺は胸を撫で下ろす。
何だかあんまり解決していないような気もするが、とりあえず名前の問題はひとまず置いておいて、俺は集まってもらった三匹のローパーたちに呼びつけた経緯を説明した。




