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今これをもとに改稿してます。
でもこれはこれで、僕は好きなので。
駆。
自分のことをどうしようもなく嫌ってしまうときは、誰かのことを考えてみるといい。
きっと駆は誰よりも誰かを愛する力を持っているはずだ。
駆の心は強くなれる。誰よりもずっとずっと、強くなれる。
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――明日、地球が滅びますように。
山石駆は昨日寝る前にそんなことを願った。
もちろん駆とて本心からではない。でも、ちょっとだけ、本気だった。
とある公園。春の陽だまりに、桜の花びらが咲いていた。駆はいつもの日課であるゴミ拾いをしているところだった。トングを使って足下にあった空き缶をゴミ袋に入れ、ふうと額にかいた汗を拭いながら、
「ああ、学校行きたくないな……」
雲の隙間からきらりと覗く太陽を見上げ、恨むように駆が呟いていると、
「ギャハハハハ、マジか、ケンジくん! ケンジくん、パネー!」
気が短く喧嘩が強そうな五、六人の集団が歩いてきた。絡まれたくなかった駆は近くにあった茂みに隠れてやり過ごすことにする。
「お、なんか、あの子可愛くねーか?」
一人の、反抗心が髪型に出てるようなツンツンクルクルした金髪の男が、飲もうとしていたジュース缶を口元で止め、突然言い出した。
「あれだよ、ベンチに座っている女の子」
指差した方向には、駆と同年代であろう少女が座っていた。
一片の花びらが、肩のところで切りそろえられた髪へと落ちる。木漏れ日が風にそよぎ、まるで雫のように少女の髪を濡らしていた。
全体的に整った顔立ちをしているが、印象的なのはその目だ。大きい瞳は少女の気高い魂を映しているように、爛々とした輝きを放っている。清峰高校特有の深緑のブレザーと胸の赤いリボンを着用していることから、どうやら駆がこれから通うことになる高校の同級生らしい。
「マジ、ケンジ君声かけてみれば? ケンジ君なら一発オッケーっしょ」
ケンジと呼ばれている、一際身体が大きい、背丈が百八十センチ以上はあるだろう少年が、少女に近づいていった。
「こんな所で一人で何してんだ」
「まあまあ、ケンジ。女の子には優しくって言うじゃねーか。そんなんだからモテねーんだぞ」
シュンと呼ばれた金髪の少年は、邪魔になった飲みかけのジュース缶を放り投げた。ジュース缶は駆の隠れる茂みのすぐ傍に落ちて、転がる。
「どうしたんだよ、ぼうっとしてるなら、これからオレと遊びにいこうぜ」
シュンは手馴れた仕草で少女の肩に触れて、整った部類の顔を少女に向けた。そこでようやく、少女はまじまじとシュンを見て、
「……はあ」
あからさまなため息をついて、どこかあらぬ方向――駆が隠れている藪に視線を移した。
バチッと視線が合い、驚いた駆は身動ぎしガサガサと音を立ててしまう。
――仕方ないか。
駆はそばに落ちていたジュース缶を拾い、すーはー、深呼吸をする。
ええい、ままよ! と勢いよく走り出した。目指すはあの金髪男。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
突然の事に棒立ちになった不良集団の間を、駆は全力で走り抜け、地面を蹴った。
「ゴミは、ゴミ箱に捨てやがれえええええええええええ!」
しかし、あっさりと金髪男は首を傾けて避け、勢いをつけすぎた駆の飛び蹴りは、ベンチの上を飛び越えてしまう。そのまま背後にあった木の幹に吸い込まれていく。
「ちょ、ちょっおおおおおお!」
駆は木に抱きつくように激突し、手に持っていたジュース缶が、甲高い音を立てドブドブと残った液体を吐き出した。
時間差で駆は痛みに転げまわって、
「は、鼻がああああああああ! お、折れる! ていうか折れてるんじゃね? いや、折れてるでしょ、これ。いったー! 痛い、というか全身が痛い」
ひとしきり叫び、ようやく落ち着くと周囲から漂う空気に、駆は気がつく。
「あれ、なんか空気が痛いような」
「いや、痛いのはお前の存在だからな」
シュンの突っ込みに合わせてどっと笑う不良集団。
「で、今、お前、何て言った? 遠慮すんなよ、ほら」
ケンジは薄い笑みを浮かべながら駆に言った。
駆は頭を掻き、なんでこんなことしてしまったんだろうと、足元に転がっている缶を拾い、
「この缶、覚えてるか?」
「あ?」
「そこの金髪男が投げた缶なんだよ」
「それがどうしたってんだ」
「それが、どうした、だと?」
駆はピクっと反応し、
「そうだろうそうだろう! お前らにとってはそんなこと、なんだろうよ!」
カッと怒りを爆発させた。
「だがな、俺にとって、そんなことじゃないんだ。いいか! お前が捨てたこの缶を誰が拾うと思う。しかも、このジュース缶にはまだ飲み物が残っている。最後までしっかりと飲んでやるのが筋ってもんだろうが。でなければ、この缶が生まれてきた意味って、なんだってんだよ。お前、そりゃー、あんまりだぜ。ジュース缶の気持ち、分かってやれよ……」
「なんなんだよ、お前?」
「俺か? 俺はこの公園の守護者」
ゴミ拾いという仕事を、中二病的かっこよさで表現する駆であった。
「一つ言っておく」
駆はビシリと不良たちを指差し、叫ぶ。
「缶は、ゴミ箱に! 資源は大切に! ゆえにあえて言おう! お前はこのジュース缶をゴミだと思っているようだが、ジュース缶をポイ捨てする人間こそ、地球にとってはゴミ屑なんだぞ……!」
「あ、誰が、屑だって?」
「ははははは、俺らに喧嘩売るなんざ、いい度胸じゃねーか。お前、死んだぜ」
ゆっくりと歩み寄ってくる集団に、駆は後ずさりながら、これはいよいよ日頃鍛錬していた必殺技を披露する時なのだと悟った。
「ああ! やってやんぜ、喰らいやがれ!」
構えをとった。流れるような動作で、己が秘めた力をその手に込めるように、
「か」
両手を肩ごと、大きく円を描くように動かし、
「め」
それに合わせるように腰を落とし、
「は」
両手を腰のところで止め、
「め」
秘めたる力を充填する。
かっと目を見開き、
「波ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
その手に持った空き缶が勢いよく飛び出し、今度は狙い通り金髪男シュンの体に当たる。
……実際にはひょろーっと力ないジュース缶がシュンに落ちた、という表現が正確なのだろう。
「てめー、殺ーす!」
べたー、とした液体がシュンの顔を伝い、殺意が声に出たのを合図に、不良集団が駆を襲う。
駆は必死で逃げた。
公園の片隅に追い詰められ、駆は集団に囲まれていた。
身構えていた駆の腹に、ケンジの強烈な正拳突きがめり込む。
息がつまり、だらしなく唾液を垂らした。
しかし、一撃で撃沈しそうになっていた駆の体をケンジは引き上げ、
「おいおい、こんなんで終わりなわけ、ねーだろうが!」
ズドンと容赦無いボディブロー。
ぐほっ、と溢れたうめき声。喉を焼きながらボトボトと吐瀉物が地面に落ちる。そのまま倒れ伏す駆の背中に、容赦のない蹴りを浴びせながら、ケンジは笑う。
「ははは、きったねーな。まだまだ新しい制服だってのに。新入生か? 良かったな、このまま今日の入学式にいけるぜ」
「くっさいって引かれること間違いなしだな、こりゃあ」
耳障りな笑い声。その間にも絶えることなく駆の身体は足蹴にされている。
もはや真剣に殴る価値もない玩具と化していた。
「しっかし、お前、弱いな」
髪の毛を掴み上げられ、痛みに顔を歪める駆に、ケンジはニヤリと笑って、
「ほら、土下座しろよ。わかるだろ? お前のせいで、余計な時間を費やすことになったんだ」
「ひゃっはっはっ! ケンジくん、パネー」
(しっかし、こんなことして、何が楽しいのか俺には理解できないな)
駆の口からため息が溢れた。
その瞬間、パンと駆の頬にケンジの平手打ちが飛んできた。
「何、余裕そうな顔浮かべてんだよ」
「余裕そうな顔に見えるか? だとしたら、あんたらの目は節穴だな」
ビキっと額に青筋が走り、ケンジは駆の頭を踏みつけた。
「何、ほざいてんだ、負け犬くんが。キャンキャン吠えるんじゃねーよ。耳障りだからよ」
「力の意味を履き違えた連中がよく言うぜ」
「はん、じゃあ、聞くがな。力ってなんだよ? 今、お前は何ができてるんだ? 地べたに這いつくばって土の味を噛み締めてるだけだよな? 情けねー姿晒して、俺らが力の意味を履き違えてるとか、救えねー馬鹿だな」
鼻で笑いながら、ケンジは踏みつける力を強めた。
「俺はな、お前みたいな弱い奴が大嫌いなんだよ。暴力を嫌って、何かあると誰かに助けを呼び求めるくせして、自分は正しいとか言うやつがな。自分の身さえ守れないってのに、自分は立派だとかほざきやがるんだ」
頭がギリギリと押しつぶされて、痛みと苦しみが倍加する。
「暴力は悪か? はん、そんなのは弱い奴の理屈だ。そんな奴に限って優しさは力だとか言いやがるけど吐き気がするね。優しいという抽象的な言葉を使うやつの薄っぺらい論理を額面通りに受け取って、実は自分が大衆心理とかいう見せかけの安心って奴に身を預けているだけだって気づかねーんだ。現実はどうだ?」
苦々しい声でケンジは叫ぶ。
「優しさは自分の身を守ってくれない。力じゃないからだ。そんな優しさが人を救えるか? 人を守れるってのか? なあ、どうなんだよ」
「ケンジ、その辺にしとけ」
不意に踏みつける力が無くなり、げほげほと咳き込む。
駆が顔を上げると金髪少年シュンがケンジを羽交い絞めしていた。荒い息を吐きながら、なんとか興奮を静めている様子のケンジは、ギロリと殺気を込めた視線で駆を睨み、
「死ねよ、お前! いつだって世の中は弱肉強食、勝者と敗者、優れた奴と劣った奴にランク分けされ、闘って争ってんだよ。不平等で、不公平で、だけどそれがこの世界の現実なんだ。そして暴力も、この世界では他人を支配することのできる、立派な力で正義なんだよ、覚えときな、負け犬くん」
ケンジは胸糞悪そうな表情でそう言い捨てると、背を向けて去り、それを追いかけるように人が消えて行った。最後に金髪少年のシュンだけが残り、
「なあ」
痛みで動けなくなっている駆の頭上で、
「お前、中学二年の秋から学校に来なくなった山石駆だろ」
嘲るような口調。
駆はビクっと体を震わせた。全身を蝕む脱力感とこみ上げてくる吐き気。聞きたくない、見たくない、思い出したくない過去が一瞬で脳裏に蘇る。
「お前の事は色々と知ってるぜ、おれはお前と同じ中学の同学年だったからな」
鋭い刃物で駆の胸をえぐるように。
「くだらない正義感を振りかざして、挙句クラスの全員から煙たがられて、無視されて、お前の唯一の味方の女を違う男に取られて学校に来なくなったとか。本当、カッコ悪いな、お前。言っとくぞ。お前みたいなやつは一生負け続けるんだ。高校ならって期待したって無駄だ。諦めな」
駆の顔に唾を吐きかけ、シュンは去って行った。
残された駆は、しばらく動けなかった。不意に、ポタリと、水滴が手に当たる。
いつのまにか地面にぽつぽつと降り始めた雨は、徐々に本降りになり、激しさを増していく。
冷たい雨に打たれながら、駆は地面に這いつくばって、泥と化した土を震える手で力一杯掴んだ。
「痛いな。ほんと、痛いぜ」
体中を走る痛みよりも、何より痛い自分という存在。
目に熱いものがこみ上げてくる。
悔しかった。
自分には夢も、夢を追うだけの才能も、この世界で生きていく最低限の社会適応能力もない。
この世界の底辺みたいなとこにいる自分が。
どんなに言葉で何を言おうが、頭の中で何を思おうが。
無意味だ。
いつだって正義は力のある者と大多数の者が振りかざす押し付けでしかない。
それが例え暴力であっても、多数決で決められた高尚な権力であっても、何にも変わることない正義を人に押し付けることができる。
光があれば影ができる。できてしまうのだ。
それでも。例え世界中の光の側の人間が駆の声を無視し、間違っていると断罪したとしても。駆はせめて叫んでやるのだ。
――それでも、貫くべき信念があるんだ、って。
***
月明りが照らす山沿いの道を駆は歩いていた。
あの後、同じゴミ拾い仲間にして親友である清水 仁(六十五歳、駆はジンちゃんと呼んでいる)に発見されて、その人物の家で介抱を受け、着替えまで用意してもらった。
だから駆は現在、淡いピンク色の可愛らしいデザインのパーカーを着ている。
正面にプリントされているこのキャラは猫なのだろうか。
(ジンちゃんも年の割に、精神年齢は自分には負けてないとは思っていたけど、こんなキュートでファンシーな女の子が好きそうな服が好きだなんて知らなかったぜ)
今の気分のまま家に直帰したくなくて、気分転換に、夜に溶け込んだ木々を眺めながら散歩していたのだが、その途中でゴミ捨て場を発見。
よく見ると会社の名前が書かれた看板があり、回収屋が買い取った物が一時的に置かれる場所のようだ。
冷蔵庫などの家電品や、車やバイクなどの乗り物。
山のような量に、こんなにも多くの不要なゴミがあるのかと駆は呆れ、そのゴミと自分が重なってしまい、胸が痛くなった。
人間の都合のために作られたのに、その人間の都合で捨てられる。
嫌な気分のまま目をそらし、そこから立ち去ろうとした時、視界の片隅の何かが気になり、駆は立ち止まった。
雨に濡れ、所々錆びた金属部分。切れた弦がダランと垂れ、見るからに壊れているギター。
「傷だらけのレスポール」
駆は訳知り顔で呟いてみた。
ちなみに『傷だらけのレスポール』はある漫画からつけた。
その漫画の知識と照らし合わせると、少なくともエレキギターという種類であることは分かる。多分。恐らく。メイビー。
「傷だらけのレスポール」
もう一度メロディをつけて、駆は口ずさんだ。
立てかけたままのギターに近づく。
触りながら、しゃがんで、かろうじて残っている弦を人差し指で弾く。
その音を聞いて、駆の胸が高鳴った。もう一度、
「傷だらけのレスポール、壊れた音色」
今度は歌詞を付け足して、歌ってみた。
あまりにも拙いメロディと歌詞、調子はずれのギターの音色。
それなのに、心地よい音楽となって駆の耳に届く。
ただの自己満足、他人が聞けば失笑されるか、気にも留められないかのどちらかだろう。
分かっていた。
それでも、駆の胸の中で、トクンと一際大きな鼓動が聞こえ、全身を駆け抜ける電流が走った。胸を重くしてざわついていた色々な物を放り投げるように、
「傷だらけのレスポール、弾くのは誰だい」
気が付けば駆は歌いだしていた。
別に、このままこのギターを持ち帰ろうだなんて駆は思っていないし、これをきっかけにしてバンドを始めようとも思ってはいない。
ただ、今は、このギターの音色と一緒になって歌いたかったのだ。このままこのギターは、もう二度と、誰かの手によって音色を奏でられることは無いのだろう。
そんなギターの最後に、この世界の底辺に位置する駆が、触って歌った。
そこに意味なんて無い。つける意味も無い。きっと、無い。
音楽の素人が、音楽のために産まれて、弾けなくなって捨てられたギターを、悪戯するようにはじいて遊んでるんだ、なんて皮肉な話なんだろう。
そのまま気が済むまで、気の向くまま、思いの向くまま、駆は弦を弾き、下手くそな歌を唄った。ただ、歌ったのだ。
***
二階建ての一軒家。
夜遅く帰ってきた駆の『ただいま』という声は静けさに吸い込まれていくだけだった。
夕食を作る気にもなれなかった駆は、階段を上りそのまま自分の部屋で就寝することにする。
敷いたままの布団にダイブした拍子に、ポロリと、なにかが駆の目の前に落ちた。
それは、星が光の帯となって散りばめられたような柄のピックだった。
ギターを弾くための道具だ。なぜそれがこんなところに。思い当たるのはギターをいじってるときだ。何かの拍子で服のポケットに紛れ込んだのかもしれない。
ふう、と駆は息をつく。
窓から見える半分に割れた月の蒼然とした光がやけに眩しく映る。
シーンと静まり返る家の中で、ただ独り,眠る日々。
高校生活が始まってもそれは変わらない。むしろ、ますますそうなっていく。
親と最後に顔を合わせたのはいつだろうか。
どちらも愛人のところにいるのだ。
駆は望まれて生まれてきた子供ではなかった。二人が本命とうまくいかなかった時に浮気して、たまたまできた、いやできてしまった子供、それが駆だった。
駆の中に悲しみや寂しさといった感情はもはや無い。
ただ胸の内でもやもやした何かが立ち込めるだけだ。駆は考えることをやめ、目を閉じる。
眠気が次第にやってきて、最後に考えたことは、『明日学校に行けるだろうか』という不安と、『ま、明日考えればいいか』という現実逃避。
そう思うと眠気は深まり、駆は夢の世界に溶け込むように眠りに落ちた。




