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美しい私と殺人事件

 私こと「前野めり」は美しい。

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は一流モデル。

 世に私を「可愛い」と称す人はあれど「ブサイク」と言う人間はまずいない。

 だからそんな私の容姿をけなす人間に久々にお目にかかり、少しだけ思考が止まった。

「は。今なんと?」

「聞こえなかったのか。そこどけって言ってんだ、このブス」

「ブス――?」

 私は茫然と固まった。部屋内にいた人間全員がぎょっとするのを肌で感じた。

 暴言を吐いた男はといえば、狭い殺人現場を熊のようにウロついている。

 闇金のとりたてみたいないかつい強面に髪はオールバック、身長は二メートル近いだろうか。くたびれた黒のスーツを着て白手袋をはめている。

 彼も私と同じく三鷹署の捜査員だ。カメラを手にした鑑識の人たちが邪魔そうにその熊男の方を見ている。

 私は意識を切り替えようと、とっさに周囲を見回した。

 殺害現場の荒らされた部屋には、数名の捜査員が入っていた。

 戸建て一軒家の広いリビングで真ん中に丸いテーブルが置かれ、すぐ横に倒れた被害者の死体がまだある。

 リビングの窓は破壊され、割れた窓ガラスが歩く足元に散乱していた。

 それを踏まぬよう慎重によけながら、先ほどのいかめしい熊男は意味もなく部屋内をうろうろ歩き回っていた。

(オーケイ、今のはなにかの聞き間違いね)

 呆然としているように見えたのか、同僚の市川が横からフォローするように耳打ちしてくれた。

「あの人がシグマ先輩だよ。ほら、さっき話したでしょ?」

 市川は私と同じ三鷹署の刑事で、髪を抜け感のある茶に染めていた。

 スーツはしゃれっ気のある青のストライプ模様を選んでおり、そのちゃらついた外見と合わせてとても刑事には見えない。ホストのような外見であることを除けば、けれど市川は今のところ親切な同僚だった。

「ああ……」

 私が頷くと、彼はへらりとした笑みを返してくる。

 市川とはここまで車で一緒にやって来ていた。その際、三鷹署にいなかった変わり者刑事の存在をちらりと小耳にはさんだのだ。

(あの熊男が『第六感の』シグマ刑事ね)

 なるほど、この私を「ブス」呼ばわりするだけのことはある。

 部屋内にいた鑑識の数名が呆けた顔で私と市川が話すのを眺めていた。無理もない。私は三鷹署に配属されたばかりで、この場で顔合わせとなるのがはじめての人が多い。私の容姿を見るのが初めてなら、このような反応になるのが一般的だろう。

 何度も繰り返すが、私はどうしようもなく美しいのだ。

 それは思い込みや比喩でなく、変えようのない現象としての事実である。

 粘りつくような周囲の視線を振り切るように、私はあえてその「シグマ刑事」の方へ近づいていった。途中で止めようとする者たちの親切なサインをいくつか受け取ったが、あえて無視する。

「あなたがシグマ刑事ですね? 今日から三鷹署へ配属になりました、前野めりです」

 うろついていた熊男の進路を塞ぐようにあえて回りこむと、相手はいかめしい顔をさらに険しく睥睨してきた。身長差があるので、自然見下ろされる形になる。

「あぁ? 邪魔だってんだろうがブス。どけ」

 また言った。

 自分の顔がにぃと笑みの形になるのが分かる。周囲の空気がさらに凍りついた。

 笑う私にシグマ刑事は怪訝な顔になったが、構うもんかと思った。

 ここで私はひとつ、警察機構に入って得たティップスを披露したい。

 ベテラン警官たちは、私に対して主に次のふたつの感情を抱くようなのだ。

 ひとつは、純粋に私の容姿を賛美するもの。これはまぁ仕方ない、私が美しすぎるのがいけない。とはいえあまり嬉しくはなかった。私はむしろそれにムカっ腹を立てる人間なのだ。

 そしてもうひとつは、

(『小娘』だからって舐められてたまるかっての)

 外見だけで判断して馬鹿にしてくる場合だ。

 こちらの睨みつけるような視線に、シグマ刑事は戸惑ったように視線をそらした。

「あー……前野か。お前、この現場をどう思う?」

 思っていたより気弱な問いだった。

 こちらの見た目と中身のギャップに驚いたのかもしれない。私はここぞとばかりに自分の株を上げておく。

「被害者は奥田キヌ、八十四歳。犯人はこの部屋の窓ガラスを外から割り、部屋に押し入ると彼女を鈍器で殺害。その後、部屋にあった金品と財布を盗み、逃走したと思われます。この辺りでおきている押しこみ強盗と同じ手口です。おそらく同一の犯人かと」

 ここ数か月、三鷹では似た事件が起こっていた。

 いずれも外から窓ガラスを割り侵入し、金品が盗まれるという手法だ。

 これまでは留守宅を標的としていたが、今回は被害者と運悪くはち合わせでもしたのか、件の強盗事件で死人が出たのははじめてだった。

 私の所見を聞くともなしに聞いていた他の捜査員たちも、ほとんどが納得の表情だった。

 当然だ、この部屋を見れば誰だってそう思う。

 外から割られたガラス、荒らされ物色された室内に、預金通帳や財布などが消えている点――完璧な物取りの犯行だ。

 それを正しく判断できたという点で私の評価は上がったはずだ。

 堂々と胸をはる私に対して、けれどシグマ刑事は「いや」と険しい顔のままで首を振る。

「これは単なる物取りの犯行じゃねぇ。最初からこの婆さんをねらって殺したか、あるいは顔見知りの犯行だ」

「顔見知り? それはいったいなにを根拠に」

「勘だ」

「かん」

 出たよ、と誰かが小声でつぶやいた。

 ちらりと市川を見るとぎょっとした顔で手をパタパタ振った。「俺じゃない」か「こっち見るな」かどちらかだろう、どちらでもいいが。

「勘とはいったい――、シグマ刑事、どちらへ?」

「散歩」

 ぶっきらぼうに低く答えて、シグマ刑事はふらりと部屋を出て行ってしまう。

 慌てて引き止めようとしたら「放っておきなよ」と安堵した顔の市川に止められた。

「あの人、いつもああなんだ。ベテラン風吹かせて適当なこと言ってさ」

 私は頷きながらも、先ほど市川から車中で聞いた噂について考えていた。

 シグマ刑事は勘で事件を解決するという。

 まさに第六感の男。その的中率は八割を誇るというから恐れ入る。

 私がその話を持ち出すと「まあね」と市川は肩をすくめた。

「でも勘は勘。根拠があるわけじゃなし。それに、これはどう見たって金品目的の強盗だよ。さっき君が言ったとおり」

 うんうんと他の刑事や鑑識も頷いていた。

 なんとなく周囲でシグマ刑事にまつわる話がはじまって、やれ「あいつは愛想がない」だの「人の手柄を横取りする」だの、「人形好きの変態」だのとそれぞれ言い合いだした。

(人形好きの変態?)

 とにかく私はその場の面々をくるりと見まわして、これからどうするかを決めた。


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